先生の問いかけに、俺は言葉を失っていた。
能力を抑えて"普通のチョイ能力者"として生きるか、進化を受け入れて"完全な能力者"になるか。
(そんなの、選べるわけないだろ……)
俺はただ"目が合った相手の心が読める"だけの、ちょっと変わったやつだったはずだ。
それが今では、心を操るかもしれないだの、政府に管理されるだのって……冗談じゃない。
「……なんか、すごく大げさな話になってない?」
ひかりが不安そうに言った。
「佐倉くんは、ただ少し能力が伸びたってだけでしょ? それがどうしてそんな大問題になるの?」
「……そうだよな」
冷静に考えれば、俺が"特別なチョイ能力者"になったなんて、ただの偶然かもしれない。
でも——
「……俺、最近気づいたことがあるんだ」
「気づいたこと?」
「"目が合った相手の心を読める"って能力……たぶん、もっと深く読めるようになってる」
「……どういうこと?」
「以前はさ、"今何を考えてるか"ぐらいしか分からなかった。でも最近は——」
俺は言葉を詰まらせた。
(最近、相手が隠そうとしている"本当の感情"まで見えるようになってきている……)
人間ってのは、本音と建前を使い分けて生きてる。
でも俺は、その"建前の奥にある本音"が見えてしまうことが増えた。
(ひかりだって、さっき少し怯えてた……)
「……俺、このままいくと、本当に人の心の奥まで読めるようになるかもしれない」
「……それって、やばいの?」
「分からない。でも、俺が知りたくないことまで見えちゃうのは、正直しんどい」
俺は軽く頭をかいた。
「……もしさ、ひかりが"佐倉くんなんか嫌い"って思ってたとして、それが俺にバレたら気まずくない?」
「……うっ」
ひかりは顔を赤くして口をつぐんだ。
「で、でも、私はそんなこと思ってないし!」
「そういう話じゃなくてさ……たとえば、もし俺がひかりの"嘘"を全部見抜けるようになったら、お前、俺と普通に話せるか?」
「……」
ひかりは言葉に詰まった。
(そういうことなんだよな……)
能力が進化するってことは、人との関係も変わるってことだ。
俺が"普通の人"じゃなくなったら、今の生活だって普通じゃなくなる。
——それって、本当に俺が望んでることなのか?
「……でも、能力を抑える方法なんてあるの?」
ひかりが小さな声で聞いた。
「……それが分かれば苦労しねぇよ」
俺はため息をついた。
「でも、抑えられないなら、もう進化しちゃうしかないんじゃない?」
「……そうなのか?」
「だってさ、"消される"とか言われても、どうせ今すぐってわけじゃないんでしょ? だったら、今できることをやるしかないじゃん」
ひかりは腕を組んで言った。
「それに、もし本当にヤバくなったら……そのときに考えればいいじゃん」
「……楽観的すぎるだろ」
「楽観的じゃないよ! 佐倉くんが"普通の生活"を守りたいって思うなら、今まで通りの日常を続けるのが一番でしょ?」
俺はひかりの顔をじっと見た。
——たしかに、そうかもしれない。
「……分かった。とりあえず、今まで通りやってみる」
「うん、それがいいと思う!」
俺たちは顔を見合わせて、小さく笑った。
——けど、このときの俺はまだ知らなかった。
"今まで通り"の日常なんて、もう戻ってこないってことを。