目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

25食目:ノルクの干し肉とセフィアベリーのスープ

 ラシュトに導かれ、僕たちは洞窟の中へと入っていった。

 ひんやりとした空気。足元の地面は剥き出しの岩肌で、場所によっては水滴で湿っていて滑りやすい。壁面には光る苔や菌類がまばらに張り付いており、それらが様々な色合いでぼんやりとした微光を放っていた。天井は標準的な成人男性の背丈ぎりぎりくらいの高さしかなく、長身のネイヴァンは常にかがみ気味で、何度も頭をぶつけそうになっている。


 洞窟の奥へ進むほどに、湿気と冷気が増していく。水の滴る音がどこからかポチャン、ポチャンと反響する中、ラシュトは楽しそうな鼻歌を歌う。


 やがて道が開け、僕たちは広々とした空間へと出た。

 天井は高く、壁面は無数の岩が積み重なった形状をしている。その岩々の隙間から新鮮な外気が入り込み、ゆるやかな空気の流れを生み出していた。

 中央には焚き火の跡があり、奥には乾いた枯草を敷いた簡素な寝床がある。物を入れる木箱や簡素な木の机、革袋のようなものまであり、それなりの生活を営んでいる様子が伺える。


「ここが僕の部屋だよ。まあ、ちょっと狭いけど、十分だよね?」


 ラシュトは振り返って、にこりと微笑む。


「なかなか悪くないな」


 エルドリスが周囲を見回しながら呟いた。


「君が一人でここを作ったのか?」


 ネイヴァンが少し驚いたように尋ねると、ラシュトは得意げに頷いた。


「そうさ。死刑囚島タルタロメアは危険だけど、こうしてちゃんと居場所を作れば生きていけるんだ。さあ、座って」


 ラシュトの言葉に従い、僕たちは焚き火の跡の周囲に腰を下ろした。


「さて、晩ご飯の準備をしようかな」


 ラシュトは焚き火の残骸に火をつけ直し、部屋の端に置かれていた木箱から干し肉らしきものとサクランボに似た赤い実を取り出した。


「ノルクの干し肉とセフィアベリーか」


 エルドリスの呟きにラシュトは目を丸くする。


「すごいね、わかるんだ?」

「まあ……以前に見たことがあるというだけだ」


 歯切れの悪い答え。食材名を口にしたのは彼女の失態だ。一般人は普通、干された肉を見ただけで何の肉かまでは判断できない。調理人であることを隠すなら、知らないふりをするべきだ。

 僕たちは連続強盗殺人犯で死刑囚というおぞましい設定だが、そうなる前にどこで何をしていたか、何故強盗をやろうと思ったのか、など少年に興味を持たれたら、三人が三人とも整合性のある回答をできる自信はなかった。つまり、話題にしないのが無難なのだ。


「ノルクってなんだ?」


 ネイヴァンがラシュトに尋ねたため、幸いにも少年の意識はそちらへ向いた。


「ノルクは猪に似た魔獣だよ。干して熟成させて、そのあと煮込むと柔らかくなる。でもちょっと獣臭いから、セフィアベリーと一緒に煮込むんだ」


 ラシュトは、浜辺で拾ったという金属のボウルのようなものを鍋代わりにして調理を始めた。

 僕たちは誰ともなく目配せをし合った。互いに毒物の混入を気にしているのが表情でわかった。僕たちは、ラシュトの手の動きを注意深く見張った。


 ほどなくして、スープが完成した。


「はい、どうぞ」


 ラシュトは四つの器にスープを分け、僕たちに手渡した。

 エルドリスが最初に口をつける。


「……悪くない」


 そう短く評価したのを見て、ネイヴァンも続いた。


「塩気とベリーの甘みが絶妙だな。肉は歯を立てるだけでほぐれるぜ」


 僕も恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

 ほんのりとした甘みと、干し肉から溶け出した旨味の混ざった奥深い味。


「美味しいです」


 正直な感想を伝えると、ラシュトは満足げに微笑んだ。


 食事を終えるとラシュトは立ち上がり、部屋の奥に積んであった枯草を焚き火のそばに運び始めた。


「何をしている」


 とエルドリスが問うと、


「ベッドを作ってるんだ。ね、今夜はもう泊っていきなよ。夜の森を歩くのは危険だよ」


 彼は僕たちのために枯草を敷いて三人分の寝床を作ってくれているらしい。


 彼の言うとおり、岩壁の隙間からは外気と共に魔物の鳴き声も聞こえてくる。夜の森を歩いて砂浜まで帰るとすれば危険だろう。だが、僕たちにはネイヴァンの転移魔法がある。一度来た場所へなら転移できるため、今夜は砂浜へ戻り、明日の朝またこの洞窟へ戻ってくることも造作ない。


「どうする?」


 ネイヴァンが小声で訊ねる。


「泊ろう。だが交代で見張る。ラシュトが寝込みを襲ってこないとも限らない」


 エルドリスが即答する。


「わかりました」


 僕たちは順番を決め、今夜は一人ずつ起きて見張ることにした。


 ラシュトは部屋の奥の枯草の上に寝て、僕たちは焚き火にほど近い枯草の上に、やはり僕を真ん中にして右側にネイヴァン、左側にエルドリスの形で横たわった。

 やがて焚き火の火が小さくなっていく中、僕は疲れに負けて深い眠りへと落ちた。



 どれほどの時間が経ったかわからない。僕は左肩を叩かれる感触で覚醒した。

 目を開けて左を振り向くと、焚き火の消えた真っ暗闇の中で、エルドリスが僕を見つめていた。


「交代だ」


 僕が頷くと、エルドリスは天井を向いて目を閉じる。ここから数時間は僕が起きている番だ。最後の朝方の数時間はネイヴァンに任せる。


 僕も上を向き、天井を見つめた。夜の帳の下り切った部屋の中で、しゅるる、しゅるるという隙間風の音と、ネイヴァンの寝息が聞こえる。時折遠くで魔物の声がする。

 僕は眠ってしまわないよう、天井の岩の模様を迷路のように辿って過ごした。


 そうして二時間ほど経っただろうか、ふと、微かな物音が聞こえた。

 ラシュトの寝ている方から、小さな衣擦れの音。

 僕は息を殺して、耳を澄ませた。

 衣擦れの音に、裸足の足音が混ざる。それが部屋の入り口とは反対側の壁面へとゆっくり歩いていく。

 そしてまた何か小さな物音。ズズズ、と重めのものを引き摺るような。

 それから静寂。

 気配が消えたと思った。人が――ラシュトがそこにいる気配がない。

 僕はじわりと身を起こし、音のした壁面を見た。そしてラシュトのベッドの方も見た。最後に部屋全体をぐるりと見渡した。


 少年の姿はどこにもなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?