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第3話 転機は突然に

「おーい、佐倉! なんでそんなに目を逸らすの?」


またか、橘。

クラスのムードメーカーで、誰にでもフレンドリーな女子。

明るくて、よく喋って、空気を読まないタイプ。


俺は 全力で 目を逸らしたが、橘は執拗に顔を覗き込んでくる。


「ねぇ、こっち見て? ねぇねぇ、なんで目を見ないの?」

「……その、事情があって……」

「ふーん? じゃあ、目が合ったらどうなるか試してみる?」


やばい。こいつ、絶対わざとやってる。


「ちょっ、待て――」

「はい、目が合ったー!」


――ズキンッ!!(心の声が流れ込む)


『……あ、こっち見た! やっぱり佐倉くん、ちゃんと目合わせるとかわいい顔してるな……!』


……は?


俺は思わず 目を逸らした。


「ちょっ、今なんか聞こえた!? ねえ、なんて聞こえたの!?」

橘が 顔を真っ赤にして 俺の肩を揺さぶってくる。


「あ、いや、別に……」

「隠してるでしょ!? 絶対なんか聞こえたでしょ!!!」


俺は人生で初めて、目を合わせたことを後悔しなかった。


──この時から、俺の「チョイ能力者」としての人生が 少しだけ 楽しくなり始めた。


***


その日以来、橘は 意地でも 俺と目を合わせようとするようになった。


毎日のように「目を見て!」とせがまれ、俺もついに 心の中でうんざりし始める。


「佐倉くん、今日こそ目を見てよ!」

「いい加減にしろよ……」

「えー、だってさ、なんか面白そうじゃん! あたし、もっと聞いてみたいもん!」


──あの時の心の声が、今でも頭の中で響いてる。


『かわいい顔してるな』


……俺の脳内で 何度もリプレイされる。


どうして、こんなことになったんだろう。


***


その日の放課後。


帰ろうとした俺の腕を、橘が突然 掴んだ。


「ちょっと待って!」

「な、なんだよ?」

「お願い! もう一回、目を見て!」


正直、もう無理だと思っていた。


でも、橘の 必死な顔 を見て、少しだけ心が動かされた。


……仕方ないな。


俺はゆっくりと 橘の目を見た。


***


──ズキンッ!!


『やっぱり、佐倉くんって可愛いなぁ……目を合わせるとなんかドキドキする。』


……驚いた。


さっきとは 違う感情 が、心の中に浮かび上がったからだ。


俺の中で、ちょっとだけ 嬉しい ような、照れくさいような……。


「……あ、またなんか聞こえた?」

「いや、別に」

「えー! もうちょっと教えてよ!」


橘が 嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、俺の心の中の 何かが少しずつ溶けていく のを感じた。


***


「でも、さっきの……なんか、ちょっと変だったぞ?」

「え、なんで?」

「だって、心の声が……ちょっと甘すぎたから」


「はっ!? な、なんだそれ!?!?」


橘が 真っ赤になって 慌てる姿に、俺も思わず笑いそうになった。


──結局、その日から 毎日のように 橘は俺と目を合わせようとするようになった。


でも、不思議なことに、もうそれほど 悪くない と思い始めていた。


少なくとも、橘と目を合わせることが、ちょっとだけ怖くなくなったから。



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