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第19話 魔獣の山③

ウォォォーン…


地面に伏せる双頭の狼は流血している頭を垂れて許しを乞うと同時に、その尻尾を洞窟の奥に向けていた。


「何が言いたいんだ?」


言葉は交わせないが、ルーカスは6級魔獣の意図を察することができた。


ガゥッ…


2つの頭が同時に口を開き、青と橙の光の塊 が吐き出され、宙に漂った。


「俺を主だと認めているのか?」


ルーカスが目を見開く。


時折、魔獣には核が発現する。

どんな魔獣であろうと、魔獣の核はショップで貴重品として取り扱われる。


その魔獣が宿す力が凝縮された核は、魔法杖へと加工できる。核を素材として作られた杖は、普通のものの10倍の値打ちがあり、核が上級の魔物のものであるほど、その値段は高まる。


核を取り入れた杖を使えば、魔導士の戦闘力がグーンと上がるのだ。


貴重な魔法素材としての用途以外に、もう一つ核の使い道がある――魔獣の使役だ。


ただし、そのためには魔獣が自ら核を吐き出さなければならない。


純度が高い魔獣の核に人の血が交わることで、意識が繋がり魔獣を使役できる。


強力な魔獣を使役するのは多くの魔導士の念願だった。

近接戦闘能力を持つ魔獣は主を守るため、魔導士の仲間として最適なのだ。


ルーカスの言葉に反応し、双頭魔狼は二つの頭をゆっくりと垂れ、頷くような動作を見せた。


「そうか、仕方ないな。じゃあ、お前を受け入れる」


そう言って少し笑みを浮かべたルーカスは、心の中で大喜びしていた――魔獣の山の旅で、こんな予期せぬ収穫があるとは…


帝国の魔導士の中で魔獣を使役している者は少数だ。


ライアン家が住む辺境の町では、6級の魔獣を使役するのは領主のみであった。


戦闘で倒されやすい下級魔獣が役に立たないのに比べ、上級魔獣は非常に高い知能を持ち、個として我が強く、扱いが難しい。


そのため、従わせることは倒すよりも遥かに難しい。


その上、核は体内にあるため、魔獣が自ら吐き出さない限り、倒して取り出すことになるため、材料として使用できても、その魔獣を使役することは叶わない。


ナイフを取り出し、指を切った。2つの核にルーカスの指先から血を垂らされる。


核を2つ持つ魔獣はとても珍しい。それは、頭が2つあることに関係しているとルーカスは理由づけた。


触れた途端、核が一瞬で血を取り込みむと、眩い輝きが放たれ、核はゆっくりと双頭魔狼の体へと戻っていった。


核が双頭魔狼に戻されるや否や、ルーカスは体に不思議な感覚を覚えた。


目の前にいる傷だらけの双頭魔狼に、突如として親しみを感じるのだ。


クゥーン…


ルーカスの心の中に幼き鳴き声が響き、すぐに彼の頭に二文字の言葉が浮かんだ。


「主様」


双頭魔狼が知能を持っていることは明らかで、ルーカスのことを認識しているようだ。


「認識できるのか、悪くないな。


お前はデュオウルフェンだから、デュオと呼ぶことにしよう



笑みを浮かべルーカスは双頭魔狼に名前を付けた。


少し戸惑う素振りを見せるも、しばらくしてデュオは尻尾を振って喜んだ。


「主様、こちらへ…」


魔獣の念波を感じ取ったルーカスは洞窟の奥深くへと進む。


最奥の広がったエリアには、魔獣の材料が山のように乱雑に積み上げられていた。


ルーカスは喜びを隠さずに飛び込む、そこにあるのはお宝の山だ。


【6級魔獣の皮(完全無欠)】


【いろんな魔獣の核×10】


【剛腕猿の骨(完全無欠)】


【宝石、金貨、銀貨、その他……】


どれも価値のあるものだった。


とりわけ、核はすべて3級以上の魔獣由来であり、加えて6級魔獣の核も2つ存在していた。


核だけでも途轍もない価値がある。


主の歓喜を察したのか、デュオは2つの巨大な頭をルーカスのそばへと下ろした。


「よくやった。ご褒美だ」


ルーカスはそう言うと、ポケットから九皇丹を2粒取り出した。


それは武人が錬成する丹薬だが、魔獣にも効果がある。その薬香を嗅ぎつけたデュオは、これが主からの報酬だと理解して吸い込む。


2粒の大きな丸い丹が瞬時にその腹の中に消えると、体内から暖かい流れが傷口を目に見える速さで回復していく……


デュオは満足そうに頭を擦り付けてきた。


しばらくすると、狼の胴体から出血の傷口が消え、ただ毛が剝がれた不恰好な姿はどうしようもなかった。


「ガゥ…ご恩は忘れない……主様」


すぐさま、魔狼から感謝が伝えられる。


「これからよろしくな!デュオ」


魔狼の大きな頭を撫でながら、ルーカスは嬉しそうに答える。


これほどの収穫を得たルーカスは財宝を独り占めした王様のような気分になった。それは無理もない事――ライエン家の倉庫にある宝でも、ここに並んでいるほど多くはない。


ルーカスはデュオの頭を撫でながら思考を巡らせた。なぜ彼はこれほどの財宝を所有しているのだろうか。


圧倒的な力を持つ魔狼は、6級魔獣の中でも別格の力を誇る。他の魔獣が縄張りに入れば、瞬く間に仕留められ、食らわれる運命。


生肉を食すことを好まず、それに加え知能を持つため、牙を使って他の魔獣の皮を分けて保存していた。これらの素材も値が張るもので、売れば多くの金貨が手に入って、学園ではかなりのポイントと交換できる。


どんな魔獣も、自らの属性と同じ魔獣の核しか取り入れることができない。

同属性の核を取り込めば進化の糧となるが、異なる属性の核は毒となり、命を脅かす。


数え終えると、核は35個もあった。いろんな属性があったが、水と火のものはない。


火属性と水属性の核は、デュオが食べてしまったのだろう。


素材の整理を終えたルーカスが最も喜んだのは骨だった――どれも上級素材ばかりだからだ。


特に目を引くのは、非常に硬質な剛腕猿の骨だ――高性能な工具で粉砕し、上質な隕鉄と混ぜ合わせれば、武人が扱うに相応しい強力な武器を鍛造できる。


惜しいことに、この骨の持ち主であった剛腕猿は5級の魔獣に過ぎない。その骨を研磨して得た素材では、作れてもせいぜい6級武器止まりだ。より強力な武器を鍛え上げるには、さらに上質な剛腕猿の骨が必要となる。


「デュオ、じばらくここで待ってくれ。


洞窟を守り、ここにある素材を見張っておいてくれ



素材の整理にかなり時間をかけてしまったルーカスは、急いで寮に戻らなければならない――友達に気づかれては不味いのだ。


ガゥッ!


デュオは舌を揺らしつつ、ルーカスに誓いを立てた――ここは自分が守る、と。


ルーカスは賢い下僕の頭を撫でると、洞窟の入り口へ戻り、軽く手を振って立ち去った。


魔獣の山で得た収穫はすべて洞窟に置き、デュオに見張りを任せた――学園内よりも安全と判断したのだ。


こうして裏山は新たな鍛錬の場となった。


寮へ戻る道すがら、ルーカスは風のごとく駆け、ひと跳びで塀を越えた――夜の余韻に満ちた部屋で、友たちはなお夢の波間に揺られていた。


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