薬汁を飲み干し、満足げに喉を鳴らす様子を目撃されたデュオは、申し訳なさそうにうなだれた。
「くぅーん……」
まるで叱責を待つ子供のように、大きな体を小さく丸めて、詫びを伝えようとする。
薬は肉体を強化する力を持ち、デュオにとっても貴重な滋養だった。
「まあ、いいさ。役に立つことが分かったのは新たな発見だ」
怒ることなく、ルーカスは優しい眼差しを向け、デュオの頭をゆっくりと撫でた。
余らせて捨てるくらいなら、デュオが飲んでくれたほうがずっと有益だろう。
主人の寛大な態度を感じた双頭の魔狼は、安堵したようにふさふさの尻尾を振った。
――翌日
「この素材をポイントと交換します」
昼食を終えたルーカスは、素材店の前にいた。
「あら、これはなかなかの逸品ね?」
対応してくれたのは、昨日と同じ女性教師だった。
二十歳そこそこの長身で、金縁の眼鏡をかけている。
身体にぴったりとフィットした衣装が、その見事なスタイルを際立たせ、特に胸の揺れが目を引く。
つい鼻をかく仕草をすると、
「ふふ、照れてるの?」
教師はルーカスの反応を面白がるように笑う。
学園カードにポイントが30追加されると、
「この訓練用ダミー人形を買います」
ルーカスの注文が入った。
ちょうど上質な訓練用ダミーを買えるポイントだ。
他に欲しいものはあるが、後回しにして訓練用ダミーを選んだ。
「結構重たいわよ?運べるの?」
教師が親しげに声をかける。
「平気です。力には自信があるので」
訓練用ダミーは百キロ近い重量があり、普通の子供が持ち運ぶのは到底不可能だ。
ましてや魔法学科の生徒には縁のないものだったため、買う者はほとんどいなかった。
ルーカスはわざと苦戦しているように見せつつ、人形を運び出す。
その背後では、教師のくすくすという笑い声が響いていた。
それから三日間、ルーカスは連日交換しに素材店を訪れた。
そんな彼に、教師は次第に興味を抱き始める――これほど頻繁に買い物をするとは、かなりの資産を持っているのだろう。きっと、貴族の生まれだろう。
知識は尊いが、それを支えるのは物質的な余裕である。
貴族の子弟は、学園内における生活が「ポイント」に依存していることを理解し、学問の道を妨げぬよう、あらかじめ資源を確保しておくものだ。
だが、平民の生徒にそんな贅沢は許されていない。
己の才覚で道を切り拓くしかないのだ。
――武道クラス
シグルドが不在の間、生徒たちは自主的に鍛錬を積んでいた。
いよいよ魔獣手懐けテストの前日となったこの日、シグルドが訓練場へと姿を現し、生徒の実技指導を始めた。
「シャプ、高く蹴り過ぎだ。無駄な隙を生んでいるぞ」
「カイ、それが本気のパンチか?その程度じゃ、ペックの
「リン、ここはお前の家じゃないぞ。授業で逃げ回るようなら、泥まみれになって学園を一周してもらう!」
シグルドの容赦ない叱責に、名指しされたリンの目には狼狽が滲んでいた――女の子らしく綺麗でいたいという思いで、訓練中もできるだけ汚れないようにしていた。
もっとも、全く汚れがないわけではないが、それでも他の生徒よりはずっと綺麗な状態だった。
そのとき、カイが突如として不満の声を上げた。
「納得いかねえ!俺はルーカスやコリンズにも負けたことがねぇんだ!」
その昂ぶった姿は、まるで誇り高き獅子のようだった。
──パンッ!
「ぐわぁ……っ!」
カイは額を押さえた。
ちょうど消えかけていた赤い跡に、新たな一撃が加えられていた。
ルーカスはその一撃を見て気づいた。
シグルドは、前回とまったく同じ箇所を狙い、力加減まで完璧に調整されている。
カイは痛みに顔をしかめ、口をつぐんだ。
「エレオノーラ、お前がカイと組め」
シグルドが指示を出すと、エレオノーラが一歩前へ出た。
周囲の生徒たちはすぐに後退し、二人のためにスペースを開けた。
エレオノーラは女の子だが、実力は本物だ──気まぐれでリーダーに指名されたように見えるが、実はこのクラスで最も強い(ルーカスを除けば)。
ルーカスは心中で苦笑した──カイは負けるだろう。真の武とは、膂力のみならず、洞察の眼をも備える。シグルドは一瞥しただけで、エレオノーラの実力を見抜いたのだ。
一方で、カイはエレオノーラを甘く見ていた。
「俺は手加減しないぞ!さっさと降参するんだな!」
カイの興奮めいた声が響く。
その表情には、自分よりも小柄な少女を嘲笑う余裕があった。
「カイ、遠慮はいらないわ」
エレオノーラは静かに応えた。しかし、その声には確固たる自信が宿っていた。
彼女は魔法を学ぶことも、触れることもなかった。
だが、その代わり、武道の鍛錬においては誰にも負けない努力を積み上げてきた。
アルティメア魔法学園の武道クラス。
選ばれし者はわずか二十。
その門をくぐることを許された者こそ、武道の未来を背負う存在である。
「覚悟しやがれぇ!」
カイは咆哮し、瞬く間に加速して距離を詰める。彼の武器は、クラスでも群を抜くその速度だ。
魔法クラスの生徒であろうと、魔法の加護を受けていなければ、この速さについていけない。
──パシッ!
エレオノーラは半歩だけ後退し、軽々と右手で受け止めた。
「なっ……」
驚愕するカイ。
動揺で隙が生じたせいか、次に繰り出した渾身の一突きまで、エレオノーラに容易く受け止められてしまう。
速き剣は烈風の如し。
しかし、鋭い刃が備わなければ、ただの薄っぺらい鈍器にすぎない。
シグルドの言葉どおり、カイの研鑽なき鋭さでは、強者を穿つ一打とはならない。
カイの全力の打ち込みは次々と受け流されていた──限界まで力を振り絞るが、それでもエレオノーラに届かない。
「勝利の道はあなたに開かないようね」
攻撃がことごとく防がれ、カイの動きに焦りが滲む。
――その隙を、エレオノーラは見逃さなかった。
小柄な体躯を活かし、拳の隙間を縫うように踏み込み、カイの腹部へと拳を突き出す。
――ドンッ!
拳の衝撃が体を弾き飛ばし、悲鳴とともにカイが宙を舞う。
勝負は、一瞬にして決した。
思いも寄らぬ幕切れに、生徒たちはただ立ち尽くし、風の囁きだけが響いていた。
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ペック――アルカナス大陸に生息するひよこの魔獣。
その鋭いくちばしを使った
危険度は低い。1級未満の魔獣。