小さな町の公園のベンチで、白石はひとり静かに座っていた。周りにはまだ、午後の陽光が柔らかく降り注いでいたが、彼女の心はどこか遠く、過去へと引き戻されるような気がしていた。
あの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
それは、彼女がまだ小学生だった頃。白石は学校の帰り道、急に強く降り出した雨に降られてしまった。道の端に立ち尽くし、途方に暮れていると、突然、誰かの声がした。
「どうしたの?」
振り向くと、そこには佐倉迅が立っていた。彼の目は少し驚きながらも、優しさを感じさせるものだった。白石は少し戸惑いながらも、口を開いた。
「私、傘を忘れて…。」
佐倉はしばらく黙っていたが、やがてポケットから何かを取り出した。それは、彼がずっと持っていたらしい古びた傘だった。
「これ、貸すよ。」
白石は驚き、そして嬉しさを感じた。しかし、佐倉は一瞬、何かをためらうような表情を浮かべた。白石はその表情に気づかず、無邪気に笑って受け取った。
「ありがとう!」
その後、二人は一緒に歩きながら、自然に会話を交わしていた。白石は佐倉がとても優しく、かつ少し不器用なところがあることに気づき、心の中で少しだけ好感を抱いた。
だが、その日の出来事が佐倉にとってはあまりにさりげないもので、白石はその後、佐倉があのときのことを覚えているとは思っていなかった。
時は流れ、二人は同じクラスで再会することとなった。高校生になった佐倉は、周囲とあまり積極的に関わろうとはせず、少し孤立していた。それでも、白石の中にはあの日の思い出が鮮やかに残っていた。
彼女は、どんなに佐倉が距離を置こうとしても、その優しさを知っていたから、放っておけなかった。
しかし、白石の心には別の思いもあった。佐倉に少しずつ心を寄せる自分を感じながらも、彼女にはある秘密があった。それは、佐倉が橘ひかりと親しくなる過程を見守り、応援していたことだった。橘は明るく、誰とでも気軽に接する性格で、佐倉にとっても心の支えとなっている存在だった。
白石はその気持ちを複雑に抱えながら、ただ静かに、佐倉と橘の関係を見守っていた。
「佐倉、ひかりとは本当にいい友達だよね。」と白石がつぶやいたその瞬間、佐倉はふと振り返り、静かに微笑んだ。
「うん、ひかりには助けられてばかりだ。」
白石はその言葉を聞いて、心の中で少しだけ切なくなる。でも、それでも構わない。佐倉が少しでも幸せであれば、自分の気持ちを隠してでも支えたいと思った。
そして、ある日、白石は決意した。この気持ちを隠したまま、ただ佐倉と橘を応援し続けようと。
それが、彼女にとって一番大切なことだと思ったから。