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第14話 白崎先生の心

放課後。


 静かな教室で、俺は腕を組んで考え込んでいた。


(……どうするべきなんだ……)


 能力の進化。


 俺は、少しずつ自分の力をコントロールできるようになってきた。

 以前はただ無差別に心が流れ込んでくるだけだったけど、今はある程度"選んで"読むことができるようになった。


 なら——


(もっと深く、狙って読めるようになれば……)


 進化が止まらないなら、せめて使いこなすしかない。

 そう思って、今日の授業中、俺は実験を試みることにした。

その日は、いつもと変わらない授業のはずだった。


「えー、それじゃあ、この問題を——佐倉、解いてみろ」


 白崎先生が、俺の名前を呼ぶ。


 黒板に書かれたのは、古文の文法問題だった。俺は一応ノートを見返しながら立ち上がったが、それどころじゃなかった。


(……試してみるか)


 最近、俺の"チョイ能力"が進化している兆しがある。


 今までは、目が合った相手の"その瞬間の思考"しか読めなかった。だけど最近は、もっと深く、人が無意識に隠そうとしている感情まで見えることが増えている。


 試しに、白崎先生の心を読んでみたら、何か分かるかもしれない。


「……佐倉?」


「あ、はい」


 適当に相槌を打ちつつ、俺は白崎先生の目を見た。


(——先生の心を、読む)


 視界の端が揺れるような感覚があった。


 次の瞬間——白崎先生の心の声が流れ込んできた。


(……今夜のリナちゃんの配信、楽しみだな……)


 ……え?


(昨日の動画の感想を、コメントに書こうか……いや、でも目立ちすぎるのもよくない……でも、この気持ちを伝えないと……)


 俺は絶句した。


 ついでに、手が震えた。


(マジかよ……)


 思わず目をそらしてしまい、心の声が途切れる。


「佐倉?」


「あ、えっと……助詞の使い方が……あの……」


 動揺しすぎて、何を言ってるのか自分でも分からなかった。


(いやいやいや、そんなはずない。きっと聞き間違いだ。先生がそんなわけ……)


 もう一度、意を決して先生の目を見た。


(リナちゃんの笑顔は尊い……)


 ……ダメだ、やっぱり聞き間違いじゃない。


(こいつ、マジか……)


 俺は白崎先生を凝視した。


 先生は怪訝そうに首をかしげている。


「佐倉、どうした? 具合でも悪いのか?」


「いえ……ちょっと、衝撃を受けまして……」


「問題が難しすぎたか?」


「そういう問題じゃなくて……」


 俺は心の中で頭を抱えた。


 そうだ、思い出せ。


 白崎先生は、クラスではいつも落ち着いた古文教師。


 だけど、俺の妹——天王寺リナ(本名・佐倉楓)の大ファンという、危険な一面を持っている。


(……くそっ、なんでよりによって、こんな時に先生の心を読もうなんて思ったんだ……!)


 心の動揺が顔に出ていたのか、ひかりがこっちを心配そうに見ていた。


 俺はなんとか平静を装い、黒板を指差した。


「えーと、この助詞は……あ、いや、やっぱり……」


(ダメだ、もう思考がまとまらない)


「……佐倉、なんか様子がおかしいな。保健室行くか?」


「……すみません、少し頭が痛くて……」


 もう限界だった。


 先生にこれ以上話しかけられたら、また"心の声"を聞いてしまう。


 俺は適当にごまかして、席に座った。


「……なんか、佐倉くん、すごい顔してるけど、大丈夫?」

ひかりが小声で聞いてくる。


「……ひかり。俺、能力を使ってはいけない相手に使ってしまったかもしれない……」


「え?」


「……知りたくないことを、知ってしまった……」


 俺は天を仰いだ。


(これから、先生の顔を見るたびに、あの"心の声"を思い出すのか……?)


 進化する能力。


 だが、それが幸せな未来をもたらすとは、限らない——。


 俺は、この時、心からそう思った。

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