入試の攻撃力テスト会場で、唯一ルーカスの動きを捉えていたのがエヴァだった。
だが、周囲の生徒や教師たちが口を揃えて「ダミー人形の故障だ」と言うのを聞いているうちに、彼女もまた、ルーカスの一撃がただの偶然だったのだと考えるようになった。
それでも、確かに捉えたその速さだけは、認めざるを得なかった。
速さとは可能性に過ぎない。それを勝利へと昇華させるには、適切な知恵と力が伴わねばならない。
ルーカスが第十テスト会場へと足を踏み入れると、そこには噂通りの空間結界が広がっていた。予想を超える広さに、ルーカスは軽く息をつく。
一瞥で、ルーカスは周囲を正確に捉えた――結界の檻に囚われた魔獣たち。その中で、一番近い一体が鋭い視線で彼を射抜いていた。
「速ければ、外の先生に聞こえないよな」
少し考えた後、ルーカスの口元が不敵に歪み、狡猾な笑みが零れた。
広大な会場とは対照的に、結界で制限されている魔獣の活動範囲は小さい。
これなら、速さを極限まで高め、一瞬で二十匹の魔獣を制することも可能だ。
しかし、外から感じ取ったルーカスはピクリとも動いていなかった。
監督教師は眉をひそめる。1分が経過したにもかかわらず、何の変化もない。
やはり、武道クラスは多くの不合格者を出してしまうのか。
武道と魔法、その本質は決定的に異なる。
神々の祝福を受けぬ者に、果たしてどれほどの勝算が残されているのか。
そんな時、魔獣の服従の声が鳴り響いた。
監督教師は思わず息をのみ、
「……なっ、なんだと?まだ1分だ……見込み違いだったのか……」
と思わず驚きの声を上げるも、実力を示したルーカスの姿に、武道クラスの中にも三、四体くらい魔獣を制する優秀な生徒がいるだろうと考えを改めた。
監督教師は、1分で1体服従させられれば上出来という具合に、時間を基に試算する――武道クラスの生徒がどれほど優れていようとも、続けざまに魔獣を屈服させるほどの体力はないはずだ。
4体、これが武道クラスの現実的な最高得点だろう、と結論を出していた。
「ほぉ…もう2体目か?」
テスト会場から再び響く魔獣の悲鳴に、監督教師は思わず時計を確認する。
最初の鳴き声から、1分しか経っていない。
開始からたったの2分で――興味深い。
監督教師は確信を深めた――やはり、この子が武道クラスの中でも抜きん出た存在か……私の試算なら、4体くらいは魔獣を服従させられるだろう。
――テスト会場内
視界いっぱいに広がる競技場を、ルーカスの影が矢のように駆け抜ける。
その速度は、目に映ったとしても、まるで幻のように輪郭を掴ませない。
1級魔獣たちは、ルーカスの攻撃を受けるや否や、降参の悲鳴を上げる。
その攻撃は正確無比で、痛みこそ与えるものの、教師たちの目に留まるような傷は決して残さなかった。
数日間、武道クラスの組み手稽古を通じ、彼はすでに仲間たちの得意技を見極めていた。
それを模倣することなど、もはや朝飯前だった。
「ふむ……これで3体目だな」
教師は軽く頷き、再び時間を確認する。
3分経とうとしていたとき、さらに一体の魔獣が服従の鳴き声を上げた。
(3体目になってもペースが落ちないとは……なかなか鍛えられた子だ)
それから――
「四体」
……
「なっ……五体!? 私の正確な読みも、たまには外れることもあるだろう……!」
……
そして、
「……八体だと!?あ、ありえん……!」
監督教師は呆然としながらも、無意識に時計を確認していた。
ルーカスは一分ごとに着実に成績を積み上げていた。
武道クラスの生徒が8体も服従させるなど――この結果が公開されれば、学校全体が騒然となるだろう。
(まさか……不正があったのか? いや、これほどの結果を出せる不正があるというのか……?)
監督教師は目を閉じ、これまで聞いた魔獣の鳴き声を慎重に振り返り――息をついて冷静を取り戻すと、静かに首を振った。
これは不正ではない。
試験の公平を保つため、配置されるのは異なる魔獣。
同じ個体を繰り返し攻撃して得点を稼ぐ不正や、似たような鳴き声によるカウントミスなどを防ぐため、テストは適切に管理されている。
もし、生徒が一匹の魔獣だけを狙い、時間をおいて鳴かせることで不正に得点を稼いだ場合、テストの成績は無効となり、悪質である場合は退学処分が下される。
「……九体」
……
「ふぅーっ……じゅ、十体……訳がわからん……」
ぎりぎり10分のところで、ルーカスはついに10体目を従わせた。
監督教師の顔には、言葉にしがたい疲労が浮かんでいた――武道クラスの生徒が満点? それも、この私が監督を務める会場で……この結果を発表すべきなのか?……わ、私はどう対処すれば……
「ルーカス、テストはどうだった?」
悠々とした足取りで姿を現すルーカスを見て、シグルドはすかさず声をかけた。
そして、そのまま監督教師に目を移し、結果が告げられる瞬間をじっと待ち構えた。
武道クラスにとって重要なのは、テストを終わらせる速さではない。
最も大切なのは、成績だ。
「ルーカス、満点」
複雑な表情を浮かべながらも、監督教師は結果を発表する。
不正があろうとも、それが明るみに出るまで、この結果は揺るぎない。
「やったぁ!」
兄の満点に歓声を上げ、ジュリアは嬉しそうに飛び上がった。
ジュリアは自分が満点を取れたのだから、世界一強いと信じて止まない兄のルーカスが取るのは当然だと思っていた。
「……あ、ありえませんわ」
エヴァは、まるで理解できないといった顔で立ち尽くしていた――ルーカスが、速さだけでなく、これほどの力と持久力を秘めていたなんて……
それともまた、何かの間違いなのか?満点は幸運で取れるものなのか?
否。今回の試験は魔獣相手。
生きた相手に、ダミー人形のような機械的な故障など起こるはずもない。
「満点……?」
シグルドは目を大きく見開いた――ルーカスが満点だと!?生徒を知る担任にとって、それはダクト城に魔獣の大群が押し寄せたという報せを聞くよりも信じがたい話だった。
「そんなはずがない!絶対にありえない!!」
武道クラスの失態をあざ笑うつもりで会場に残っていた男性教師が、思わず本音を口にしてしまう。彼が受け持つ魔法クラスでさえ、最高記録は五体だと言うのに……武道クラスの生徒が満点……!?
「調査はテスト監督が行う。それとも、私が不正を見逃したとでも?」
男性教師の言葉が自分への疑念だと受けとったテスト監督の顔つきが険しく変わった。
彼自身、この結果を信じたくはなかったが、この問題を他人に指摘されるわけにはいかなかった――沽券に関わるような疑いは、学園での信用を失墜させることになる。
「申し訳ありません。そういうつもりでは……」
テスト監督を務める教師は皆、アルティメアでも屈指の実力者だった。
そのため、男性教師は反論できず、小さく呟くと黙り込んだ。
2名の監督教師が第十テスト会場へと入り、魔獣を詳しく調べ始める。
テストが何度も繰り返されていたため、多くの魔獣は手懐けられたことがあり、もはや本来の力を完全に発揮できる状態ではなかった。
それでも、ルーカスが従わせた10体の魔獣には、他の魔獣よりも明らかに深い傷が残っていた。
「この10体を外へ運び、徹底的に調査する。テストは続行」
教師の意見が統一すると、魔獣のプロが調査を引き継ぎ、テストの続行が優先された。
「中にいる魔獣はそこまで強くない。
みんなも、高得点を取れるチャンスは十分ある。
同じ魔獣にこだわらずに、半分過ぎても倒せないなら、すぐに別の魔獣に切り替えるんだ。
俺はそうやって満点を取った
」
テストを終えたルーカスは仲間たちに助言を送った。
武道クラスであれ魔法クラスであれ、テストを終えた者が必ず次の仲間に伝えるのが慣例になっていた。
「先生!次は俺が行きます!」
ルーカスの快挙に驚きながらも、カイは興奮のままに手を挙げた。
自分も試したくなり、積極的に出場を志願したのだ。
「エレオノーラ、次はお前が入れ」
シグルドは険しい表情のまま、冷静に指示を出した。
通常ならば、生徒が満点を取るのは喜ぶべき事。しかし、彼の胸には違和感が渦巻いていた――今の武道クラスの生徒が満点を取るなど、あり得ない。
何かが起きている、それだけは確かだ。
「はい、先生!」
ルーカスの満点が圧倒的で、エレオノーラにもプレッシャーがかかっていた。
それでも、エレオノーラは、ルーカスの言葉をしっかりと心に刻む。
そして――ルーカスには及ばなくとも、彼女は武道クラスの誇りを守るつもりでいた。
せめて、「武道クラスも戦える」と他のクラスに示せるような成績を残す。
「ひでぇ!不公平だ!」
カイは口をとがらせ、ふてくされて不満を漏らした――シグルドは自分を嫌っているのか?せっかく名乗りを上げたのに、なぜ無視される?
シグルドはカイを一瞥し、鋭くにらみつけた――カイでは、荷が重い。
今、この会場で、何かが起こっている。常識では測れない何かが――。
(事態が見えぬとき、軽率なる者を駒として動かすのは、愚行に等しい)
思慮の果てに、シグルドは静かに決断を下したのだった。
慎重さと実力を兼ね備え、カイをも上回るエレオノーラこそ、この局面において最も相応しい。
小柄な体に秘めた速さと、その拳に込められた一撃は、決して侮れるものではない。
――テスト会場内
テスト会場に入るや否や、エレオノーラは素早く周囲を見渡し、自分の得意技で対処しやすい魔獣を見定める。
ほどなくして、狙うべき魔獣を見つけたエレオノーラが仕掛けた。
振るわれた拳が、魔獣に当たった瞬間――
「ギャ、ギャオッ!」
魔獣は鋭い悲鳴を響かせ、身を震わせながら降参の意思を示した。
――これって、一体……?
1級魔獣には知能はないが、生存本能はある。
先ほど、別の生徒にボコられ、口も塞がれていたため、声を出すことは叶わなかった――再び攻撃を受けた瞬間、本能的に反応し、迷うことなく降参の姿勢を取った。
「1分も経たずに?まさか、先ほどの生徒より、優秀?」
1体目の魔獣の鳴き声が1分も経たたずに響いたことに、監督教師は驚きを隠さなかった――武道クラスで何が起こっている……?
魔獣は一撃で膝を折った。
つまり、ルーカスの助言は驚くほど的確だったということ。
エレオノーラは顔に喜びを浮かばせ、間髪を入れずに次の魔獣へと狙いを定める。
――時間は少し遡る
第十テスト会場で、ルーカスはすべての魔獣を完膚なきまでに屈服させていた。
尋常ならざる速さと、魔獣の声を封じたことで、監督教師ですら異変を見逃した。
紛れもなく、アルティメア学園においては前人未踏の域だった――そもそもルーカスは、すでに学生の枠には収まらない存在。シグルドすら凌駕するその実力、手懐けテストへの参加自体が茶番だった。
――テスト会場
「2体目……」
予想外の展開に、監督教師の表情は驚きすら失い、ただ無言で見つめるしかなかった――2分も経たないうちに、会場から2体目の鳴き声が響いたのだ。
三体。
……
四体。
……
そして――十体。
テストが終わったのは、エレオノーラが入場してからわずか7分後。
ルーカスを上回る速度で満点を叩き出したエレオノーラ。そんな彼女の記録を超えるのは、天才クラスのたった三名のみ。
――いや、言い直すべきだ。武道クラスの2人が、天才クラスの大半を超えていた。
信じがたい現実に、監督教師は頭がくらくらしていた。
「武道クラス、エレオノーラ。
満点
」
エレオノーラが出てくるや否や、監督教師は即座に成績を発表した。
疑問を挟む間も与えず、また会場へと入り、調査に取り掛かった。
しかし、どれだけ調べても、テスト会場には問題の兆しすらなかった。
魔獣に異常はなく、疑わしき不正の痕跡もない。
――この結果は偶然ではなく、ルーカスの思惑通りだった。
先陣を切り、仲間が従わせやすい魔獣を迅速に圧倒し、
つまり、仲間たちが相性の良い魔獣を選び、得意な技を掛けるだけで魔獣は怯える。
勝利を収めるのは必然。
完璧に組み上げられた盤上は、いかなる不正の痕跡も残さず、ただ結果だけを残した。
「……はえっ、また満点ですの?」
一瞬、エヴァは信じられないという表情を浮かべた。
しかし、すぐに自分に言い聞かせた。
(――やっぱり、偶然の賜物だったのですね。ルーカス、本当に幸運だけはお持ちのようね)
そして、この場にいた者すべてが、口にはせずとも、心の奥底で感じていた。
この会場で、常軌を逸した何かが発生している――これが偶然にあらざれば、武道の徒二人が続けて満点を収めることなど、まるで古の英雄譚の一幕を見ているかのようではないか……。