昼休み、校舎の裏庭。
そこはクラスの誰もあまり来ない、静かな場所だった。
「で、結局どうなの?」
ベンチに座りながら、白石美咲が問いかける。
目の前にいるのは、クラスのムードメーカー・橘ひかり。
いつもは陽気な彼女も、今は珍しく少し真剣な表情を浮かべている。
「どうって?」
橘はパンを一口かじりながら、わざととぼけたように聞き返した。
「佐倉くんのことよ。」
その名前を出された瞬間、橘の手がピタリと止まる。
白石はそれを見逃さなかった。
「ほら、やっぱり気にしてるんじゃない。」
「……別に?」
「嘘。」
橘はため息をついた。
「だってさー、あいつ、こっちがからかうと面白いくらい反応するんだもん。」
「それはそうね。」
白石もクスッと笑う。確かに佐倉迅は、目を合わせるたびに狼狽えていて、それを見るのは少し楽しかった。
「それに、気づいてる? 佐倉くん、前よりずっとクラスで馴染んでるよ。」
橘の言葉に、白石はゆっくりと頷く。
「確かに。前はいつも一人だったのに、最近は話しかけられてもそこまで拒絶してない。」
「そうそう! つまり、私の作戦大成功ってわけ!」
橘は得意げに胸を張る。
「ふふっ。ほんと、ひかりは世話焼きね。」
「んー、まぁね?」
橘は笑ってみせるが、その瞳にはほんの少しだけ、違う感情が滲んでいた。
白石はそれを見て、少し意地悪な質問をしてみることにした。
「じゃあ……もし、佐倉くんが誰かに取られちゃったら、どうする?」
「……は?」
「例えば、佐倉くんが他の子と仲良くしてたら?」
橘の表情が一瞬固まる。
「いや、それは別に……ほら、あいつは私がからかわないと何もしないでしょ? だから、ちょっと構ってるだけで……」
「ふーん?」
白石はニヤリと笑いながら、橘の目をじっと見つめた。
「……ちょっと、何?」
「別に?」
白石は微笑みながら、お茶を濁した。
橘は不満げに頬を膨らませる。
「ったく……なんなのよ、美咲。」
「別に。ただ……ひかりがどう思ってるのか、気になっただけよ。」
橘は不機嫌そうに視線を逸らした。
「うるさいな……。」
その横顔を見ながら、白石は思った。
(ひかりはまだ気づいてないみたいだけど……)
(たぶん、もうとっくに "そういう感情" が芽生えてるんだろうな。)
でも、それを指摘すると、きっと橘は頑なに否定するだろう。
だから、今はそっとしておくことにした。
「ま、私は佐倉くんがひかりと一緒にいるの、悪くないと思ってるわ。」
「……は?」
「ただ、それだけ。」
白石は立ち上がると、ひらひらと手を振ってその場を去る。
橘はしばらく黙っていたが、ふと呟いた。
「……なにそれ。」
自分でもよくわからない、胸の奥のもやもやした感情を抱えながら。