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第25話 学園ライフ⑥

キャサリンはそっと視線を落とした。


「やはり、私のことは何もかもお見通しですね……」


二人の子供は、彼女の傍で長く暮らし、大切に育ててきた。


その存在は、彼女の人生の全てだった。それが、突然家を離れたのだ。新しい環境に順応しつつある子供たちの姿を想像すると、彼女の胸には誇らしさと同時に、言いようのない寂しさが押し寄せてくる。


子は親にとってかけがえのない宝なのだ。


「二人とも、もう新学期が始まっている。もし会いたいのなら、学校に行ってみたらどうだ? ちょうど私も西北へ向かう予定で、ダクト城を通るから、送っていこう」


ホルトの穏やかな声に、キャサリンは驚きと喜びが入り混じった表情で顔を上げた。


「本当ですか?」


「ああ、もちろんだ」


ホルトは優しく微笑んだ。


言葉にせずとも、妻の心は手に取るように分かる。この提案に、キャサリンの表情が緩み、目には光が宿った。


「まあ……あの子たちに会えるなんて!」


キャサリンの声は心から喜びに満ちていた。


5日後の出発。さほど多く時間を待たずとも、愛しい子供たちに会えるのだ。



――アルティメア魔法学園


訓練を終えたカイは、その場にへたり込んだ。


「もうダメだ……家で訓練するより、こっちの方が何倍もきつい……!」


荒い息を吐きながら、カイは押しつぶされそうになっていた。


だが、その時、彼のお腹が鳴った。


武道クラスの訓練はとてもスタミナが消耗される。その分、食事も魔法クラスの生徒たちよりはるかに多くないといけないが、彼らが食堂で使えるポイントは決して多くなかった。


正確に言えば、カイの食事の仕方では十日も経たずに尽きるのが目に見えていた。


「カイ、ルーカス、一緒に飯食いに行かないか?」


コリンズとシャプが声をかける。2人はルームメイトであり、訓練でも共に汗を流した互角な対戦相手だった。


「減ってるけど、疲れで動けねぇ……」


カイは呻くように呟いたが、何かを思いついたように目を輝かせた。


「俺の代わりに買ってきてくれないか? 金貨1枚やるからさ。モスビースト焼き肉に、クジャクの卵焼き……」


カイは次々とポイントが高い品名が口にする。


昼間、食堂で目にしたが、到底手が出せなかったものばかりだ。


コリンズとシャプは顔を見合わせた。金貨1枚の報酬は大きい。しかし、カイが求める料理を買うには、それなりのポイントが必要だった。


武道クラスの生徒は同じ待遇を受けている。


金貨1枚で交換できるのはたった10ポイント、それも一度きりだ。2ポイントを使ってカイの金貨1枚を得るのが得策かどうか、2人は判断に迷った。


「……金貨2枚」


ルームメイトの戸惑いを察したカイは即座に値を釣り上げた。


その言葉に最初に反応したのはシャプだった。


「じゃあ、僕が行くよ」


金貨2枚。シャプは即断した――彼の家族にとって、2か月分の生活費に匹敵する。


学校にはポイントを稼ぐ手段がいくつかある。少し努力すれば、食事に困ることはない。


一方のコリンズは後悔の表情を浮かべていた。2枚の金貨なら、自分も買いに行けばよかったのではないか。そんな思いがよぎる。


「カイが次に頼んだら、今度は譲るから」


シャプは低く囁いた。


その一言で、コリンズの悔しさはすっと収まった。


ルーカスは、そんな二人のやり取りを静かに見ていた――シャプ、なかなかの策士だな。


「いいぜ、約束だ」


シャプが静かに頷き、二人は食堂へと足を進めた。


――「食堂に行かないのか? 先に行ってくる」


仲間たちが次々と食堂へ向かう中、ルーカスとカイだけが訓練場に残った。


カイは満足げに腰を上げると、得意げに言った。


「俺って賢いだろ? ほかの奴に金を渡して食べ物を買えば、うまくポイントを節約できるんだぜ」


しかし、ルーカスは受け流した。


「俺には……必要ない」


そう微笑んで言い残すと、ルーカスは颯爽とその場を後にした。


カイは一瞬固まったが、すぐに思い出した――そうだ、天才クラスの妹ジュリアがいる。


ポイントが100あるだけでなく、天才クラスの生徒には追加ポイントが支給される。


「……俺にも、あんな妹がいたらなぁ……」


カイは天を仰ぎ、恨めしげにぼやいた。


だが、その愚痴を聞く者は、誰もいなかった。


一方で、食堂へ向かったルーカスの目的は単なる食事ではなかった。


――ジュリアを見守る。傍にいることで、そのわずかな変化を察知する。それは兄としての役割を超えた、使命に近いものだ。


学園では目立たぬように振る舞わねばならない。それはすなわち、無能な兄を演じ、ジュリアに庇護される立場を装うこと。


天才の影に潜み、己の存在を薄めながら、ルーカスは静かに牙を研ぐ。


――いずれ訪れる、その瞬間のために。


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