アルティメア学園では、日常のあらゆる出来事がポイントに直結する。
魔法、マナ結晶、貴重な書物、魔法素材、装備素材、名師の指導、強化ポーション、ペット魔獣……ありとあらゆる資源は、ポイントを使って交換できる。
同時にポイント獲得の方法も様々だ。たとえば最も基本的な任務として、運搬、掃除、そして見張りなどといった雑用がある。
こうした簡単な雑用をこなして得られるポイントは僅かで、1時間働いて辛うじて1ポイントを獲得できるという程度だ。
教師の魔法実験の手伝いや魔法素材製作といった獲得方法もあり、これらは1時間働いて5ポイント入手できる初級任務に分類される。
さらに中級任務には、学園行事の参加や学業成績に応じて得られ、難易度の高いものほどポイントは高く、事前に学園からの発表がある。
また、固定ポイントという制度も存在するが、こちらは生徒会メンバーの特権だ。
生徒会メンバーは毎月100ポイント配給させる。そして、副会長は200、会長は500……といった具合に支給ポイントは増えるのだ。
学園の裏山には、北境でも名高く、多種多様な魔獣が生息している。魔獣を討伐し、その素材を回収すれば、学院でポイントと交換できる。
魔獣素材は、希少度や完全度、魔獣のレベルなどを基準に査定され、ポイントへと換算される。
このほかに、チャンスは多くはないが上級任務も存在する。学園から派遣されて遂行する任務では膨大なポイントを得られる。
三十年前、学長自ら多くの高学年の生徒を率いての蒼き城へ遠征し、帝国軍部に協力して魔獣を撃退した事例がある。そのとき参加者たちには、莫大なポイントが支給されたという。
また、盗賊を捕らえたり、市民や街を守る良き行いも貢献としてポイントが与えられる。
ルーカスは耳を澄まして説明を聞いていた。ポイントさえあれば、学園で欲しいものを手に入れられるからだ。
たとえばアルティメアの図書館に隠された秘伝書。
アルティメア学園は帝国最大級の蔵書数を誇っている。しかも他の学園とは違って、武道の書が膨大に格納されている。Lv1からLv9にわたる武技について書かれた書が貯蔵されていて、中には武聖と称された者しか使えないとされる伝説の技まで記された書物があると言い伝えられている。
書物が貴重で上級者向けになるほど必要ポイントが高くなる、ポイントが大量に必要だ。ルーカスにとって、これは重要事項だった。
壇上のジント・ソウゴは腕を組み、口角を上げて得意げな笑みを浮かべている。
「新入生諸君、私の高みに達することは叶わぬだろうが、心して励めよ」
彼はそう言い放つと、足元の火輪をゆっくり動かして舞台の向こうへ姿を消した。
やがて巨大な火の花も暗くなり、すべてが消えていく。
(…何なんだ。自分に酔いすぎだろう)
ルーカスが生徒会長に抱いた最初の印象だった。
一方、舞台裏では――
「ふう、なんとか終わった……」
「Lv6魔法を維持するのは大変だった。さっきのは上出来だった……」
「フフフッ、新入生たちは間違いなく、私に惚れ込んだはず!
これから、最強の魔法使いになるソウゴ様に!
」
ジント・ソウゴは実はLv5の魔法使いである。仕掛けを使って、なんとかLv6魔法を発動させ維持したため、魔力を使い果たしヘトヘトになっていた。多くのことを言わずに、ポイントのみについて説明を終えるとそそくさと退場したのも、単に魔力が限界だったからだ。
ルーカスの類まれな聴力によって、恥ずかしい独り言が筒抜けになっているのを知る由もなかった。
「これで終了です。みなさんは寮に戻ってください。明朝から、渡された時間割表通りに教室に来るように」
スタッフがそう告げると、カイが真っ先に席を立った。彼にとっては、ポイント制度がどれほど魅力的であろうが、トロイ家の財力で大抵の物は手に入るのだ。彼もまた、欲しいのは上級の武技くらいであった。
ルーカスたちルームメイトを見やると、カイは
(とりあえずこいつら三人を手下にしておけば、ポイント稼ぎを代わりにやらせられる。金貨を払えばいいだけだし)
と考えを巡らせた。
「お兄ちゃん、私、寮に戻るね。じゃあまた明日!」
前列にいたジュリアが跳ねるようにやってきて、ルーカスの腕をちょこんと引っ張って別れを告げる。
「分かった。またな」
ルーカスは妹の頭を撫でる。それを見た周囲からは羨ましげな視線が注がれた。
「お前はいいよな、可愛くて天才な妹がいてさ」
ジュリアを見送ると、カイはルーカスの肩を叩き、にやりと笑う。
「でも最大の幸運は、この俺が後ろ盾になったことだぜ。
ここでは、俺が守ってやるからな
」
寮へ戻るや否や、さんざん部屋に文句を言っていたカイがすぐにバタンと倒れて眠り込んだ。
ルーカスは静かにベッドに横になり、周囲の物音に耳を澄ます。
とりわけ裏山からは魔獣の鳴き声や羽ばたき、落ち葉を踏むような音が絶えず聞こえていた。
コリンスとシャプが寝たのを確認すると、ルーカスはゆるりと起き上がる。
(裏山か……ダクト城の修行拠点にぴったりかもしれない)
(話によると学長が数人の魔導士を連れて封印した危険地帯らしいが)
(探索してみる価値はありそうだ)
そう考えたルーカスは、安神の香りを取り出して火をつける。
これは錬丹術で簡単に作れるもので、睡眠を深め、疲労を早く回復する効果がある。 香を部屋中にくゆらせたあと、ルーカスは窓を開けて軽々と外へ飛び出した。
寮の裏口は魔獣の山に繋がり、境には高さ十メートルほどの塀があったが、ルーカスが難なくそれを飛び越えた。
塀を超えたルーカスの目の前には、鬱蒼とした森の闇が広がっていた。
「ゲーコゲコ」
暗闇の中で緑色の目が二つ、ぎょろりと光る。
「ブラックホーン・フロッグ……それにデカいな」
ルーカスは少し驚く。
こんなに早く本物の魔獣に遭遇するとは思わなかった。Lv1のこの魔獣は、黒い一本角を持つカエルで、通常は拳ほどの大きさしかないが、目の前の奴は一回り大きい。
突進してきた黒角の蛙を蹴り飛ばし、ルーカスは素早く森の奥へ駆けていく。
「ゲコッ、ゲゲッ……」
十数メートルも吹き飛ばされたが、ルーカスが手加減していたおかげでかろうじて生きていた。全力で蹴られていたら、このブラックホーン・フロッグは立ち上がれなかっただろう。
カエルは頭を横に振りながら不思議そうに鳴く。
(さっきのやせ細った人間はどこへ行った?)
(まあ毒を食らったからどこかで倒れているんだろうな)
このカエルの角は硬いだけでなく、毒を分泌するため、魔法薬の素材としても重宝される。
黒き蛙の魔獣は立ち去ろうとするが、急にふらついて再び転倒し、斜面を何度も転がった。
起き上がったカエルは、前足で必死に頭を掻きむしっていた。
そこにはあるはずの硬い一本角は、見る影もなく消え失せていた――正確には、根こそぎ奪われていた。