辺境の小都市、ライアン家の門前。
ホルトは鎧をまとい、堂々と馬に跨った。
手を大きく振ると、隊列はゆっくりと進み始める。
彼の傍らには二十名の家門の武士が付き従い、その騎馬部隊は中央に一台の馬車を護衛していた。
馬車の中には、キャサリンの姿があった。
子供たちに会える日が近づいている――そう思うだけで、自然と微笑みを浮かんだ。
◇◇◇◇
アルティメア魔法学園。
魔獣訓練場の外に、新入生たちが整列していた。
なかでも魔法学科の生徒が多く、天才クラスの十二名は一際目を引いた。
試験とは名ばかりで、彼らにとっては退屈しのぎの一つ。
特別な準備など、一切していない。
昨日、担当教師のリンドラから伝えられたのも、注意事項ではなく「魔獣十体を手なずけたら試験を終えること」 という指示のみ。
そして、「決して倒してはいけない」と釘を刺されていた。
魔獣を倒しても得点にはならず、逆に減点されるのだ。
天才クラスの生徒たちは、一般の生徒とは比べものにならない実力を持つ。
この条件を守りつつ試験を終えるだけの余裕があった。
ジュリアはクラスの真ん中に座りながら、キョロキョロと周囲を見回していた。
しかし、彼女の目に兄の姿は映らなかった。
試験が行われる 魔獣訓練場には、 10のテスト会場が用意されていた。
各会場には 2百体以上の魔獣が配置され、 新入生たちが試験に挑む。
過去の経験から、これほど魔獣がいれば十分とされている。
満点である20ポイントを獲得できる生徒は、ごく僅か。
新入生の魔力、体力、技量は、立て続けに魔獣を相手に戦闘をできるほどのものではない。
武道クラスは、最も端にある第十テスト会場に配置されていた。
武道クラスの制服を着た20名の生徒は、魔法学科の中で浮いていた。周囲からは嘲笑が漏れる――たとえ成績が良くても、武道クラスの将来は魔導士の“従者”か、前衛の“壁”に過ぎない。
彼らは“ただの消耗品”――そう揶揄されていた。
「ルーカス、俺、緊張してきた……」
カイが隣に座るルーカスに小声で呟いた。
昨日のエレオノーラとの戦いの敗北は、彼の自信を大きく揺るがしていた。
「心配するな、魔獣をシグルドだと思えばいいんだ。
弱くて扱いやすいシグルドだと思って、ボコボコにすればいい
」
「……!!」
カイの表情が一瞬で変わる。
目に燻る怒りを浮かべ、拳を握りしめると、低く唸った。
「ルーカス、お前の言う通りだ……
魔獣はシグルドだ……
絶対にボコしてやる……!!
」
(前方)
シグルドは眉をピクリと動かしたが、何も言わなかった。
――試験前に生徒に罰を与え、士気を削ぐのは得策ではない。
教師に対してよくそんな口がきけたものだ……最近の若いのは怖いもの知らずか?
しかし、すぐにシグルドは心の中で訂正する。
(いや、ルーカスは意外といい事を言ってるかもしれない)
この言い回しなら、カイも慎重になるはずだ、とシグルドは気づく。彼の実力は決して低くはない――ただ、その粗忽さが災いして本領が発揮できないのが惜しいところだ。守りを意識し、無茶な行動を控えれば、必ず結果はついてくる。
「でもまずは、身を守って、弱点を突かれないようにしないと。
それさえできれば、カイの力なら確実に勝てる
」
ルーカスの言葉は、まるでシグルドの思考を見透かしているかのように響く。
「……!!」
カイは再び拳を握り、深く頷いた。
「そうだな! まずはやられないことだ! 勝利を掴んでやるぜ!!」
昨日の教訓が、彼の中にしっかりと刻まれていた。
今日は、決して隙を見せない――彼は心に誓った。
「これよりテストを始める!!」
監督教師は短く一言だけ発した。すでに各クラスの教師が指示を終えているため、詳しい説明は必要なかった。
十の試合場が同時に開放される。
シグルドは静かに待つ――最初に戦うのは、当然ながら天才クラスの生徒たち。武道クラスがテストを受けるのは最後だ。
ジュリア は、中央に設置された第五試合場に入場した。
そして――今日の試験で、最初に戦う新入生となった。
金糸で織られた魔法のローブをまとい、杖を手にして試合場の門をくぐる小柄なジュリアは興味津々に周囲を見渡す。
「……結界空間?」
ジュリアはすぐに気づいた。
ここは上級魔導士が展開した結界内。
外見は小さな会場だが、中は広大で力を存分に振るえる。
入り口に魔獣の姿はなく、さらに奥へと進む必要があった。
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ジュリアが杖を掲げると、彼女の周囲に幾重もの雷の輪が浮かび上がった。
雷の防御魔法だ。魔導士は近接戦に向かないが、遠距離と範囲攻撃なら武者の及ばぬ領域。
奥へ進んでいくと、視界に土系の魔獣・
──牙は鋭く、地中を掘る能力に長ける。硬い皮膚は魔法マントの素材として重宝される。
ジュリアの姿を捉えた土竜獣は、瞳に獰猛な輝きを帯びる。直立した体は約50cmに及んだ。
魔獣にとって人間は敵であり、本能は戦いを求める。
(バリバリーッ!)
雷撃がモグラビーストの身体に直撃した。
──全身が痙攣し、意識が霞む。力なく目をさまよわせ、「ジジ……」と哀れな声が漏れる。
意識が鮮明になった時、土竜獣の敵意は消え失せていた。あるのは、怯えと服従だけだった。
「……えー? もう手なづけちゃったの?」
ジュリアは面白くなさそうに呟いた。
リンドラの助言が止めなければ、モグラビーストは黒焦げになっていただろう。
雷の精霊の祝福を受けたジュリアは滞りなく進み、次々と魔獣たちを従わせる。
──三分後
十体の魔獣を従えたジュリアは、退屈そうに肩をすくめ、軽い足取りで会場を後にした。