武の道は、攻めることのみにあらず。
まるで防御を意識しないカイの戦い方に、やれやれとルーカスは息を漏らす。
一方、エレオノーラは冷静だった。
わずかな隙を見逃さず、正確無比な反撃を放つ。
一撃──それだけで、カイは崩れ落ちた。
腹部への決定打を決められたカイの顔に涙が滲んでいた──視界は揺らぎ、意識が朦朧とする。酸欠のような息苦しさに襲われ、全身の力が抜けていく。胃の奥から込み上げる吐き気を、必死に堪えた。
「カイ、あなたの負けよ」
エレオノーラは静かに言いながら、カイの腕を取って立たせた。
エレオノーラは初日からリーダーに指名されたが、納得できる者ばかりではなかった。
生徒たちは唖然としていた──まさか、カイがたった一撃で敗れるとは。
だが、結果がすべてを物語る。
誰が最も優れているか、誰もが肌で感じ取っていた。
ただ力を振るうだけでは、勝者にはなれない。
カイは持てる力のすべてをぶつけたが、エレオノーラはそれを軽やかに捌き、たった一撃で決着をつけた。
「テストに出てくる魔獣に知恵はない。だが、戦闘本能がある。決して侮るな」
思わぬ敗北に呆然とするカイを指さし、シグルドは淡々と言葉を紡いでいく。
「明日のテストで、相手が1級魔獣だからと油断すれば――このように痛い目を見る」
言葉は時に剣より鋭く、カイに残っていた最後の誇りを粉砕した。
「本番は手懐けテストだ。
最低でも一体、魔獣を手なずけろ。
それができぬ者は……俺のクラスには不要
──即退学だ
」
場の空気が凍りついた。
シグルドは毎日授業に顔を出すわけではない。
それでも、すでに生徒たちの力量は見抜いていた。
彼らには魔獣を従えるだけの力がある──だが、それを引き出す覚悟がなければ意味はない。カイのように慢心すれば、不合格は必至である。
「退学……?」
カイの表情が一気に青ざめた。彼はトロイ家の人間。
退学──それは名誉の喪失、未来の剥奪、つまり貴族であるカイにとって、死よりも耐え難い屈辱だった。
この学園において、弱者に与えられるのは淘汰のみ。
その厳格な理は、武道クラスにも魔法クラスにも変わらぬものだった。
「今日は終わりだ。
帰って体を休めろ。
だが、明日は本気で挑め、いいな?
」
シグルドは言葉を残し、何の躊躇もなくその場を去った。
しかし、彼の衣服は泥に塗れ、教師の威厳とは程遠い姿だった。
――そして、夜が訪れた。
「ルーカス……俺、女にすら勝てなかったんだ……俺って、そんなに弱いのか?」
授業が終わった後のカイは、深い失望の色を浮かべていた。
目は赤く腫れ、敗北の苦味が彼の心を締めつけていた。
「カイ、そこまで気にすることはないさ」
ルーカスはそっと肩を叩き、静かに言葉を紡ぐ。
「お前は優秀だ。ただ、今回は驕りがあった。それだけの話だ」
その言葉に、カイの表情はわずかに緩んだ。
だが、心の霧はまだ晴れ切っていない。
トロイ家は広大な領地を誇り、魔獣を捕獲し、訓練する環境も申し分なかった。
しかし、カイの家族は、彼が傷つくことを何よりも恐れた――そのため、訓練の相手となる魔獣は、いつも弱い個体ばかりだった。
そのせいで、カイは実戦の厳しさを知らぬまま成長した。
「明日はシグルド先生のやり方でいこう
闇雲に攻めるんじゃなく、まずは魔獣の弱点を探すんだ
」
ルーカスは優しくアドバイスを送りながら、ルームメイトを励ました。
普段なら軽く聞き流すカイだったが、今回は違った。彼は黙って深く頷いた。
エレオノーラの拳が、彼のプライドを粉々に砕いたのだ。
もはや、自分がリーダーにふさわしいなどとは口にしなかった。
――手懐けテスト当日
その日の朝。
起床ベルが鳴るよりも早く、新入生たちはすでに目を覚ましていた。
今日は入学後最初のテスト。
この結果が、彼らの学園生活、そして立場を大きく左右する。
不安と緊張を押し殺すように、新入生たちは静かに息をのんだ。
だが、天才クラスの生徒たちは緊張とは無縁だった。
魔獣との戦闘など、彼らにとっては取るに足らないこと。
満点の20ポイントを掴むのは、むしろ当たり前。
天才クラス――学園で最も余裕に溢れた者たちの集団。
その教室には、焦燥の影はなく、むしろ楽しげな笑いが響いていた。
試験は完全密閉された空間で行われ、外部との接触は一切禁じられる。
生徒たちは魔獣との戦いに集中し、影響を受けることはない。
魔獣を手なずけた瞬間、その特有の鳴き声が響く。
それが“成功”の証となる。
制限時間は10分。
手なずけられる魔獣は最大10体までで、それ以上は認められない。
もし負傷すれば、速やかに助けを求めれば、教師が救助に入る。
試験会場である演習場には、魔獣を抑制する特殊な魔法が施されている。
ゆえに、生徒が命を落とすことはない。
然れど――この学園において定められし理は、容赦なく、ただ冷厳に貫かれる。
それは、未来は与えられるものではなく、自らの力で勝ち取るもの。
学び舎は、試練に打ち勝てぬ者を拒み、その門を固く閉ざす。