部屋を覗くと、先に来ていた二人のルームメイトは既に動き始めている。
一人はほうきを掴み、もう一人は雑巾を手にして、部屋を必死に掃除し始めた。
服装からして二人は平民らしい。金貨一枚は大金で、自分たちの部屋掃除なら、断る理由はないだろう。
「ひでぇ…こんなボロ部屋に泊まるのは初めてだぜ…」
掃除する二人には目もくれず、カイは落ち込んだ様子で嘆く。そんな彼を、ルーカスは笑顔で宥めた。
「カイ、そう落ち込むなって。
なんだかんだ言っても、俺たちはアルティメア学園に入れたんだ。
何とかなるさ
」
「だな。ここはアルティメア学園だ」
元気を一瞬取り戻すも、四周を見回したカイはまた気分を悪くする。
「でも、あんまりじゃねぇか? こんな廃墟みたいな所に押し込まれてさ」
部屋の条件は悪く、カイの言うとおりかもしれない。
ほどなくして二人のルームメイトが掃除を終え、ようやくカイは部屋の中へ入ってきた。
「よくやった。おまえらへの報酬だ」
カイは金貨を二枚投げ与えた。
「ところでおまえらの名前は?」
ルーカスもようやく中へ入り、ベッドの上に腰掛けた。
「コリンスです」
「シャプです」
二人は金貨を握りしめ、小声で答える。
するとカイはまた三枚の金貨を取り出し、ルーカスを含めた三人に一枚ずつ配った。
「おまえら、運がいいぜ。俺と同じ部屋だ。これから先は俺が守ってやる
ルーカス、おまえもだ。もし誰かにいじめられたら、すぐに俺の名を出すといい。ダクト城じゃトロイ・カイの名は結構通るんだぜ。
あと、この部屋を清潔に保てよ。汚いのは嫌いなんだ」
受け取った金貨を指でなぞったルーカスは、やわらかく滑らかな手触りに、さすが貴族と思いつつも、カイの少し傲慢なところをそれでも憎めない奴だなと苦笑する。
「全員、制服を着て礼拝堂に集合しろ!」
廊下を歩く寮の管理人が大声で告げる。カイは目を大きく見開き、自分の着ている華やかな服装に視線を落とした。
「やべっ、学園内では制服を着用するのが必須だった……!」
そう嘆くカイ。武道クラスだけでなく、魔法クラスや天才クラスも含め、生徒は皆、学院指定の制服を着なければならない。
天才クラスの魔法ローブは襟に金色の飾りが縁取ってあり、華やかで目を引き、一目で他のクラスの生徒との違いが分かるようになっている。
ベッドに荷物を置き、ルーカスも制服に着替える。
武道クラスの制服は真っ黒で、魔法ローブに似た形状だが、生地も仕立ても粗末で、まるで別物だった。
「なんだこのダサさ……」
「ルーカス、見ろよ、この布。ひどいもんだぜ」
「こんなの、道化みたいじゃないか」
礼拝堂へ向かう途中、カイは不満をこぼし続けるが、コリンスとシャプの2人は平民出身のため、与えられた制服を「なかなか悪くない」と思っているようだ。
「何でも、学院には生徒を奨励するための仕組みがいろいろあるらしい。ちゃんと聞いておけば、意外な収穫があるかもしれない」
「そうだな。早く行こうぜ」
そう言って目を輝かせるカイに、ルーカスは苦笑を浮かべ首を横に振り、歩行のペースを落として一緒に礼拝堂へ入っていった。
アルティメア学園の礼拝堂は広く、普段なら全校生徒がここで行事を行うことができるが、今いるのは新入生だけだった。
武道クラスの席は一番後方で、魔法クラスとの間に七列もの空席がある。人数はわずか二十人で、すでに全員が座っているため周囲からは浮いて見えた。
一方、礼拝堂の前方には、襟に金色の飾りをつけた魔法ローブを身にまとった十二人の生徒が陣取り、会場の視線を集めている。
その中心にいるのは、周りより一回り背が低いジュリアだった。
鮮やかな魔法ローブをまとったジュリアは本日のヒロインそのもので、まるでお姫様のように輝いている。
「なんで俺たちはこんなに後ろなんだ? 不公平だろう」
席に着くや否や、カイはさっそく不満を漏らした。
ルーカスは周り――主に武道クラスの生徒たち――をゆっくりと見回す。
今年初めて設けられた武道クラスは、年齢制限で十四歳までしか入れない。
十四歳が二人、残りは十二、三歳が大半で、女子は四人しかいない。
その中に一人、ルーカスの目を引く少女がいた。背は高くなく、黒い短髪がとてもきびきびとした印象を与え、制服も誰より整然と着こなしている。
彼女に注目したのは、その静けさゆえだった。ほかの生徒が魔法クラスに興味津々の様子で目を向ける中、彼女だけは席についたまま微動だにせず、ずっと壇上を見つめている。
さらに、その目は澄んでいながらも強い意志が感じられ、ルーカスは少し気に留めたあと、視線をステージに戻す。すると、壇上の上空に突然、炎の塊が現れた。
炎はゆっくりと大きく膨れあがり、まるで花が開くように花びらを広げると、十二枚ほどの巨大な火の花が現れる。
新入生たちはみな一斉にその光景を見て、驚きの声を上げた。
「火の魔法で炎を固定してる……Lv6の魔法だ」
「すごい! 私は火の玉しか撃てないのに」
「すげー、先生が来たのか?」
その声々を、壇上の青年――ジント・ソウゴは得意げに聞きながら待っていた。
しばらくして、彼は両足の下に火の輪を生み出して横向きに滑り、ステージ中央へと移動する。かなり凝ったお気に入りの演出で見るからに機嫌も上々だ。
ソウゴが纏う魔法ローブは特別で、襟の金縁だけでなく、袖口やベルトまですべて金色。高貴を象徴する金色と巨大な火の花が相まってきらびやかに輝く。
「諸君、君らは運がいいぞ。
今日はアルティメア学園が誇る未来永劫の最強魔導士、歴史に名を残すであろう生徒会長
この最強魔導士ジントウ・ソウゴが、学園のポイント制度について説明しよう!
我らが偉大なる学長、そして私が超える定めに大魔導士ラアトが、アルティメア学園の創設時に定めた制度で……」
ジントウ・ソウゴの声はどこか魅力的で、見栄を切った登場に鋭い目つき、高く掲げた顎。その姿に、何人もの少女たちが頬を染める。
(先輩……かっこいい……)
(すごいオーラだわ)
(なんだかドキドキしてきちゃった……)