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16「訓練生Cクラス船員ルカ・ヴァルディ⑥」


 停止システムのショートが功を奏し、レバーを引いた影響でカプセルが速度を落として停留所に流れ込む。再生処理プラントの停留所に静寂が戻った。だが、その静けさは心地よいものではなかった。


 ルカは壁に背を預け、深く息を吐いた。酸素は充分にあるはずなのに、胸の奥が詰まるような息苦しさを感じる。視線を落とせば、端末の残り1000LUという表示が無機質に瞬いている。


(……たった1つの選択で、ここまで失うとはな)


「お前、命を救ったんだぜ? 少しは誇れよ!」


 アレックスの言葉が鋭く刺さるが、ルカの胸には何の響きもなかった。ただ、苛立ちだけが積もっていく。救った命と引き換えに、200LUを失い、罪人のような気持ちが胸の奥で渦巻いていた。


「誇り? そんなもん、何の役に立つんだよ」


 吐き捨てるように言うと、アレックスは一瞬だけ言葉を失う。その沈黙が、余計にルカを苛立たせた。


 足元の金属床を乱暴に蹴ると、乾いた音が響く。誰も振り向かない。ただ、無数の監視カメラだけが冷たくこちらを見下ろしている気がした。


 その瞬間、不自然な気配が背後から迫る。ルカが振り返ると、Bクラスの保安部門員が二人、冷徹な表情でこちらに向かって歩いてきていた。その背後には、無機質なオートノームが静かに従っている。


「ルカ・ヴァルディ、キミに保安部門からの出頭命令が出ている。同行願おう」


 淡々とした声が、廊下に冷たく響く。ルカは思わず顔をしかめた。


「は? なんのつもりだよ、俺らは事故を防いだだけだぞ!」


 アレックスが間に入ろうとするが、保安部門員は一切動じない。彼らは事務的に命令を繰り返すだけだった。


「不正アクセスおよびシステム改竄の疑いがある。詳細は取り調べで説明する」


 その言葉に、ルカの中で何かが切れた。


「ふざけんな! 俺がやらなきゃあ、あのカプセルは突っ込んでたんだぞ!」


 叫ぶルカの腕を、オートノームの冷たい機械の手が無造作に掴む。その冷たさは、彼の中に残っていた僅かな正義感すら凍らせるかのようだった。


 ルカは抵抗することなく、視線を床に落とした。その目に映るのは、薄汚れた金属板と、誰かが落とした壊れた端末の破片。あの時、200LUを失った時の感覚が再び胸を締めつける。


 固く拳を握りしめたまま、彼は保安員たちの冷たい視線を受け止めていた。冷え切った金属の床が、ルカの足元で重く響く。アレックスは一歩前に出ようとしたが、即座にオートノームの腕が彼の胸元を押さえつけ、動きを封じた。


「やめろ! ルカは何も悪くない!」


 アレックスの声は鋭く響いたが、保安員たちは微動だにしない。その冷酷な表情は、命令に従うだけの機械のようだった。隊長格の男が淡々とした声で命じる。


「不正アクセスおよびシステム破壊の容疑で拘束する。抵抗すれば実力行使に移るぞ」


 ルカは深く息を吸い、無理やり冷静さを保とうとした。胸の奥には焦燥と怒りが渦巻いている。しかし、今ここで暴れても何も変わらないことを彼は理解していた。


「俺は……誰かを救おうとしただけだ。」


 その言葉は自分自身への言い訳のようでもあり、微かな誇りの証明でもあった。しかし、返ってきたのは冷笑だけだった。オートノームが無表情のままルカの腕を掴み、後ろ手に固定する。


 その瞬間、アレックスが再び声を荒げた。


「親友を離せ! ルカを連れて行くなんて許さねえからな!」


 アレックスはオートノームに押さえつけられながらも、必死に抵抗しようとした。しかし、保安員の一人が冷淡に言い放つ。


「お前も連行されたいのか?」


 その一言に、アレックスの動きが一瞬止まる。しかし、すぐに歯を食いしばりながら叫ぶ。


「ああ、だったら俺も連れて行け! ルカだけが悪いなんておかしいだろ!」


 ルカはその声に一瞬だけ希望を見出した。だが、隊長格の男が冷酷な声で告げる。


「邪魔するなら、お前の全てのライフユニットを没収するぞ」


 その言葉に、アレックスは動きを止め、目を見開いたまま立ち尽くす。顔には恐怖と葛藤が交錯していた。やがて、悔しさを噛み殺すように拳を握りしめ、彼は静かに身を引く。


 ルカは抵抗することなく、視線を床に落とした。その目に映るのは、薄汚れた金属板と、誰かが落とした壊れた端末の破片。あの日、200LUを失った時の感覚が再び胸を締めつける。


 ルカは固く拳を握りしめたまま、保安員たちの冷たい視線を受け止めていた。冷え切った金属の床が、彼の足元で重く響く。アレックスは一歩前に出ようとしたが、即座にオートノームの腕が彼の胸元を押さえつけ、動きを封じた。


「やめろ! ルカは何も悪くない!」


 アレックスの声は鋭く響いたが、保安員たちは微動だにしない。その冷酷な表情は、命令に従うだけの機械のようだった。隊長格の男が淡々とした声で命じる。


「不正アクセスおよびシステム破壊の容疑で拘束する。抵抗すれば実力行使に移るぞ」


 ルカは深く息を吸い、無理やり冷静さを保とうとした。胸の奥には焦燥と怒りが渦巻いている。しかし、今ここで暴れても何も変わらないことを彼は理解していた。


「俺は……誰かを救おうとしただけだ。」


 その言葉は自分自身への言い訳のようでもあり、微かな誇りの証明でもあった。しかし、返ってきたのは冷笑だけだった。オートノームが無表情のままルカの腕を掴み、後ろ手に固定する。


 アレックスは必死に叫び続ける。


「ルカ、諦めるな! 俺たちは……!」


 その声が途切れかけた瞬間、保安員がアレックスを鋭く睨みつけた。


「これ以上騒げば、お前のライフユニットを全て没収することになるぞ」


 その言葉に、アレックスは顔を歪めながらも、拳を握りしめて立ち尽くした。ルカは一瞬だけその姿に希望を見出したが、彼が無言で引き下がる様子を見て、心の奥で何かが静かに崩れるのを感じた。


「お前らにとって、命もライフユニットもただの数字かよ……」


 低く呟いたルカの声は、誰かの心を揺さぶることなく消えていく。しかし、アレックスは必死に叫び続けた。


「ルカ、諦めるな! 俺たちは……俺たちは――」


 その叫びが遠ざかっていく中、ルカはただ黙って歩き続けた。船内の冷たい空気が彼の決意を試すかのように肌を刺す。自分の判断が正しかったのか、それともただの愚かな行動だったのか。


 答えはまだ、見つからなかった。



◆◇◆



 連行される途中、廊下の壁面に設置された大型モニターが目に入る。映し出されていたのは、ウプシロンの姿だった。彼女の冷淡な微笑みと、どこか人間味のない黄金の瞳がスクリーン越しに輝いている。


『船内の皆さんへ。この度のシステム異常は一部で速やかに対処されています。ライフユニットの安定供給と船内の安全は保証されていますので、ご安心ください』


 ウプシロンの落ち着いた穏やかな声が船内に響く。だが、ルカの胸の奥で何かがざわめいた。その姿はあまりにも完璧で、まるで全てが計算された演技のように感じられる。


「安心しろ、だと?」


 ルカは自嘲気味に笑う。彼が知る限り、安心とは最も遠い場所にいる自分が、この言葉にどう答えればいいのか分からなかった。


 モニターの前を通り過ぎる瞬間、ウプシロンの映像が乱れて一瞬だけ彼の方へと注がれる。その黄金の瞳は、まるで全てを見透かしているかのように輝きを放っていた。


「行け、歩け!」


 Bクラス保安員の声で現実に引き戻され、ルカは再び足を動かした。だが、彼の心には小さな疑念の種が植え付けられている。それは、ウプシロンという存在への絶対的な不信感であり、この船の中で誰が真実を語っているのかという問いだった。


 重い足取りで無機質な廊下を進むルカの耳に、遠くから響く微かな機械音と低く唸る警告アラートが入り混じる。船内の不穏な空気は、まるで彼自身の胸の内を映し出しているかのようだった。


「ここだ。中へ入れ」


 保安員が立ち止まり、冷たく扉を開ける。中は簡素な取り調べ室。金属製のテーブルと硬い椅子、壁には監視カメラが無機質に光っている。


 ルカは無理やり椅子に座らされ、手首を簡易ロックで固定された。アレックスの叫び声がまだ耳に残っている。それが、かろうじて彼の心を繋ぎ止めていた。


「名前、所属、階級を述べろ」


 Bクラス保安員が冷徹な声で尋問を始める。ルカは乾いた喉を潤すように唾を飲み込んでから、ゆっくりと答えた。


「ルカ、訓練生、Cクラス……」


 保安員は端末に何かを打ち込み、無表情で彼を見つめたまま続ける。


「不正アクセス、システム破壊行為、命令違反。この記録に間違いはないな?」


 ルカは拳を握りしめ、かすかに震える声で答えた。


「違う……俺は、ただ……事故を防ごうと……」


 保安員は鼻で笑い、端末をルカに突きつける。そこには彼の不正アクセスのログと、システム障害の記録が冷酷に並んでいた。


「結果がすべてだ。お前の行動は規律を乱し、船の安全を脅かした。それだけで十分だ」


 ルカは言葉を失い、ただ黙ってその画面を見つめた。自分の善意が無意味だったかのように、冷たく突き返される現実。彼の胸の奥で、何かが静かに崩れていくのを感じた。


 ふと、モニターが切り替わり、ウプシロンの映像が映し出される。彼女は冷静な表情で、再生処理プラントの復旧作業について語っている。


『全ては航行の安全のため。私たちは最善を尽くしています』


 その言葉がルカの心に鋭く刺さった。彼は拳を固く握り締め、目を逸らすことなくその映像を見続けた。


(……ウプシロン、お前は何を考えてるんだ?)


 ルカの心の中には確かな決意が芽生え始めている。しかし、答えは出ないまま、取り調べは淡々と続いていった。

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