正午の陽が傾き始めたころ―
シグルドが姿を見せた。
午前の組み手で疲労困憊の生徒たちを前にして、
「これから、お前たちに古伝の技を教える」
そう言うと、生徒たちの前で実演し、疲れた筋肉を癒す手技を披露した。
型にはまった講義ではなく、武人として使える技を授ける。
「この技は、武道を極める者には重要だ。さあ、二人一組になって試してみろ」
シグルドが伝授する、訓練の疲れを回復させる技術――最も熱心に学んだのは、エレオノーラだった。
彼女は率先して学び、慎重に技を身につけていった。
――そして
「……なにこれ、めっちゃ気持ちいい……」
施術を受けた生徒が、思わず声を漏らした。筋肉の痛みが和らいでいくと、顔も穏やかになっていくクラスメートにエレオノーラは微笑み、一層シグルドの指導に意識を向けた。
指導を終えると、シグルドは無言のままその場を去った。
お互い手技を施し実践した後、生徒たちは訓練を再開する。
「先生って、正直頼りなさそうだけど……この技、マジで効くな」
「だよな、体がめちゃくちゃ軽くなった!」
「こんな技、初めて習ったかも?」
生徒たちは興奮のままに言葉を交わしていたが、その輪の中にルーカスとルームメイトはいなかった。
安神香の効果で、そもそも疲労がほとんど残っていなかったのだ――むしろ、カイはあり余るエネルギーを持て余し、コリンズを対戦相手に指名していた。
シャプもまた、ルーカスに勝負を挑んでいた。
今年の手懐けテストでは、奨励としてポイントが支給されることになっている。
武道クラスの生徒は、魔獣を一体でも手懐ければテスト合格とされ、報酬として2ポイントが与えられる。
さらに、複数の魔獣を従えれば追加報酬が発生し、20ポイントまで獲得可能だ。
このルールは魔法クラスにも適用され、今期の手懐けテストは全生徒が平等に扱われる。
「コリンズ、お前じゃ俺には勝てねえな!」
しばらく組み合いを続けた後、カイは誇らしげに胸を張った。
コリンズは軽く息を整え、すぐに頷いた。
「ああ、そうだな。カイ、さすがだよ」
彼は巧みに手加減し、カイを喜ばせた。
ルーカスはその事実を、静かに見抜く――金貨を得るために、勝利をカイに譲った。
(また一人、抜け目のない奴が増えたな)
頭が回る生徒がルームメイトに傍にいるのは、悪くない。
やがて夕食の時間が訪れる――
ポイントを使ってカイの食事を購入したコリンズは、案の定、カイから二枚の金貨を手にした。
夕食前、ルーカスは学園の素材店へと足を運んでいた。
学院の商店には多種多様な素材が揃っているが、それらを購入するにはポイントが必要だった。
新たな訓練場を整えるために、優れた訓練用ダミー人形が必要だと考えていた。加えて、薬浴に使う薬草も確保しなければならない。
アルティメア魔法学園――帝国三大学園の一翼を担う名門。
そこには、ルーカスが必要とする物資が一切不足なく揃っていた。
だが、交換には最低100ポイントが必要だった。
しかも、それもたった一ヶ月分にすぎない。
ジュリアならそれくらい持っているが、妹のポイントを使うつもりはない。
結局、自分で稼ぐしかなかった。
修行場には貴重な素材が揃っているが、どれを取っても100ポイントを超える品だ。
ここで持ち出せば、無用の詮索を招くこととなる――目立たぬ素材を見定め、それらを交換するしかない。
「先生、ここにある材料を交換したいのですが」
5ポイントを使い、ルーカスは大袋いっぱいの素材を手に入れた――これで薬浴は三日分まかなえる。毎日、地道に素材をポイントと引き換えながら、必要なものを揃える。
「へぇ、こんなにたくさん交換して、何に使うの?」
店番を担当する女性教師が微笑みながら、学園カードから5ポイントを差し引く。
「全部使いますよ。むしろ、これでも足りないくらいです」
ルーカスは笑顔で答え、袋を抱えて立ち去る。
――夜
人目につきにくい場所にある武道クラスの寮は、ルーカスにとって都合がよかった。
袋を一旦隠し、深夜になってから秘密の修行場へ運び込む。
――魔獣の洞窟
ルーカスは巨大な鍋の中で薬浴をしていた。
鍋の下では、大きな薪が赤々と燃え、湯気が立ちのぼる。
その傍らでは、デュオが丸くなり、時折炎を吹きかけながら、鍋の温度を調整していた。
「おおっー、いいぞ、デュオ」
ルーカスは薬浴を楽しみながら、片手で牛肉の塊を焼き、ひっくり返した。
魔獣・鉄甲牛の半身が、炎の上でじっくりと焼かれていた。
「お前もよく働いた。この肉は全部お前のだ」
二時間の薬浴を終えたルーカスは、鍋から上がると同時に、香ばしい肉にかぶりついた。
食べきれなかった分は、デュオの晩ごはんになる。
デュオは尻尾を振りながら、大興奮で肉を貪る。
ルーカスは明日交換する素材を選びながら、ふと視線をある一点に向けた。
「……?」
目を戻した瞬間、そこにあったはずの肉は、すでにデュオの腹の中へと消えていた。
それだけならまだしも――
「……おいおい、まさかとは思うが……薬湯まで?」
しかし、疑いはすぐに確信へと変わる。
デュオは満足げに喉を鳴らしながら、ルーカスが準備していた薬汁までも、一滴残らず飲み尽くしていたのだった。