教師が去った後、鈴のような透き通る声が響いた。
「一緒に本を取りに行きましょう」
軽やかに立ち上がり、周囲の数人を引き連れて教職員室に向かうエレオノーラ。身長こそ高くないが、その澄んだ瞳には強い意志が宿っていた。
一般家庭に育ちながらも、アルティメアへの入学を果たした彼女は、クラスのリーダーに選ばれたことを大きなチャンスと捉えていた——そして、期待に応えると心の中で決意を固めていた。
「ちくしょう、なんて教師だ…痛ぇ…」
カイは目に涙を浮かべ、家では決して味うことのない痛みに身を縮めていた。
「確かに…おかしな先生だ」
ルーカはシグルドの歩き方を思い出しながら、その異様な動きに違和感を感じていた――見た目は、普通の人と変わらないように見えるが、足の着地点に軽いところと重いところの不均衡があり、なにか大きな傷を負っているように見えた。
「そうだな!あの教師、絶対におかしいよな…?一緒にクレームを入れようぜ」
仲間を見つけて嬉しそうに声をかけるカイに、ルーカスは眉をひそめて振り返り、答えた。
「あっ、いや…そういうおかしいじゃないんだ…」
ルーカスの「おかしい」と自分のそれが異なる意味であることに気づくと、カイは小さな落胆を感じた。
同調されないことに、カイは少し腹を立て、部屋にいる他の仲間に同じ問いを投げかけたが、彼らに顔を背けられてしまった。
初日から教師にクレームを入れる?そんな蛮勇など彼らになかった。
しばらくして、武道クラスの教本が運ばれてきた――種類ごとに教本がある魔法科とは大違いだった。魔法陣、魔法材料、魔法器具、魔獣の魔法に関する教材がたくさんあるのと比べ、武道クラスの教本は基礎武技が載った一冊である。
アルティメア魔法学園の図書館には数多の武技があり、手に入れるのにポイントが必要だ。最も低いレベルの武技でも100ポイントは必要であり、高レベル武技はポイントが大量に必要だ。
学生にとって、ポイントを増やすことが最も重要であり、学園ではすべてポイントで支払われる。
「みんな、予習を始めましょう。先生を信じて、素晴らしい学びを一緒に得ましょう」
進んで教本を一人一人に配るエレオノーラはリーダーの責務を果たしていた――教師の指示通り、クラスメイトたちに自習を促した。
シグルドは寮に戻ると、服も脱がずにベッドに寝転がり、数秒後には鼻から泡を吹きながらぐっすりと夢の世界へ旅立った。不眠の彼にとって、この時間は外せない。午前中、彼の姿は影も形もなかった。
――昼休み
食堂の入り口にジュリアがいた。
「お兄ちゃん」
金色の刺繍が煌めく制服を着たジュリアは、初日から群衆の中でひときわ目を引く存在になっていた。
「午前の授業、どうだった?」
妹の頭を撫で、ルーカスが尋ねる。
「リンドラ先生、とーっても綺麗で、私にすっごく優しいから、大好き〜♪」
「へぇー、どれくらい?」
ルーカスは笑みを浮かべて聞いた。
妹が楽しそうにしているのなら、それに越したことはない。ジュリアがこんなに褒めるリンドラ、本当に素晴らしい人物なのだろう。
目を2回ほどパチパチさせ、すこし考えてジュリアは嬉しそうに話した。
「いっぱい私を褒めてくれるんだよ!それにそれに、一週間後にクラスのリーダーに立候補するようにって言われたの」
魔法クラスのリーダーは一週間後に決まる、生徒をよく理解するために先生は時間をかけ、クラスメート同士もお互いを知り合う時間が必要なのだ。
「そうだよな。1週間後に決めるのが慣例だってのに、うちのクラスときたら…」
狙っていたリーダーの座が消えてイライラしていたカイが不満をこぼした。
――学校に来る前、家族に「武道クラス一番の生徒になる」と宣言したのだ。
くそーっ、シグルドの奴、俺の夢を打ち砕きやがった、と心の中で罵るカイだが、無意識に額に手を当てた。額にある2つの赤点がまだ残っており、微かに痛む。
「お兄ちゃんのクラス、何かあったの?」
ジュリアが興味津々で尋ねると、ルーカスは彼女の小さな手を引いて食堂へ向かった。
「大したことはないさ。今朝、リーダーが決まったんだ」
「それって、お兄ちゃんだよね?」
ジュリアは目を見開き、興奮を隠さずに問いかけた——彼女はルーカスが父を超えている最強の存在だと信じてやまない。
「いや、お兄ちゃんじゃない。その話はいいや、お昼にしようか」
ルーカスはリーダーに興味がなかった――目立つのは面倒で、やることが多すぎるクラスのリーダーより、魔獣の山という新たな修行場での訓練に専念したかったのだ。
生徒たちが列に並んで食券を購入していた時、
「はぁ?なんで10ポイントなんだ?」
食券を握りしめたカイは、信じられないといった表情で声を上げ、
「同じ金貨の1枚で、どうして100ポイントも交換できるんだ?」
と、ジュリアの手にある何枚もの食券を指して不満を一気に吐き出した。