翌朝――
ジリリリとけたたましいチャイムの音が鳴り響く。
ルーカスは、チャイムよりも早く、目を覚ましていた。
一方、カイは布団の中で不満げに唸りながら、しぶしぶと体を起こす。
やがて部屋の4人は、互いに無言のまま身支度を整え、重い足取りで教室へと向かった。
――教室
「体中が痛ぇ……」
「俺もだ。あんまり眠れてない」
「先生、鬼だよな……こんな訓練、耐えられねぇ……」
次々と不満の声が生徒たちから漏れた。
そんな疲弊した様子を見渡しながらも、シグルドは決して手加減することはなかった。
彼は知っている――この程度の訓練で音を上げるようでは、魔獣との戦いには勝てないことを。
魔獣――それは、魔力を纏い、あるいは理を超えた強靭さを持つ異形の存在。
生徒たちが学園に残り、真の武人として認められるためには、まずこの過酷な鍛錬を耐え抜かなければならない。
武人の門をくぐる者に課せられる試練――魔獣を討つこと。
従えなくともかまわない。無傷で倒せる者こそ、武道クラスにふさわしいのだ。
シグルドは訓練の成果を試す場を用意していた。
「そんなに痛いのか?俺は全然平気だけど。」
周囲のクラスメートたちに何が起きているのか、カイは理解できずに首をかしげた。
彼が起床後に感じたのは「もう少し寝ていたい」という怠惰な気分のみで、体の痛みや違和感はまったくなかった。
それもそのはず――安神香の強力な効果は、眠っている間にすでにカイの体を回復させていたのだ。
「たぶん、体質の違いじゃないか?」
疑問に思いながらも、シャプも自分なりの答えを出し、勝手に納得していた。
カイは一瞬だけ考え込んだが、すぐに顔を上げ、弾けるような笑みを浮かべた。
「そうだ、俺たちの体質が優れてるってことだな!
なあ、ルーカス、今日も勝負しようぜ!
今日こそお前を倒して、証明してやる。
俺がクラスで最強なんだ!
リーダーにしなかったのは大間違いだったって、あの教師に分からせてやるぜ!
」
カイの「リーダーになりたい」という夢は、しぶとく生き残っているようだ。
エレオノーラは、ルーカスたちを不思議そうに見つめていた。
昨日の過酷な訓練を受けたにもかかわらず、四人は疲れた様子すら見せていない。
一人ならまだしも、同じ部屋の四人全員が?彼らの動きが特段優れていたわけでもなかったはずなのに。
腑に落ちないものを感じつつも、エレオノーラは追及しなかった。
何の問題もなく訓練できるのなら、それはむしろ好都合。
彼ら四人が本当に特別な体質を持つのなら、それは武道クラスの評価を押し上げる追い風となる。
この訓練を乗り越えた者は、凡百の武人を凌ぐ力を手にするはずだ。
武道クラスの行く末を思い巡らせていたエレオノーラの視界に、遠方から歩を進める老人の姿が映る。
その足取りは遅く、どこか頼りなげに見える。
「オスワルド館長」
しかし、その姿を目にした教師たちは皆、自然と足を止め、恭しく挨拶を交わした。
オスワルドは穏やかに微笑み、軽く頷いた後、しばらくして高台へと上る。
そこからは学院の広範囲が見渡せた。もちろん、武道クラスの訓練場もその視界に収まっていた。
オスワルドは、アルティメア魔法学園の図書館館長を務める人物であり、この学院に蓄積された膨大な知識の管理者である。
生徒であれ教師であれ、図書館で魔法書を借りるには、彼の許可を得ねばならない。
その知識は深く、誰がどのような書を求めようとも、最適な一冊を見つけ出すことができた。
だが、オスワルドという人間を知る者はほとんどいない――学長であるザレカの友人であることを知る者はほとんどおらず、さらに彼が武道家であることを知るのは、ごく一部の学園上層部のみだった。
「ふむ……」
高台から遠くを見渡しながら、オスワルドは微笑む。
彼の視線の先には、訓練を続ける武道クラスの生徒たち。
その時――ルーカスは何かを感じとったように、ふと振り返る。
彼の視線の先には、オスワルドの姿。
ただの庭の風景を眺める老人のように見えた。
何の変哲もない穏やかな存在のはずだが――だが――その瞳の奥には、世界の理を見通すかのような光が宿っていた。
「ほう……おもしろい子だ」
かすかな笑みを浮かべるオスワルドの視線の先は――カイに、戦いの輪の中へと引き込まれていたルーカスだった。
鋭い視線を交わし、交えるカイとルーカス。
傍目には拮抗した稽古に見えていた。
だが、オスワルドの目には違っていた――ルーカスは、自らの力を抑えている。
「ほお……本気を見せるほどの相手ではないということか」
しばし興味深く見つめていたが、ルーカスの真の力の全貌を見極めるには至らなかった。
やがて、静かに腰を上げ、オスワルドはゆっくりとその場を後にする。
歩みは緩やかで、あくまでも静かに。
その背中を目で捉えるルーカスはふと疑問を抱いた。
(なぜ、この老人が気になり、二度見しているのだろうか……?)
だが、その疑問は霧散し、彼の意識は再び目の前の相手へと戻った。