地系の弱点である、風の魔法を使用したフェリオだったが。
しかし、せいぜい石の表面を軽く削っただけだった。
「ああっ! ダメだフィルお兄ちゃん! 弱い!!」
「了ー解」
フェリオ・ジェラルディンの報告を受け取り兄のフィリップは、魔力アップの魔法を唱えた。
「手解き願います。――“
するとフェリオの耳の奥で、まるで一滴の雫が滴り落ちるような爽快な音が響き渡った。
足の爪先から髪の一本一本にまで、エネルギーが駆け巡る感覚を覚える。
つまり、それら全てへ滞りなく、血液がスムーズに流れ込むのを実感出来る様だ。
彼女の斜め前方では、攻撃力アップによりレオノール・クインの怒涛のラッシュが行われていた。
パンチ、キックと容赦がなく、最早ガーゴイルは瓦解し始めている。
「よし! ボクも負けないよ! 吹き抜けろ!
フェリオは続き、両手を上から下へと大きく振りかぶる動作をする。
先程より威力のある、中級の風の魔法がフェリオから放たれる。
加えて、魔力アップの効果もあり、強烈な風の力が砲丸の如くガーゴイルにぶち当たり、あっと言う間にバラバラにしてしまった。
同時に、レオノールもたった一人でもう一体のガーゴイルを、完全に倒していた。
「へっ! これくらいわけねぇぜ!!」
レオノールが軽く鼻を擦る。
「フィルお兄ちゃん! ボクもやったよ!!」
「こういう形であれば、モンスターとのバトルを繰り返して経験値を上げていくのに、賛成なんだけどね」
フィリップもニッコリ笑う。
「でもレオノール、怪我してるよ」
フェリオは、レオノールの肘にあるガーゴイルから反撃で受けた、殴打痕に気付く。
「当然だ。俺は近距離攻撃だから、反撃を食らいやすいんだ。その点、魔法は遠距離だから、その割合がほとんどない」
レオノールは荷物から何かを探りながら、フェリオへと答える。
「そっか。確かに、今のモンスター弱かったもんね!」
フェリオの無邪気な笑顔に、思わずカチンとくるレオノール。
「決して今のは弱い方ではなかったぜ! お前ら兄妹の息が合っていたからスムーズに倒せたものの、あいつはあれでも口から火を吹くんだからな!」
「ええっ!? そうだったんだ……良かった。すぐに倒せて」
胸を撫で下ろすフェリオを横目に、フィリップが優しくレオノールへ声を掛ける。
「その怪我、回復しよう」
しかしレオノールは、きっぱりと断る。
「いや結構。よっぽどのことがない限りは、俺へ簡単に傷の回復魔法は使わないでくれ。傷を勲章として残しておきてぇんだ。それに、体力回復ならこれがある」
そうして荷物から、果物を取り出して見せた。
「ハニーレモンだね。リオの大好物の一つだよ」
「え!? ハニーレモン!? ボクにも頂戴!!」
フェリオが、目を輝かせて要求する。
「バーカ! やんねぇよ! これは俺の非常食も兼ねてんだ。食いてぇのならてめぇで用意しろ」
レオノールは、そう言うとハニーレモンを齧り付く。
「チェーッ……レオノールの意地悪……」
二口、三口と食べ進めていくレオノールを眺めながら、フェリオは口を尖らせる。
ハニーレモンは、見た目こそはレモンだが、食べると蜂蜜の味でとても美味、体力疲労にはとても役立つ回復アイテムなのだ。
「さぁ、先へ進もうか」
「フィルお兄ちゃん。ハニーレモン持ってないの?」
「あいにく僕は白魔法使いだから、魔力回復ドリンクしか持たないんだよ……」
苦笑を浮かべるフィリップに、フェリオは残念そうに嘆息吐く。
そんなことはお構いなく、ハニーレモンを平らげたレオノールがバラバラに瓦解したガーゴイルの石を、品定めしていた。
「レオノールは、一体何をやっているんだい?」
フィリップが彼女へ歩み寄る。
「そりゃあ、アイテム回収だよ。こうしてモンスターを倒した後は、その一部を店に持っていくと素材として売れるんだ」
「へぇ~! こんな石っころがお金になるんだ?」
驚愕するフィリップに、ニヤリとレオノールが不敵に笑った。
「あんた……旅の心得を知らねぇな……? こんなの、常識だぜぇ?」
……どうやらレオノールは、お金に目がないらしいことが段々と分かってきた、フィリップだった。
こうして、“ガーゴイルの石”をそれぞれ三個ずつ持って、先へと進み始めた。
やがて数時間、休憩を挟みながら歩き続けた頃。
「日も傾いてきたし、今夜は野宿になりそう?」
フェリオの言葉へ、レオノールが頷く。
「ああ。野宿だな。もう少し先へ進んだら川が流れている。そこで今夜は過ごそうぜ」
これを聞いてフェリオは、前進しながら頃合いの枯れ木を拾い始めた。
どうやら野宿には慣れているらしく、焚き木用として拾い始めたのだ。
「ところでレオノール。どこか目的があって今こうして歩いているのかい?」
「当たり前だろう! 俺ァご親切に、あんたらの為を思って目的地へ向かってるんだぜ」
「そこはどこなのか、聞いてもいいかな?」
先を歩くレオノールへ、フィリップは再度尋ねる。
「あんたらの故郷を壊滅させたっていう、サテュロスの情報を聞きに行くんだ」
「え?」
「左頬から耳にかけて、大きな古傷のある黒い体毛のサテュロス……これだけハッキリとした特徴を持つモンスターは他にはいねぇだろう」
「だ、だけど、その事を知る人が他にもいると言うのかい!?」
フィリップは、当時の事を思い出しただけでも、思わず声が震えた。
「ああ。これから行く所は、賢明な精霊と呼ばれている、“光のエルフ”の村だよ」
これを聞いてフィリップは内心、驚きを覚える。
「
彼等の古代名を、フィリップは口の中でそっと呟いた……。
それから二日後。
その日の午前中、ようやく三人は“光のエルフ”の村へ到着した。
うっそうと茂る森の中に、それはあった。
巨木を組み立てて作られたであろう、大きな門。
まるで、天を仰ぐ程の高さがある。
その入り口では、二人の門番が左右に立っていた。
三人を見つけるなり、槍を構える。
「何者か! 人の子よ!」
「ここへ何しに来た! 人間め!」
これに、レオノール・クインが一歩前へ進み出る。
「俺達は、あるサテュロスを探しているんだ。どうかその、あんたらの誉れ高き知識を与えてくれ」
「……」
レオノールの言葉に、互いに顔を見合わせ目配せのやり取りしながら、黙考するやゆっくり両脇へ退いた。
「良かろう。入るがいい」
思いの他、あっさり中へ入れたので、フィリップ・ジェラルディンはレオノールへ耳打ちした。
「ひょっとして、ここに来た事があるのかい?」
「いや、全く以って初めてだ」
「そうか……」
両開きになっている木造の門が、門番によってゆっくりと開放される。
村の中へ入るや、住人達が一斉に三人へと白い目を向けた。
家はどれも、丸太小屋の造りになっている。
「何だかボクら、歓迎されていないみたいだよ?」
「気にするな。エルフってぇのは光も闇もプライドが高すぎるのがいけねぇや」
不安がるフェリオ・ジェラルディンへと、レオノールは歩きながら答える。
彼ら三人とすれ違うエルフ等は、一様に怪訝な表情で鼻を摘む。
下等人種=汚臭、というイメージがあるらしい。
内心、気分の良いものではないフィリップであったが、フェリオとレオノールは独断気にもせずに会話をしていた。
「じゃあ何でレオノールは、この場所を知ってたり、エルフに詳しかったりするの!?」
「そりゃあ、レアアイテムを求めてこの森で、エルフとバトりあった仲だからな」
平然と述べる彼女の言葉を聞き、フェリオは驚愕する。
「え!? そうなの!? まだ18歳の小娘なのに、スゴイ!!」
途端、ピタリとレオノールが歩みを止めた。
「あのな。俺とお前はたかだか一才しか年齢差はねぇんだ。その立場でお前から小娘呼ばわりされたかねぇよ」
歯を食いしばりながら、握った拳をフェリオの目の高さに持ち上げて見せる。
「あ。ゴメン。悪気はないんだボク」
当人は、ケロリとした表情を浮かべ、軽く謝罪を述べる。
「だろうともよ。もし悪気ありきなら、今すぐここでぶん殴っている所だ」
そうしてまた、歩き出すレオノール。
その後を、ポツポツと付いて歩き始める、フィリップとフェリオ。
「ところで、一体どこに向かっているんだい?」
それまで周囲の様子を見ていたフィリップも、彼女らの会話に参加した。
「あそこの丘に見える、でっけぇレンガの家」
レオノールが、前方を指差す。
「誰の家なのか、分かるのかい?」
先を歩くレオノールを斜め後ろから、肩越しに声をかける。
「いや。でも大概デカくて立派な家に、主は住んでるものだ」
「成る程ね……」
レオノールの短絡的思考を、フィリップは苦笑いするしかなかった。
案の定、そこの玄関前も二人の門番がいた。
「……」
無言のまま、白い目で睨み付けてくる二人の門番。
今度はこれに、フィリップが一歩前へ進み出た。
「村長へ会いに来ました。その豊富な知識を授けて頂きたく、お願いしたい」
「村長は、我々の中でも特に優れた知識がおありだ。そう簡単に、人間風情へ与えてやれるような御仁ではない」
「そうだ。引き返してこの村から、即刻出て行け。気持ちの悪い猿めが」
門番のこの言い草を、聞き捨てならぬばかりカチンと来たのは当然、レオノールだった。
「ホンット! てめぇらエルフどもは人間を小馬鹿にしてやがるよな。見下すならこの俺を黙らせてからにしてもらおうか!!」
「ほぉ。人間の分際が、我らに宣戦布告か? 大した度胸だ」
門番の一人が、レオノールの前へと進み出る。
「ちょっ、レオノール! 喧嘩は良くないって!!」
フェリオが、慌てて引き止める。
「喧嘩じゃねぇ。これは立派なバトルだ」
普段から好戦的なレオノールは、恐れる事無く拳を構えるや、面白そうに口角を引き上げる。
「猿が! メスだからと容赦はせんぞ!!」
門番が、長槍の切先をレオノールへ向ける。
「どこからでもかかって来いやぁぁ!! 勝った暁にゃあ、その尖がり耳を削ぎ取って豚の餌にしてやっから、感謝しろよ!!」
「貴様ぁ! 言うに事欠いて、我々自慢の耳を侮辱するとは、赦せん!!」
もう一人の門番も、レオノールの前へ進み出て長槍を構える。
どうやら耳の形容で、彼らは美醜を決めているらしい。
門番が離れた隙を突き、フィリップが門の前へ立ち中へ向かって声をかけた。
「ビュクヴィル様。我々は九年前に、モンスターから故郷を壊滅させられた者の生き残りです」
すると、暫らくしてドア越しから、落ち着き払った男の声がした。
「──入れ」
「ほら、ビュクヴィル様から許可を取ったよ! だから無駄な闘争はやめて、みんな!」
振り返ったフィリップの言動に、門番二人がギョッとした様子を見せる。
「貴様、なぜ村長の名前を……!?」
更に、中から声が続く。
「構わん。入れてやれ」
これに渋々、両脇に退く門番。
押し開きのドアを開け、中へ入るとすぐ広い土間となっていて、一人の男のエルフが石臼で、穀物を挽いていた。
長くてとがった笹穂耳、美しいほどの金髪を後ろ一つにまとめ、口ひげを蓄えたハンサムな初老の男だ。
「主ら、名を何と言う」
「俺は、レオノール・クイン」
レオノールが、一歩前へ進み出る。
「知らんな」
男は、投げやりな口調で吐き捨てつつ、石臼を挽き続ける。
「ボクはフェリオ・ジェラルディン」
するとこれに、彼の石臼を挽く手が止まる。
「僕は……――フィリップ・ジェラルディンです」
そこで、ようやく初老のエルフの顔が、彼らへ向いた。
「ジェラルディンか……知っておる」
「え!? おじさん、ボクらを知ってるの!?」
フェリオの無邪気な反応を、フィリップは慌てて妹の上腕を引いた。
「無礼だよ。フェリオ」
「え? あ、うん……」
兄が跪いたのを見て、戸惑いながらもフェリオも跪く。
レオノールは、平然と腕を組み突っ立っていた。
「我が名はビュクヴィル。ここの村長をアルムヘイムの王から、任されている」
アルムヘイムとは、精霊界にあるエルフの国だ。
「僕達は、とあるサテュロスを探しています。ビュクヴィル様」
「ああ。存じている。主らの故郷である、召喚師の里を壊滅させた奴であろう?」
ビュクヴィルは胡坐を掻いた姿勢で、フィリップ達へ体を向ける。
「やはり、ご存知でしたか……」
「……」
暫しの沈黙。
の、後から続く、絶叫。
「ええーっ!? お前ら兄妹って、召喚師の出身なのかああぁぁーっ!?」
レオノールだった。
それもそうだ。
召喚師という職業は、極秘の存在なのだから――。
「うん? そうだよ?」
そんな彼女へ、跪いていたフェリオがキョトンとした顔をし、レオノールを見上げた。