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第15話 入試⑦

驚きの視線の中、ジュリアはステージを降りる。


ジュリアの小さな頭を軽く撫でるルーカスの耳には、見物していた周りの上級生たちのざわめきが届いた。


「今年の天才クラスの首席は、もう決まりだな」


「まだ8歳なんだって? とんでもない子ね……」


「今年の受験生たちは気の毒だな。どう足掻いても引き立て役だろうな」


このアルティメアは天才を輩出する名門だが、ジュリアのような生徒が毎年現れるわけではないのだ。


周囲の驚きを耳にしたルーカスは朗らかに微笑むが、ふと顔を横に向けた――少し離れたところから聞こえてくる覚えがある声に視線を移した。

「はっはっは、見たか?俺の妹の実力を!妹はものすごく優秀なんだって言っただろ!」

 人混みの中でジェレミーが誇らしげに叫ぶ。その誇らしげな姿は、事情を知らぬ者には兄妹は親密な関係にあるように見えた。


 妹ジュリアはいつもあの“役立たず”ルーカスの味方をしているが、同じ“ライアン”であることに変わりがない。ジュリアの優秀さは、ジェレミーにとっても誇らしいことであり、面子を保つ上で悪くないのだ。


「ジェレミー、うらやましすぎるよ」


「なあ、今度妹さんを紹介してくれよ」


「天才な妹を持って、プレッシャーとかないのか?」


最後に口を挟んだ生徒は、嫌味たっぷりだった。アルティメア学園に入れる生徒は皆エリートで、毎年新入生は五百人のみで、いずれも帝国の誇りだ。


 そしてジュリアは、その中でも群を抜く天才だった。


「俺は兄貴だ。プレッシャーなんか感じるもんか」


その言葉とは裏腹に、ジェレミーは不機嫌そうに顔をしかめた。


自分が妹に敵わないこと――しょっちゅうボコられたり、雷撃を食らって今でもピリピリと体が痺れたりすることなど、公にするつもりは微塵もない。


ありがたいことに、生徒たちはまだ若いため、あまり深く突っ込むことはなかった。

あるいは、彼ら自身も分かっているのかもしれない。ジュリアほどの天才であれば、将来すごい人物のお嫁になるに違いないから、自分たちでは釣り合わない……と。

 新入生の中にいたエヴァは唇を噛みしめていた。

長い髪がふわりと揺れ、それを見た男子生徒たちが思わず視線を向ける。


彼女は決して諦めない。点数だけがすべてではないし、ジュリアとの差だってそこまで大きくはない——皆に証明してみせるのだ。今年の天才クラスの本当の一番は自分であって、ジュリアではない、と。

 こうして、アルティメア学園の入試は幕を閉じ、天才クラスは、最年少の天才を迎えた。


 ジュリアは一躍有名になり、新旧問わず学生の間にその名が広まっただけでなく、多くの教師たちさえも、このわずか8歳の女の子に刮目したのだ。


 アルティメア学園の天才クラスは、最も人数が少なく、わずか12人。


学園で最も注目される12人、それが天才クラスの生徒だ。


彼らには毎年、惜しみない援助と優れた教育が与えられ、学院の名誉を体現する存在となっている。


一方で、今年から新設される武道クラスは20人の生徒が在籍する。


武者は重んじられない風潮があるため、20人もの生徒が集まったのは驚くべき成果と言えたが、学園での扱いは他のクラスに比べて冷遇そのものであった。


 残る新入生たちは9つのクラスに振り分けられ、クラスごとに生徒が52人在籍する。クラスごとに宿舎と学習環境が異なり、その中でも天才クラスの待遇は言うまでもなく最上だ。

 テストを終えたジュリアは、当然のように天才クラスへ編入された。


 ルーカスは白い歯を覗かせるように明るい笑みを浮かべ、ジュリアを連れて手続きを終わらせる。


「お兄ちゃん、私、天才クラスに入れたよ!」


「さすがジュリアだな。首席を取るって信じてたよ」


「そ、そんな……お兄ちゃんのほうがすごいのに」


「いや、兄ちゃんはジュリアにはかなわないな。むしろ、ジュリアに守ってもらいたいかな」


「わかった!」

 ジュリアは頷くと可愛らしい笑顔を浮かべた時、


――「ルーカス、おめでとう」

 そう声をかけてきたのは、生徒会副会長のミーナだった。


 ルーカスは不運とも言うべき幸運――ちょうど壊れていたテスト用の人形に当たったおかげで、武道クラスでナンバーワンという結果を取った。


しかし、武道クラスそのものを誰も重視していない以上、そんな一位に価値などないと見なされている。未来が保証された魔法使いからすれば、武者はただの荒くれ者に過ぎず、学園を卒業したところで、魔法使いの下僕か、下賤な職業に就く程度だと考える者が多かった。


「武道クラスを作るなど無意味だ」という意見すらあるほど、彼らの中には武道に励む者が成功する筈などないと考える風潮があった。

「ありがとう、ミーナ」

 ルーカスは笑みを湛えながら礼を言う。副会長のミーナは、武者たちに露骨な偏見を向けない数少ない学生の一人であり、そこが彼女のいいところでもあった。

「ジュリアは私が預かるわ。女子寮まで連れて行ってあげる」


「ジュリアを頼みます」

 妹を見送るとルーカスは自分の教室へ向かった。


武道クラスの教室と寮は学園の隅にあり、人がほとんど来ないような廃れた場所にある。この静かな環境が、ルーカスにとっては好都合だった。


「やあ、君が武道クラスの入試ナンバーワン、ルーカスだろ? 俺はトロイ・カイ。よろしくな!」


着いて早々、手続きをしていた生徒がルーカスに声を掛ける。


「こんにちは、ルーカスです」


「なかなか面白いじゃないか。運が良かったとはいえ、魔法科のやつらにもできなかったことをやってのけたんだ。上出来だよ」

 トロイ・カイはルーカスより頭半分ほど背が高く、肩をぽんと叩いた。彼はは帝国北境の御三家「トロイ家」の出身で、入試でルーカスが武技を披露し、吹き飛ばされた人形が金色の光を発した場面を目にしている。


 ――とはいえ、本当に人形を打ち飛ばせるはずはなく、知り合いの武人にもそんな強者がいないため、故障した人形に運良く当たった程度にカイは考えていた。そして、彼の魂胆は単純だった――運がいい奴も、自分の手駒にしておこう、と。

 カイは魔法を修められないが、両親に溺愛され、貴族としての誇り高い態度が常ににじんでいた。カイが手続きを終えると、ルーカスも書類に必要事項を記入し、学園スタッフから「寮に行くように」との指示を受けた。

 武道クラスは今年新設されたばかりで、教室と寮が同じ二階建ての建物に併設されていた。一階が教室、二階が寮で、寮の部屋は五つ。いずれも四人部屋だ。

 敷地は学園最奥に位置し、もとは廃棄された校舎で、さらにその裏側は学園が封印した魔獣の山であった。

「ははっ、ルーカス。俺たち同じ部屋みたいだぞ!」

 寮割り当てを確認したカイが嬉しそうに笑った。


武道クラスの寮は単純で、登録の署名をした順に部屋が埋まっていく方式だ。彼らは最後に来たので、最後の部屋に入ることになった。

 部屋の中にはすでに二人いて、ルーカスたちが入るなり立ち上がる。

 するとカイは鼻を押さえて眉間に皺を寄せ、「なんだこれは……」と周囲を見回した。

「……豚小屋か? いや、豚小屋のほうがまだ清潔だろう」


「ルーカス、見ろよ、ほこりだらけじゃないか!」


「あれはクモの巣? しかもクモがいるだと? ふざけんな!」

 天井近くの細いクモの巣を見つけたカイは悲鳴を上げる。


「おい、この汚いもん全部片付けたやつに、この金貨をやる」

 そう言ってカイが取り出したのは、父親に貰った金貨とは違った帝国で流通しているピカピカした一枚の金貨。


この一枚で、平民なら一か月は贅沢に暮らせる…

北境御三家であるトロイ家の財力に驚嘆しつつ、ルーカスは新たな生活に思いを馳せた。


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