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第30話 学園ライフ⑪

武の道は、攻めることのみにあらず。


まるで防御を意識しないカイの戦い方に、やれやれとルーカスは息を漏らす。


一方、エレオノーラは冷静だった。


わずかな隙を見逃さず、正確無比な反撃を放つ。


一撃──それだけで、カイは崩れ落ちた。


腹部への決定打を決められたカイの顔に涙が滲んでいた──視界は揺らぎ、意識が朦朧とする。酸欠のような息苦しさに襲われ、全身の力が抜けていく。胃の奥から込み上げる吐き気を、必死に堪えた。


「カイ、あなたの負けよ」


エレオノーラは静かに言いながら、カイの腕を取って立たせた。


エレオノーラは初日からリーダーに指名されたが、納得できる者ばかりではなかった。


生徒たちは唖然としていた──まさか、カイがたった一撃で敗れるとは。


だが、結果がすべてを物語る。


誰が最も優れているか、誰もが肌で感じ取っていた。


ただ力を振るうだけでは、勝者にはなれない。


カイは持てる力のすべてをぶつけたが、エレオノーラはそれを軽やかに捌き、たった一撃で決着をつけた。


「テストに出てくる魔獣に知恵はない。だが、戦闘本能がある。決して侮るな」


思わぬ敗北に呆然とするカイを指さし、シグルドは淡々と言葉を紡いでいく。


「明日のテストで、相手が1級魔獣だからと油断すれば――このように痛い目を見る」


言葉は時に剣より鋭く、カイに残っていた最後の誇りを粉砕した。


「本番は手懐けテストだ。


最低でも一体、魔獣を手なずけろ。


それができぬ者は……俺のクラスには不要


──即退学だ



場の空気が凍りついた。


シグルドは毎日授業に顔を出すわけではない。


それでも、すでに生徒たちの力量は見抜いていた。


彼らには魔獣を従えるだけの力がある──だが、それを引き出す覚悟がなければ意味はない。カイのように慢心すれば、不合格は必至である。


「退学……?」


カイの表情が一気に青ざめた。彼はトロイ家の人間。


退学──それは名誉の喪失、未来の剥奪、つまり貴族であるカイにとって、死よりも耐え難い屈辱だった。


この学園において、弱者に与えられるのは淘汰のみ。


その厳格な理は、武道クラスにも魔法クラスにも変わらぬものだった。


「今日は終わりだ。


帰って体を休めろ。


だが、明日は本気で挑め、いいな?



シグルドは言葉を残し、何の躊躇もなくその場を去った。


しかし、彼の衣服は泥に塗れ、教師の威厳とは程遠い姿だった。


――そして、夜が訪れた。


「ルーカス……俺、女にすら勝てなかったんだ……俺って、そんなに弱いのか?」


授業が終わった後のカイは、深い失望の色を浮かべていた。


目は赤く腫れ、敗北の苦味が彼の心を締めつけていた。


「カイ、そこまで気にすることはないさ」


ルーカスはそっと肩を叩き、静かに言葉を紡ぐ。


「お前は優秀だ。ただ、今回は驕りがあった。それだけの話だ」


その言葉に、カイの表情はわずかに緩んだ。


だが、心の霧はまだ晴れ切っていない。


トロイ家は広大な領地を誇り、魔獣を捕獲し、訓練する環境も申し分なかった。


しかし、カイの家族は、彼が傷つくことを何よりも恐れた――そのため、訓練の相手となる魔獣は、いつも弱い個体ばかりだった。


そのせいで、カイは実戦の厳しさを知らぬまま成長した。


「明日はシグルド先生のやり方でいこう


闇雲に攻めるんじゃなく、まずは魔獣の弱点を探すんだ



ルーカスは優しくアドバイスを送りながら、ルームメイトを励ました。


普段なら軽く聞き流すカイだったが、今回は違った。彼は黙って深く頷いた。


エレオノーラの拳が、彼のプライドを粉々に砕いたのだ。


もはや、自分がリーダーにふさわしいなどとは口にしなかった。


――手懐けテスト当日


その日の朝。


起床ベルが鳴るよりも早く、新入生たちはすでに目を覚ましていた。


今日は入学後最初のテスト。


この結果が、彼らの学園生活、そして立場を大きく左右する。


不安と緊張を押し殺すように、新入生たちは静かに息をのんだ。


だが、天才クラスの生徒たちは緊張とは無縁だった。


魔獣との戦闘など、彼らにとっては取るに足らないこと。


満点の20ポイントを掴むのは、むしろ当たり前。


天才クラス――学園で最も余裕に溢れた者たちの集団。


その教室には、焦燥の影はなく、むしろ楽しげな笑いが響いていた。


試験は完全密閉された空間で行われ、外部との接触は一切禁じられる。


生徒たちは魔獣との戦いに集中し、影響を受けることはない。


魔獣を手なずけた瞬間、その特有の鳴き声が響く。


それが“成功”の証となる。


制限時間は10分。


手なずけられる魔獣は最大10体までで、それ以上は認められない。


もし負傷すれば、速やかに助けを求めれば、教師が救助に入る。


試験会場である演習場には、魔獣を抑制する特殊な魔法が施されている。


ゆえに、生徒が命を落とすことはない。


然れど――この学園において定められし理は、容赦なく、ただ冷厳に貫かれる。


それは、未来は与えられるものではなく、自らの力で勝ち取るもの。


学び舎は、試練に打ち勝てぬ者を拒み、その門を固く閉ざす。

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