キャサリンはそっと視線を落とした。
「やはり、私のことは何もかもお見通しですね……」
二人の子供は、彼女の傍で長く暮らし、大切に育ててきた。
その存在は、彼女の人生の全てだった。それが、突然家を離れたのだ。新しい環境に順応しつつある子供たちの姿を想像すると、彼女の胸には誇らしさと同時に、言いようのない寂しさが押し寄せてくる。
子は親にとってかけがえのない宝なのだ。
「二人とも、もう新学期が始まっている。もし会いたいのなら、学校に行ってみたらどうだ? ちょうど私も西北へ向かう予定で、ダクト城を通るから、送っていこう」
ホルトの穏やかな声に、キャサリンは驚きと喜びが入り混じった表情で顔を上げた。
「本当ですか?」
「ああ、もちろんだ」
ホルトは優しく微笑んだ。
言葉にせずとも、妻の心は手に取るように分かる。この提案に、キャサリンの表情が緩み、目には光が宿った。
「まあ……あの子たちに会えるなんて!」
キャサリンの声は心から喜びに満ちていた。
5日後の出発。さほど多く時間を待たずとも、愛しい子供たちに会えるのだ。
――アルティメア魔法学園
訓練を終えたカイは、その場にへたり込んだ。
「もうダメだ……家で訓練するより、こっちの方が何倍もきつい……!」
荒い息を吐きながら、カイは押しつぶされそうになっていた。
だが、その時、彼のお腹が鳴った。
武道クラスの訓練はとてもスタミナが消耗される。その分、食事も魔法クラスの生徒たちよりはるかに多くないといけないが、彼らが食堂で使えるポイントは決して多くなかった。
正確に言えば、カイの食事の仕方では十日も経たずに尽きるのが目に見えていた。
「カイ、ルーカス、一緒に飯食いに行かないか?」
コリンズとシャプが声をかける。2人はルームメイトであり、訓練でも共に汗を流した互角な対戦相手だった。
「減ってるけど、疲れで動けねぇ……」
カイは呻くように呟いたが、何かを思いついたように目を輝かせた。
「俺の代わりに買ってきてくれないか? 金貨1枚やるからさ。モスビースト焼き肉に、クジャクの卵焼き……」
カイは次々とポイントが高い品名が口にする。
昼間、食堂で目にしたが、到底手が出せなかったものばかりだ。
コリンズとシャプは顔を見合わせた。金貨1枚の報酬は大きい。しかし、カイが求める料理を買うには、それなりのポイントが必要だった。
武道クラスの生徒は同じ待遇を受けている。
金貨1枚で交換できるのはたった10ポイント、それも一度きりだ。2ポイントを使ってカイの金貨1枚を得るのが得策かどうか、2人は判断に迷った。
「……金貨2枚」
ルームメイトの戸惑いを察したカイは即座に値を釣り上げた。
その言葉に最初に反応したのはシャプだった。
「じゃあ、僕が行くよ」
金貨2枚。シャプは即断した――彼の家族にとって、2か月分の生活費に匹敵する。
学校にはポイントを稼ぐ手段がいくつかある。少し努力すれば、食事に困ることはない。
一方のコリンズは後悔の表情を浮かべていた。2枚の金貨なら、自分も買いに行けばよかったのではないか。そんな思いがよぎる。
「カイが次に頼んだら、今度は譲るから」
シャプは低く囁いた。
その一言で、コリンズの悔しさはすっと収まった。
ルーカスは、そんな二人のやり取りを静かに見ていた――シャプ、なかなかの策士だな。
「いいぜ、約束だ」
シャプが静かに頷き、二人は食堂へと足を進めた。
――「食堂に行かないのか? 先に行ってくる」
仲間たちが次々と食堂へ向かう中、ルーカスとカイだけが訓練場に残った。
カイは満足げに腰を上げると、得意げに言った。
「俺って賢いだろ? ほかの奴に金を渡して食べ物を買えば、うまくポイントを節約できるんだぜ」
しかし、ルーカスは受け流した。
「俺には……必要ない」
そう微笑んで言い残すと、ルーカスは颯爽とその場を後にした。
カイは一瞬固まったが、すぐに思い出した――そうだ、天才クラスの妹ジュリアがいる。
ポイントが100あるだけでなく、天才クラスの生徒には追加ポイントが支給される。
「……俺にも、あんな妹がいたらなぁ……」
カイは天を仰ぎ、恨めしげにぼやいた。
だが、その愚痴を聞く者は、誰もいなかった。
一方で、食堂へ向かったルーカスの目的は単なる食事ではなかった。
――ジュリアを見守る。傍にいることで、そのわずかな変化を察知する。それは兄としての役割を超えた、使命に近いものだ。
学園では目立たぬように振る舞わねばならない。それはすなわち、無能な兄を演じ、ジュリアに庇護される立場を装うこと。
天才の影に潜み、己の存在を薄めながら、ルーカスは静かに牙を研ぐ。
――いずれ訪れる、その瞬間のために。