食事を終えたウプシロンとライアンが再生処理プラントへの通路を進んでいると、不意にライアンが足を止めた。
「おい、ルカか?」
視線の先には、一人の青年が壁にもたれかかるように立っている。制服の襟は乱れ、どこか締まりのない姿勢。その顔を見て、ライアンの眉がひそんだ。
「……マジかよ。ライアン、久しぶりだな」
Cクラス船員――ルカ・ヴァルディ。ライアンとは訓練生時代の同期で、当時からさほど変わっていない気怠げな雰囲気を醸し出していた。
「こんなところで何してる?」
ライアンの問いに、ルカは気まずそうに笑う。
「いや、ちょっとね……散歩だよ、散歩」
目を泳がせる彼を、ウプシロンは無言で観察していた。黄金の左眼が僅かに光り、ルカを分析するかのようにじっと見つめる。
「ふーん……散歩ねえ」
ライアンは呆れたように鼻を鳴らし、腕を組む。
「ここは訓練生がうろつく場所じゃなかったはずだが?」
「まあ、そうなんだけどさ……」
ルカは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「それにしても、ウプシロンまで一緒とはな。どうしてここに?」
彼の視線がウプシロンに向けられる。
「再生処理プラントへ向かうところです」
ウプシロンは淡々と答えた。ルカの態度に特に関心を示すわけでもなく、ただ観察を続けている。
「へぇ、そうか……さすがだな」
ルカが適当に相槌を打った瞬間、ライアンが厳しい声をかける。
「ルカ、お前またサボってるんじゃねえだろうな?」
「ち、違うって!」
彼は慌てて手を振るが、その挙動の怪しさにライアンはニヤリと笑った。
「相変わらずだな。昔から、サボる口実だけは上手かったよな」
「そ、そんなことねぇよ……」
ルカが口ごもると、ウプシロンが突然口を開いた。
「……私を相手に性的な依存行動を繰り返していた方ですね」
彼女の言葉に、ルカの顔が一気に赤く染まる。
「ち、違う! 誤解だ!」
慌てふためくルカを横目に、ライアンは肩を震わせて笑いを堪える。
「おいおい、ルカ。お前、人形モドキを相手にそんなことしてたのか?」
「うるせえよ、ライアン! そんなの昔の話だろ!」
ルカは必死に否定しながら、ウプシロンをちらりと伺う。彼女は冷静な表情のまま、静かに首をかしげた。
「記録によれば、少なくとも7回にわたる接触ログが残されていますが?」
「お前、全部覚えてんのかよ」
ルカは絶望したように顔を覆い、溜め息をつく。ライアンは吹き出しそうになるのをこらえ、背中をバシッと叩いた。
「まあ、昔のことは気にすんなよ。それより、お前の仕事は大丈夫なんだろうな?」
ルカは頭を掻きながら、視線を泳がせる。
「……問題ない、はずだ」
「まったく信用ならねえな」
ライアンが呆れたように言うと、ウプシロンが軽く息をつく。
「ルカ、貴方のように目的を持たずに時間を浪費する存在は、資源管理上効率が悪いのですが……」
「お前、言い方きっついなぁ……」
ルカは肩を落としながら小さく呟いた。ライアンは笑いながら歩き出す。
「お前のことは放っておく。俺たちは行くべき場所があるんでな」
「……お前、相変わらず冷たいな」
「お前が相変わらずダメダメなだけだろ」
ライアンは手をひらひら振りながら歩き去る。ルカは苦笑しながら、それを見送った。
「おいライアン!」
彼は叫びかけるが、ライアンは振り返らず、そのまま歩き続けた。ウプシロンも一瞬だけルカに視線を向けたが、無言のまま進む。
「ちっ……ま、頑張れよ、二人とも」
ルカは静かに呟き、彼らの背中を見送った。通路には静かな足音だけが響く。ライアンは、ふと呟いた。
「相変わらず、根はいい奴なんだけどな……あいつ」
ウプシロンは無表情のまま、僅かに目を細める。
「彼は不安を抱えながらも、貴方を信頼しているようですね」
「信頼? 俺をか?」
「……貴方が否定しようと、それは事実です」
ライアンは小さく笑いながら、肩をすくめた。
「さあ、先を急ぐか。再生処理プラントでの仕事が待ってるんだろ」
「ええ、最適な選択です」
二人は並んで歩き続ける。背後には、ルカが佇む気配だけが残されていた。