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第36話 手懐けテスト⑥


「魔獣に異常はありません。会場も念入りに確認しましたが、特に問題は見当たりません」



教師たちの鋭い眼差しが注がれる中、魔獣訓練所の管理者は厳かな口調で報告を進めていた。


学長のザレカも自ら足を運び、魔法クラスの指導者や審判教師たちが揃って耳を傾けていた。


「異常なし……ほう、それが事実ならば、なぜ武道クラスに限ってこのような異常が生じておるのだ」


ザレカの声は、口を介さず、まるで体そのものが発するように響いていた。かつて魔法修行の最中に喉を痛め、以降、声帯を用いることが叶わなくなったため、魔法の力を借りて音を紡いでいるのだ。


「我々の調査では、魔法クラスの生徒たちが魔獣に苦痛を与えたのが原因ではないかと。治療や記憶の封鎖を施しても、一度受けた痛みは体が覚えているのでしょう。再び攻撃されれば、本能的に怯えて降参してしまうのです」


テストでは、魔獣の反応をもとに成績がき決定される。


ザレカの表情が微かに曇る。その説明にはどうにも腑に落ちないものがあった。


魔獣が恐怖を刷り込まれたせいだというのなら、なぜ他のテストでは異常が起こらず、武道クラスのテスト後にのみ発生したのか?


釈然としないが、今のところ、それを覆す根拠もない。


「学長、武道クラスの生徒は近接戦闘を行います。魔獣にとって最も直接的な痛みを伴う攻撃です。一方、他のクラスは魔法を用いた戦闘が中心です」


魔獣訓練所の教師は慎重に説明を続けた。武道クラスでのみこの異変が起こったのは、武技による攻撃が魔法とは異なり、肉体に直接的な衝撃と痛みをもたらすからだろう。


さらに、武道クラスは新設されたばかりで、前例との比較が難しかった。


監督教師もまた、慎重に言葉を選び発言した。


「学長、今後はテストの際、武道クラスを最初に参加させることを提案します。


そうすれば、このような問題は再発しないでしょう。


ですが、今回の武道クラスの成績については、どのように処すべきでしょうか?」


「よかろう。


そなたらの意見を尊重し、来年より武道クラスを最初にテストさせることとする。


それと、今回の武道クラスの成績については、認めるとしよう」


ザレカは一瞬の迷いもなく決断を下した。


これは生徒の責任ではなく、成績を取り消すなどありえない。

アルティメア魔法学園は、そうした誇りによって築かれてきた。

ザレカは学園の責任者であり、その理念を覆すことなどありえない。


「かしこまりました、学長」


魔獣訓練所の教師はそう返答したものの、心の奥ではやるせなさを感じていた。


彼らの見落としが、このような事態が生じ、結果的に武道クラスの生徒たちは予想外の幸運を手にした。


一方で、魔法クラスの教師たちはその結果を認めたくなかった。


今回の魔獣訓練テストで、武道クラスは堂々の第一位となり、全員が満点を記録。


天才クラスの成績すら超る、前代未聞の記録を打ち立てたのだから。


「フン、所詮はツイてただけの話だ」


シグルドを快く思っていない教師が、不満げに呟いた。


しかし、周囲の者はそれに賛同しなかった。

運というものも、時に実力の一つとして評価されるものだ。


♢♢♢♢


「オスワルド館長、聞きましたか?


今日の魔獣手懐けテスト、武道クラスの連中は運が良すぎましたね。まるで棚ぼたですよ」


戻ってきた司書は、椅子に深くもたれ、静かに目を閉じていたオスワルド館長に、にこやかに話しかけた。


「ほう、そんなに運が良かったのか?」


オスワルド館長はゆっくりと目を開け、穏やかな笑みを浮かべながら尋ねた。


「ええ、どうも魔獣たちが、魔法クラスの生徒たちにひどく痛めつけられたせいで、武道クラスが入場した時には怯えきっていて、一撃与えられただけで服従したそうですよ」


「ほぉ…一撃で、服従したと?」


オスワルド館長は細めた目の奥で考えた。本当に、それだけの話なのか?


——いや、そうは思えんな。

武道クラスには、一際面白い存在がいるではないか。


「ふむ、状況は把握した。そなたはここにおれ、何かあれば報告せよ」


静かにそう言い残し、オスワルド館長は背筋を伸ばして立ち上がった。


両手を背に組み、落ち着いた足取りで図書館を後にする。


その歩みはまるで時がゆっくりと流れるようであり、周囲の者は彼が転ばぬように、その足元を確認しながら見守っていた。


「オスワルド館長、お越しになられたのですね」

魔獣訓練所に到着すると、教師たちは一斉に頭を下げた。


オスワルド館長への敬意は変わることなく、彼らの多くは学院の生徒だった頃から彼に世話になっていた。


幼い頃に助けられた者も多く、尊敬の念は今も絶大だった。


「武道クラスのテストで使用された魔獣を見せてもらえるかのう?」


オスワルド館長の穏やかな声に、教師たちはすぐさま頷いた。


「もちろんです。こちらへ」


武道クラスが手懐けた二百体もの魔獣は、検証のためここに集められていた。


オスワルド館長は魔獣たちをじっくりと観察し、目を細める。


「ほほう……これは愉快。やはり、あの小僧が絡んでおるな」


そう心で呟くと、オスワルドは問いかけた。


「さて、最初に臨んだ者の名は?」


テストの経過を知らなかった訓練所の教師たちは、確認を取りに走った。


「武道クラスの最初の出場者はルーカスです」


「ほう、ルーカスとな……そうか。ご苦労であった」


それ以上、彼は何も尋ねず、手を背に組み、ゆっくりと魔獣訓練所を後にした。


――やはり、あのルーカスだったか。ますます学園の行く末が面白くなりそうじゃな。


(ここまで見事に己の力を隠しおおせていたとはな。誰にも気取られることなく、実力を伏せ続けておったか。されど、真の力量は、それを遥かに凌ぐものであったわ)


ルーカスは武道を究める者の中でも、五感が研ぎ澄まされていた。


だが、オスワルドはその上に立つ者。武の極致を垣間見る存在だ。


その聴覚はルーカスよりも鋭く、はるか遠くの気配すら聞き取ることができた。


あの日、稽古場に響いたカイの声を耳にした時、オスワルドはルーカスの名と異才を察知していた。

♢♢♢♢


「オスワルド、戻ったか」


図書館に戻ると、すでに一人の影が待っていた。


学園長ザレカ——若き日に肩を並べた戦友。彼ほどオスワルドの力を知る者はいない。


オスワルドは帝国内……いや、大陸全土においても稀有な9級武者の一人である。


その名は広く知られ、恐れられていた。


「……と共に来るがよい」


ザレカはそう短く告げると、静かに歩き出した。


二人は長年の付き合いだ。オスワルドは魔獣訓練所へ向かう前から、ザレカが必ず自分を訪ねてくることを予想していた。


「そなた、魔獣訓練所へ行ってきたようだな。さて、事の原因は解き明かせたのか?」


部屋へ入るなり、ザレカはそう問いかけた。その声は相変わらず、喉を使わず身体から直接響く。


「うむ、事の全容はすでに掴んでおる」


オスワルドは湯飲みを手に取り、茶を注ぐと、ゆっくりと吹いて冷ました。しかし、ザレカの分を用意することはなかった。


「ふむ……この異変、何がもたらしたのか、そなたの知る限りを語れ」


今日のテストは、あまりにも不可解だった。

魔獣訓練所の教師たちが挙げた理由など、ザレカには到底納得できるものではなかった。


「何ゆえ、そなたに明かさねばならぬ?」


オスワルドは首を傾げ、狡猾な笑みを浮かべながら問い返した。


その態度に対し、ザレカは微動だにしない。


この男の性格を誰よりも理解しているのは、何十年もの付き合いがある自分なのだから。


「この件は学園の安泰を左右し、武道クラスの存続にも関わる。故に、そなたは真実を語らねばならぬ」


「ふむ……じゃが、断らせてもらうぞ。


まあ、案ずるな。


学院にとって悪しきことではない。」


オスワルドは軽く笑った。


ザレカはわずかに表情を曇らせたが、それ以上は何も言わず、踵を返す。


——オスワルドが語らぬと決めたことを、誰が聞き出そうとも無駄なことだった。


それでも、ザレカはオスワルドを信じていた。


彼が「問題ない」と言う以上、それは学園にとって害を及ぼすものではないということ。


疑う必要などない——決断の早いザレカは、こういう場面で無駄な時間を過ごすことはしない。オスワルドにこれ以上付き合えば、余計なからかいを受け、それはオスワルドの思う壺だ。


ザレカは、オスワルドの手の上で踊らされることを避けるように、背を向けて退散した。


「ふむ……これほどあっさりと退くとは、つまらぬ奴よのう」


オスワルドはわずかに肩をすくめ、ため息をついた。


ザレカがあっさり引いたことで、せっかくの楽しみが半減してしまった。


とはいえ――オスワルドはルーカスのことを口にするつもりなどなかった。


魔法が全ての理となる世界で、武道は冷遇され虐げられきた。


そんな支配の只中で、ついに灯った反逆の炎――未熟ながらも、その身に確かな力を秘めた“武”の芽。


(誰にも摘ませはせん)


覚悟とともに、オズワルドの口元がわずかに歪み、不敵さを湛えた笑み浮かんだ。


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