「おーい、佐倉! なんでそんなに目を逸らすの?」
またか、橘。
クラスのムードメーカーで、誰にでもフレンドリーな女子。
明るくて、よく喋って、空気を読まないタイプ。
俺は 全力で 目を逸らしたが、橘は執拗に顔を覗き込んでくる。
「ねぇ、こっち見て? ねぇねぇ、なんで目を見ないの?」
「……その、事情があって……」
「ふーん? じゃあ、目が合ったらどうなるか試してみる?」
やばい。こいつ、絶対わざとやってる。
「ちょっ、待て――」
「はい、目が合ったー!」
――ズキンッ!!(心の声が流れ込む)
『……あ、こっち見た! やっぱり佐倉くん、ちゃんと目合わせるとかわいい顔してるな……!』
……は?
俺は思わず 目を逸らした。
「ちょっ、今なんか聞こえた!? ねえ、なんて聞こえたの!?」
橘が 顔を真っ赤にして 俺の肩を揺さぶってくる。
「あ、いや、別に……」
「隠してるでしょ!? 絶対なんか聞こえたでしょ!!!」
俺は人生で初めて、目を合わせたことを後悔しなかった。
──この時から、俺の「チョイ能力者」としての人生が 少しだけ 楽しくなり始めた。
***
その日以来、橘は 意地でも 俺と目を合わせようとするようになった。
毎日のように「目を見て!」とせがまれ、俺もついに 心の中でうんざりし始める。
「佐倉くん、今日こそ目を見てよ!」
「いい加減にしろよ……」
「えー、だってさ、なんか面白そうじゃん! あたし、もっと聞いてみたいもん!」
──あの時の心の声が、今でも頭の中で響いてる。
『かわいい顔してるな』
……俺の脳内で 何度もリプレイされる。
どうして、こんなことになったんだろう。
***
その日の放課後。
帰ろうとした俺の腕を、橘が突然 掴んだ。
「ちょっと待って!」
「な、なんだよ?」
「お願い! もう一回、目を見て!」
正直、もう無理だと思っていた。
でも、橘の 必死な顔 を見て、少しだけ心が動かされた。
……仕方ないな。
俺はゆっくりと 橘の目を見た。
***
──ズキンッ!!
『やっぱり、佐倉くんって可愛いなぁ……目を合わせるとなんかドキドキする。』
……驚いた。
さっきとは 違う感情 が、心の中に浮かび上がったからだ。
俺の中で、ちょっとだけ 嬉しい ような、照れくさいような……。
「……あ、またなんか聞こえた?」
「いや、別に」
「えー! もうちょっと教えてよ!」
橘が 嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺の心の中の 何かが少しずつ溶けていく のを感じた。
***
「でも、さっきの……なんか、ちょっと変だったぞ?」
「え、なんで?」
「だって、心の声が……ちょっと甘すぎたから」
「はっ!? な、なんだそれ!?!?」
橘が 真っ赤になって 慌てる姿に、俺も思わず笑いそうになった。
──結局、その日から 毎日のように 橘は俺と目を合わせようとするようになった。
でも、不思議なことに、もうそれほど 悪くない と思い始めていた。
少なくとも、橘と目を合わせることが、ちょっとだけ怖くなくなったから。