目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

08「訓練生Cクラス船員ルカ・ヴァルディ②」


 船内通路を急ぐルカの足音が、静寂に包まれた金属床に響いていた。


 ウプシロンとライアンの姿が見えなくなってからどれくらい経っただろうか。再生処理プラントから少し離れた専用プラットフォームを目指し、彼は一人歩いていた。


 プラットフォームに設置された停留所。カプセルが到着するまでの間、ルカは手元の端末を操作し、オートノームの損傷データを確認していた。だが、表示された行動ログは断片的で、辻褄が合わない。


「このデータ……何かがおかしい。誰かが意図的に操作した形跡がある」


 ルカは眉間に皺を寄せ、端末の画面に映し出された映像を凝視する。再生処理プラントのタンク周辺で行われた一連の動作ログ。だが、その中には明らかに不自然な動きがいくつか記録されていた。


「ウプシロン……一体どういうことだ?」


 その時、ルカが待つ停留所にカプセルが滑り込んできた。彼は端末を閉じ、カプセルに乗り込む。目的地を設定すると、カプセルは軽い振動と共に走り出した。

 その移動中、ルカは窓の外を眺めていたが、その視線は虚ろだった。ウプシロンとライアンの姿が、彼の脳裏に焼き付いて離れないせいだ。


「……どうして、ライアンがウプシロンと一緒にいたんだ?」


 ルカの呟く声は、疑念と不安に満ちていた。だが、その答えは誰にもわからない。ましてや、彼自身にも。


 カプセルが速度を上げる。ルカの頭の中は、数日前にウプシロンから受け取ったデータの内容でいっぱいだった。あのデータに隠された真意は何なのか?


 考えれば考えるほど、彼の表情が硬くなっていく。


 目的地に到着する頃には、ルカの心は船内の監視モジュールに記録されていたログの疑問で支配されていた。


「……この状況をどう打開するかは、俺次第ってことか」


 プラットフォームに停車する直前、カプセル内のモニターが突然明るくなった。政府公式のロゴと共に、機械音声のアナウンスが流れ始める。


『注意:再生処理プラントにおいて未確認の問題が発生しました。この影響により、一部の生命維持システムの遅延または低下する可能性があります。関係者は速やかに状況確認を行い、必要な対応を講じてください』


 ルカは驚きを隠せない。アナウンスの内容もさることながら、彼にはまだ何かが隠されているような気がしてならない。

 カプセルの扉が開き、ルカはゆっくりと外に出る。目的地の通路は普段より人通りが多く、船員たちが慌ただしく行き交っていた。


「おい、聞いたか? 再生プラントが止まったせいで、空気循環の湿度が急上昇してるらしいぞ。農場エリアじゃ、もうカビが発生し始めてるって」

「ああ、水供給にも影響が出てるらしいな。このままじゃあ、植物だけじゃなく俺たちにまで皺寄せが来るぞ……」


 通りすがりのDクラス船員たちの会話が、ルカの耳に飛び込んでくる。プラントの問題は、船全体に影響を及ぼし始めていたのだ。事態は、ルカが想像していたよりも深刻なのかもしれない。


 通路を進むルカの目に、壁際に設置されたモニターが飛び込んできた。そこには、政府からのメッセージではなく、ウプシロンの顔が映し出されている。


『船内の全ての居住者へ。再生処理プラントでの問題が船全体に影響を及ぼしていますが、状況は既に管理下にあります。各部門は指示に従い、通常業務を継続してください。我々はこの問題を解決するために最善を尽くします』


 ウプシロンの冷静な表情と機械的な声が、船内に響き渡る。彼女の言葉には、船員の不安を払拭するような力強さがあった。だが、ルカにはそれが演技のように思えてならない。


「本当に管理下にあるのなら、今すぐ止めてみろよ」


 ルカは足を止め、モニターを見つめる。まるでウプシロンと視線が合ったような気がした。だが、すぐに彼は足を動かし、通路を抜けて目的地へと向かった。その顔には、強い決意が浮かんでいた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?