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第29話 学園ライフ⑩

薬汁を飲み干し、満足げに喉を鳴らす様子を目撃されたデュオは、申し訳なさそうにうなだれた。


「くぅーん……」


まるで叱責を待つ子供のように、大きな体を小さく丸めて、詫びを伝えようとする。


薬は肉体を強化する力を持ち、デュオにとっても貴重な滋養だった。


「まあ、いいさ。役に立つことが分かったのは新たな発見だ」


怒ることなく、ルーカスは優しい眼差しを向け、デュオの頭をゆっくりと撫でた。


余らせて捨てるくらいなら、デュオが飲んでくれたほうがずっと有益だろう。


主人の寛大な態度を感じた双頭の魔狼は、安堵したようにふさふさの尻尾を振った。


――翌日


「この素材をポイントと交換します」


昼食を終えたルーカスは、素材店の前にいた。


「あら、これはなかなかの逸品ね?」


対応してくれたのは、昨日と同じ女性教師だった。


二十歳そこそこの長身で、金縁の眼鏡をかけている。


身体にぴったりとフィットした衣装が、その見事なスタイルを際立たせ、特に胸の揺れが目を引く。


つい鼻をかく仕草をすると、


「ふふ、照れてるの?」


教師はルーカスの反応を面白がるように笑う。


学園カードにポイントが30追加されると、


「この訓練用ダミー人形を買います」


ルーカスの注文が入った。


ちょうど上質な訓練用ダミーを買えるポイントだ。


他に欲しいものはあるが、後回しにして訓練用ダミーを選んだ。


「結構重たいわよ?運べるの?」


教師が親しげに声をかける。


「平気です。力には自信があるので」


訓練用ダミーは百キロ近い重量があり、普通の子供が持ち運ぶのは到底不可能だ。


ましてや魔法学科の生徒には縁のないものだったため、買う者はほとんどいなかった。


ルーカスはわざと苦戦しているように見せつつ、人形を運び出す。


その背後では、教師のくすくすという笑い声が響いていた。


それから三日間、ルーカスは連日交換しに素材店を訪れた。


そんな彼に、教師は次第に興味を抱き始める――これほど頻繁に買い物をするとは、かなりの資産を持っているのだろう。きっと、貴族の生まれだろう。


知識は尊いが、それを支えるのは物質的な余裕である。


貴族の子弟は、学園内における生活が「ポイント」に依存していることを理解し、学問の道を妨げぬよう、あらかじめ資源を確保しておくものだ。


だが、平民の生徒にそんな贅沢は許されていない。


己の才覚で道を切り拓くしかないのだ。


――武道クラス


シグルドが不在の間、生徒たちは自主的に鍛錬を積んでいた。


いよいよ魔獣手懐けテストの前日となったこの日、シグルドが訓練場へと姿を現し、生徒の実技指導を始めた。


「シャプ、高く蹴り過ぎだ。無駄な隙を生んでいるぞ」


「カイ、それが本気のパンチか?その程度じゃ、ペックの突きつつきにすら劣るな」


「リン、ここはお前の家じゃないぞ。授業で逃げ回るようなら、泥まみれになって学園を一周してもらう!」


シグルドの容赦ない叱責に、名指しされたリンの目には狼狽が滲んでいた――女の子らしく綺麗でいたいという思いで、訓練中もできるだけ汚れないようにしていた。


もっとも、全く汚れがないわけではないが、それでも他の生徒よりはずっと綺麗な状態だった。


そのとき、カイが突如として不満の声を上げた。


「納得いかねえ!俺はルーカスやコリンズにも負けたことがねぇんだ!」


その昂ぶった姿は、まるで誇り高き獅子のようだった。


──パンッ!


「ぐわぁ……っ!」


カイは額を押さえた。


ちょうど消えかけていた赤い跡に、新たな一撃が加えられていた。


ルーカスはその一撃を見て気づいた。


シグルドは、前回とまったく同じ箇所を狙い、力加減まで完璧に調整されている。


カイは痛みに顔をしかめ、口をつぐんだ。


「エレオノーラ、お前がカイと組め」


シグルドが指示を出すと、エレオノーラが一歩前へ出た。


周囲の生徒たちはすぐに後退し、二人のためにスペースを開けた。


エレオノーラは女の子だが、実力は本物だ──気まぐれでリーダーに指名されたように見えるが、実はこのクラスで最も強い(ルーカスを除けば)。


ルーカスは心中で苦笑した──カイは負けるだろう。真の武とは、膂力のみならず、洞察の眼をも備える。シグルドは一瞥しただけで、エレオノーラの実力を見抜いたのだ。


一方で、カイはエレオノーラを甘く見ていた。


「俺は手加減しないぞ!さっさと降参するんだな!」


カイの興奮めいた声が響く。


その表情には、自分よりも小柄な少女を嘲笑う余裕があった。


「カイ、遠慮はいらないわ」


エレオノーラは静かに応えた。しかし、その声には確固たる自信が宿っていた。


彼女は魔法を学ぶことも、触れることもなかった。


だが、その代わり、武道の鍛錬においては誰にも負けない努力を積み上げてきた。


アルティメア魔法学園の武道クラス。


選ばれし者はわずか二十。


その門をくぐることを許された者こそ、武道の未来を背負う存在である。


「覚悟しやがれぇ!」


カイは咆哮し、瞬く間に加速して距離を詰める。彼の武器は、クラスでも群を抜くその速度だ。


魔法クラスの生徒であろうと、魔法の加護を受けていなければ、この速さについていけない。


──パシッ!


エレオノーラは半歩だけ後退し、軽々と右手で受け止めた。


「なっ……」


驚愕するカイ。


動揺で隙が生じたせいか、次に繰り出した渾身の一突きまで、エレオノーラに容易く受け止められてしまう。


速き剣は烈風の如し。


しかし、鋭い刃が備わなければ、ただの薄っぺらい鈍器にすぎない。


シグルドの言葉どおり、カイの研鑽なき鋭さでは、強者を穿つ一打とはならない。


カイの全力の打ち込みは次々と受け流されていた──限界まで力を振り絞るが、それでもエレオノーラに届かない。


「勝利の道はあなたに開かないようね」


攻撃がことごとく防がれ、カイの動きに焦りが滲む。


――その隙を、エレオノーラは見逃さなかった。


小柄な体躯を活かし、拳の隙間を縫うように踏み込み、カイの腹部へと拳を突き出す。


――ドンッ!


拳の衝撃が体を弾き飛ばし、悲鳴とともにカイが宙を舞う。


勝負は、一瞬にして決した。


思いも寄らぬ幕切れに、生徒たちはただ立ち尽くし、風の囁きだけが響いていた。


________________________

ペック――アルカナス大陸に生息するひよこの魔獣。


その鋭いくちばしを使った突きつつきは、小さな体格からは想像もつかない威力を持つ。


危険度は低い。1級未満の魔獣。


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