戦いは長時間に及んでいた。
その女は、呪文を唱えて両手を天に突き上げる。
すると眩い青の閃光と共に、そこには巨大な鳥らしき白いシルエットが電流をまとって出現し、一人の人物の前へと立ち塞がった。
その人物とは、魔王。
顔に黒い仮面を付けている。
「ふん……貴様の最強召喚霊か。甘いわ!!」
魔王は言うと、玉座に腰を下ろしたままその鳥──サンダーバードへ指一本振るった。
それだけで、呆気なくサンダーバードは巨大な魔力の裂傷を受け、消滅した。
「そんな!!」
女召喚術士は、愕然とする。
「飽いた。貴様らが我が輩に立ち向かったところで、蚊ほどもない。もっと我が輩を楽しませろ」
そう言ったかと思うと、魔王は片腕を横へと振り払う。
直後、勇者以外の仲間──
サモナーは召喚霊で、モンクは殴打足蹴で、ビショップはステータス異常攻撃で。
「何!? どういうことだ!!」
その状況に、勇者は驚愕する。
「フン。やはり勇者には効かぬか。ならば仲間同士で殺しあうのを、我が輩と共に愉しもうではないか。クックック……ハッハッハッハ!!」
魔王の愉快げな笑い声を他所に、勇者は必死に仲間三人の目を覚まさせようと奮闘するが、自らも仲間から攻撃を受けていた。
そして、そうこうしているうちにとうとう、仲間三人は互いから致命的な攻撃を受けて倒れてしまった。
勇者も、仲間からの攻撃で倒れたが、最後の力を振り絞って自分の黄金の大剣を杖代わりに、ヨロヨロと立ち上がる。
石造りの室内で、勇者の苦しげなテノールの声が響き渡る。
「く……ッ! やはりそう簡単には倒れてはくれないか……!!」
ショートカットの
身長180cmと、長身だ。
頭には、まるで王冠のような額当て。
周囲には、もう体力が残っていない三人の仲間達が倒れている。
だが、余裕ぶっていた魔王の方も魔力がほぼ、底を突いていた。
魔王は、ゆっくり口を開く。
「勇者よ……いや、ここは
この場での、魔王のバリトンボイスは良く似合う。
魔王は立ち上がり、玉座に立てかけていた漆黒の魔剣を手に取ると、十段程ある階段をゆっくりと下りて来た。
そしてゆっくりとした動きで、魔王は顔面を覆っていた仮面を取り払う。
漆黒の髪を長く伸ばし、白目の部分は黒く、虹彩は毒々しく紅い。
身長は、2m程。
しかし声とは裏腹に外見的は、鼻の穴二つはまるでイソギンチャクがくっ付いているように見え、眉尻は角のように硬質化した皮膚が突き出ていて、顎はしゃくれ歯はボロボロ。
お世辞にもまだマシな顔とさえも、言えない醜悪さだった。
「今でこそ我が輩は魔王などと呼ばれているが……本来ならば、宵闇の救世主の立場だ」
暁光の救世主と呼ばれた勇者の青年は、黄金の両手剣を正面へ構える。
肩で息をしているのは否めない。
「そんなこと、聞いた事もない!!」
これに、魔王は悠然とした口調で、言い放つ。
「それは、貴様が無知である証拠だ」
「くそ……っ! 言わせておけば……!! 醜い顔め!!」
改めて勇者は、よろめきながらも剣を構え直す。
「抜かすがいい。我が輩のこの漆黒の大剣を、受ける度胸はあるか」
すると、この二人の会話を割って入るかのように突如、勇者の全身が煌いた。
離れた場所から、
そのまま彼女は、意識を失った。
「覚悟しろ魔王!!」
「フン。
落ち着き払った口調で言い、魔王は漆黒のマントを払いのけ勇者が持つ黄金の剣――“暁光の大剣”よりも、一回り大きな宵闇の大剣を両手で構えた。
暁光の大剣の
切先は、鋭く細く尖っていた。
ここは、魔王城──謁見の間。
全体的に灰色の石造りになっている壁は、両サイドから五枚ずつ、色とりどりな縦長の垂れ幕が飾られている。
おそらく、今まで侵略した土地などの旗であろうと思われる。
宵闇の大剣の鍔は、まるでドラゴンの上下の牙を思い起こさせ、中央は青紫の宝玉がはめ込まれている。
剣身は、鍔に近い部分が二段階の“返し”になっており、そこにも青紫の宝玉がはめ込まれている。
ここから伸びる樋は、フレットワーク様式なデザインになっており、漆黒の刀身は禍々しさを帯びていた。
「さぁ、来るが良い」
「言われずとも!!」
駆け出した勢いそのまま、漆黒の大剣へ黄金の大剣が叩きつけられ交差する。
黒い火花と金の火花が散る。
しばらく競り合ってから、勇者が一歩後ろへ飛び退き、改めて剣を振るった。
激しくぶつかる金属音が、繰り返される。
袈裟懸け、正面、横と放たれる剣戟。
魔王はそれら全てを、己の剣で捌ききる。
だが勇者は、一瞬の隙を見逃さなかった。
柄を握り直し、魔王の剣の返し部分を逆袈裟懸けで引っ掛けてから、そのまま勢い任せに引き上げた。
宵闇の大剣は、魔王の手から離れ弧を描き、数メートル先の床へ突き刺さった。
予想外の出来事から、思わず目を見開く魔王の胸めがけ勇者は、迷うことなく全力を込め暁光の大剣で貫いた。
「グハ……ッ!!」
そのまま勇者は、剣を回転させ魔王の肉を抉る。
「ぬぐうぅぅ……っ!!」
そして剣を魔王から引き抜き、剣を振るい剣身に付いた鮮血と肉片を払う。
魔王の胸の傷口からは、おびただしい量の真っ赤な血が迸る。
「俺の勝利だ」
勇者の言葉を聞いてから、魔王は崩れるように仰向けに倒れた。
「しかし意外だったな。魔王でも血の色は赤いのか。我々人間と同じかと思うと、何とも汚らわしい。こんな醜い奴から、世界が恐怖に陥れられていたかと思うと嘆かわしい」
「当、然だ……暁光の救世主よ……その理由は、いずれ……解かるだろう……」
魔王は、短い呼吸を繰り返しながら、声を絞り出す。
「……? 何を言っているんだ?」
勇者は眉宇を寄せると、怪訝な表情を浮かべた。
「我が輩を……魔王を倒したつもりか」
もう決着が付いたであろうに、負け惜しみのような魔王の言葉に、勇者は呆れた様子を見せる。
「何? つまりとどめを刺さないとダメってことか?」
魔王は、天井を見つめニヒルな笑みを、ぎこちなく浮かべる。
「ククク……魔王は続く……どこまでも。──どこまでも」
「無駄な足掻きを。今、終らせてやる」
勇者は言い放ち、黄金の暁光の大剣で魔王の喉を、突き刺した。
これに、魔王は口をパクパクさせると吐血し、とうとう命尽き果てた。
それを確認してから、勇者は剣を抜き倒れている仲間達を助ける為、魔王の亡骸へ背を向ける。
直後、魔王の亡骸から無数の黒い霊魂が出現し、次々と勇者の体内を背後から潜り込み始めた。
「!? うわあああぁぁぁぁーっ!!」
勇者は体を仰け反らせ、この突然の出来事に理解も把握も出来ずにいた。
ただ感じ得る、体験した事のない戦慄に、この上ない身の毛もよだつ感覚を覚えながら、顔面蒼白となる。
「ベル……フィリップ……──」
勇者は残った力を振り絞り、愛する者の名を口にする。
やがて、全ての黒い霊魂が体を潜り込みし頃、勇者はグルリと白目を剥きその場に倒れ動かなくなった。
どうやら呼吸も止まり、心臓すら動いていない。
こうして、勇者も息絶えてしまった。
そして黒い霊魂は、もう勇者の体内へと姿を消していた……。
魔王の屍は、いつの間にか塵と消えていた。
一方、魔王の執務室では、重厚な執務机の真後ろの壁には、漆黒の翼と純白の悪魔の羽根が対となって飾られていたが、震えるように動き出したかと思うと突如は羽ばたき始め、窓ガラスを割って空の彼方へと飛び去って行ってしまった……。