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第17話 選べない道

先生の問いかけに、俺は言葉を失っていた。


能力を抑えて"普通のチョイ能力者"として生きるか、進化を受け入れて"完全な能力者"になるか。


(そんなの、選べるわけないだろ……)


俺はただ"目が合った相手の心が読める"だけの、ちょっと変わったやつだったはずだ。


それが今では、心を操るかもしれないだの、政府に管理されるだのって……冗談じゃない。


「……なんか、すごく大げさな話になってない?」


ひかりが不安そうに言った。


「佐倉くんは、ただ少し能力が伸びたってだけでしょ? それがどうしてそんな大問題になるの?」


「……そうだよな」


冷静に考えれば、俺が"特別なチョイ能力者"になったなんて、ただの偶然かもしれない。


でも——


「……俺、最近気づいたことがあるんだ」


「気づいたこと?」


「"目が合った相手の心を読める"って能力……たぶん、もっと深く読めるようになってる」


「……どういうこと?」


「以前はさ、"今何を考えてるか"ぐらいしか分からなかった。でも最近は——」


俺は言葉を詰まらせた。


(最近、相手が隠そうとしている"本当の感情"まで見えるようになってきている……)


人間ってのは、本音と建前を使い分けて生きてる。


でも俺は、その"建前の奥にある本音"が見えてしまうことが増えた。


(ひかりだって、さっき少し怯えてた……)


「……俺、このままいくと、本当に人の心の奥まで読めるようになるかもしれない」


「……それって、やばいの?」


「分からない。でも、俺が知りたくないことまで見えちゃうのは、正直しんどい」


俺は軽く頭をかいた。


「……もしさ、ひかりが"佐倉くんなんか嫌い"って思ってたとして、それが俺にバレたら気まずくない?」


「……うっ」


ひかりは顔を赤くして口をつぐんだ。


「で、でも、私はそんなこと思ってないし!」


「そういう話じゃなくてさ……たとえば、もし俺がひかりの"嘘"を全部見抜けるようになったら、お前、俺と普通に話せるか?」


「……」


ひかりは言葉に詰まった。


(そういうことなんだよな……)


能力が進化するってことは、人との関係も変わるってことだ。


俺が"普通の人"じゃなくなったら、今の生活だって普通じゃなくなる。


——それって、本当に俺が望んでることなのか? 

「……でも、能力を抑える方法なんてあるの?」


ひかりが小さな声で聞いた。


「……それが分かれば苦労しねぇよ」


俺はため息をついた。


「でも、抑えられないなら、もう進化しちゃうしかないんじゃない?」


「……そうなのか?」


「だってさ、"消される"とか言われても、どうせ今すぐってわけじゃないんでしょ? だったら、今できることをやるしかないじゃん」


ひかりは腕を組んで言った。


「それに、もし本当にヤバくなったら……そのときに考えればいいじゃん」


「……楽観的すぎるだろ」


「楽観的じゃないよ! 佐倉くんが"普通の生活"を守りたいって思うなら、今まで通りの日常を続けるのが一番でしょ?」


俺はひかりの顔をじっと見た。


——たしかに、そうかもしれない。


「……分かった。とりあえず、今まで通りやってみる」


「うん、それがいいと思う!」


俺たちは顔を見合わせて、小さく笑った。


——けど、このときの俺はまだ知らなかった。


"今まで通り"の日常なんて、もう戻ってこないってことを。


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