「……俺と同じ?」
風間の言葉に、俺は驚きと警戒を隠せなかった。
「お前の能力、"目が合った瞬間にだけ"心が読めるんだろ?」
「……ああ」
「それが最近、"よりはっきり"聞こえるようになってきたんじゃないか?」
(……なんでそんなことを知ってるんだ?)
俺の戸惑いを見透かしたように、風間は静かに続けた。
「俺もかつてはそうだった。最初はごく短い時間だけ心を読めたが、いつの間にか制限がなくなっていった」
「制限が……なくなった?」
「そうだ。今では、目が合わなくても周囲の心の声が聞こえるようになった」
俺は息をのんだ。
(目を合わせなくても聞こえる……? そんなの、完全な"読心能力"じゃないか)
「……けど、それってすごく便利じゃないか? なんでそんな深刻そうな顔してるんだよ」
風間は苦笑しながら言った。
「お前、まだ知らないんだな。チョイ能力者が"進化"すると、どうなるか」
「……どうなるって?」
「"消える"んだよ」
俺は思わず喉を鳴らした。
(また"消える"って言葉……)
「……それって、ただの噂じゃないのか?」
「そう思うか? 俺の知り合いだったチョイ能力者は、進化した直後、みんな姿を消した」
「……!!!」
「"突然いなくなった"としか言いようがない。学校にも来なくなるし、家族すら行方を知らない。記録が抹消されたみたいに、完全に消えたんだ」
「……っ」
信じがたい話だった。でも、今までチョイ能力者の"進化"なんて考えたこともなかった俺には、それを否定する材料もない。
「まさか……進化すると、政府に連れていかれるとか?」
「さあな。けど、お前もこのままだと"消える側"に回る可能性が高い」
(そんな……)
「一つだけ方法がある」
風間は俺の目をじっと見つめた。
「能力の進化を"止める"んだ」
「……止める?」
「進化した能力を使わないこと。できるだけ能力を抑え、普通の生活を送る。それが、"消えずに生きる"唯一の方法だ」
「……そんなことが可能なのか?」
「俺は、ギリギリのところで抑えてるつもりだ」
(……本当か? それなら、今こうして俺に"心の声"を読ませる必要はないはずだ)
「……それで、お前は今、俺に何を伝えようとしてるんだ?」
「簡単なことだ。お前がこのまま能力を進化させるのか、それとも止めるのか——選べってことだ」
風間は淡々とした口調で言った。
「……選ぶ?」
「このまま進化すれば、より強い力を手に入れるだろう。だけど、"消える"リスクも高くなる」
「……」
「逆に、進化を止めれば、普通の生活ができる。でも、お前の力が完全に"消滅"する可能性もある」
(……どっちを選べばいいんだ?)
今まで、俺は"チョイ能力者"として自分の力を持て余していた。少しだけ心が読めるせいで人間不信になり、孤立していた。でも最近は、ひかりやクラスメイトとの関わりの中で、少しずつ自分の力を受け入れられるようになってきた。
(それなのに……今度は"進化"か)
進化して強くなることは、悪いことじゃないかもしれない。
だけど、それで"消える"なんてことになったら……。
「……どうすればいいんだろうな」
俺は、ぼんやりと青空を見上げた。
風間は俺をじっと見つめたまま、静かに言った。
「お前が決めろ。僕はもう、決めた」
「……お前は、どっちを選んだんだ?」
「それを知りたいなら……お前自身が答えを出してからだな」
そう言うと、風間は踵を返し、屋上を後にした。
俺は一人、風に吹かれながら、自分の手を見つめた。
(俺は……どっちを選べばいいんだ?)