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第13話 入試⑤


「これが、入試スコア1位のジュリア……その兄……武道クラスの落ちこぼれ?」


「はぁ?!魔法の攻撃テストに拳を使うって言ったのか?今年聞いた一番のジョークのだぜ」


「まぁ、武道クラスの奴らには、入試なんかただの形式だろ」


「拳なんか使ったら、骨折するに決まってる。残念な奴だな……」


「理解できねぇ……あんな無能に、可愛くて天才な妹がいるなんて……」


「まぁ、どう恥をかくのか見ものだな」


近くで聞こえる笑い声や嘲るような声に、ジュリアは思わず拳を握りしめた。ルーカスが学園では礼儀を守るように言わなかったら、彼女はその場で感情を爆発させていたかもしれない。


「あなたのお兄ちゃん、 魔法が使えないの?」


ジュリアの後ろに立つエヴァは、先ほど怒りを感じていない様子だった。


スコアでジュリアに負けていることに納得してはいないものの、相手はまだ8歳の小さな女の子。エヴァは同じ年の子に<真紅の魔眼>を使うことは躊躇いはしないが、可愛らしく無邪気なジュリアに敵意を心にずっと抱くことはできない。


「エヴァお姉ちゃん、ルーカスお兄ちゃんは魔法は使えないけど、とってもすごいんだから!」


きらきらした目でエヴァを見上げ、ジュリアはにっこりと微笑んで返した。


エヴァの冷たい表情もその輝くような笑みに和らぎ、口元にほのかな笑みをうかばせるが、彼女はルーカスが「すごい」なんてまるで信じていなかった。


この時代は魔法が支配している。


武道など、とうの昔に埋もれた存在なのだから。


計測係はルーカスの予期せぬ質問にしばらく考え込み、ようやく答えた。


「今回のテストは攻撃力を測るものです。方法に特に制限はありませんので、あなたの最も強力な一撃を見せてください」


それを聞いたルーカスは、口元に微かな笑みを浮かべ何も言わずに、上級強化魔法が施されたテスト用の白鋼ダミーに視線を向けた。


(随分と高級そうな魔法ダミーだな…)


(俺の修行部屋にある隕鉄製のダミーよりも、ずっと頑丈そうだ)



(あの技を試すには絶好の機会だ…質変を果たしたLV6の力を、この硬いダミーにぶつける!)


武道の修練において、技のレベルは3の倍数ごとに質的な変化が訪れる。


しかし、多くの武人は境地という壁に阻まれ、LV1やLV2で停滞し、その続きを迎えることなく人生を終えることがほとんどだ。


だが、ルーカスは例外だ。


武神の<9星の祝福>によって、すべての限界を打ち破る力を持つ彼は、まさに境地という壁を無視する能力を授けられている。


嘲笑と疑念の視線が降り注ぐ中、ルーカスは静かに拳を握りしめ、その瞳にはかつてない決意の炎が灯った。


「ドゴォォォォン!」


落雷のような轟音が周囲を震わせた。


胸部が押し潰されるように凹んだダミーは、猛烈な勢いで宙を描いて10メートル先の壁に深く突き刺さった。


壁に埋まったダミーは、測定可能な最大値に達したことを示す眩い金色を纏っていた。


ルーカスがどうやって拳を放ったのか、誰も見ていなかった。

それは一瞬の出来事だったからだ。


計測係ですらその驚異的な光景に目を見開き、怯えながら震える声で呟いた。


「禁呪級の破壊力……こんなことが……あり得るのか……」


その場に長居することなく、肩を軽く回したルーカスはジュリアの元に戻る。


(烈覇拳LV6……これが今の俺の極限だな)


(Lv3で力の質的変化…そしてLV6で速度の質的変化を得た。2つを掛け合わせた超高速の一撃か……もしこれをLV9に上げるとどうなるか、想像するだけで楽しみだな)


(さすがは帝国三大学園、設備のレベルが違う。俺の修行部屋のダミーじゃ、まともに技の威力を試すことすらできない)


ジュリアは、この世で唯一ルーカスの実力を知る存在だった。兄の袖を軽く引っ張りながら、飛び跳ねルーカスの頭を軽くぽんぽん叩き、無邪気な笑顔で言った。


「お兄ちゃん、すごすぎる!」


しばらく黙り込んだいた計測係。


その胸には複雑な思いが渦巻いていた。


(寄せ集めのはずの武道クラスの新入生が、こんな禁呪級の攻撃力を持っているなんて…いや、絶対にありえん!)


(そうだ…これはダミーの故障に違いない…)


(何せ、十年以上も使っている代物だ。入試が終わったら新品を申請しよう…)


(でも、生徒たちの前でダミーが金色に輝いた以上、漏れなく点数を記入しなければならない。なんて運のいい子だ!)


しばしの逡巡を経て、計測係は静かに筆を走らせ、魔法書のしおりに記されたルーカスの名の横へ「10」という点数を記した。


計測係と同じ考えを抱いている者は少なくない。

入学試験の生徒たちも、ひそひそと噂を交わしている。


「なあ、今のヤツ、本当に攻撃したか?」


「拳で最強の一撃を放つとか言ってたくせに、パンチを繰り出す瞬間すら見えなかったぞ。なのにあのダミーが吹っ飛んだんだぜ?」


「おかしいよな……あいつ、まだ一度も拳を振り下ろしてないように見えたんだが」


「絶対にあり得ねえ。テスト用ダミーの故障だろ。過去にもそういうことあったしな」


「そうだよな。武道クラスの落ちこぼれ風情が、一撃であのダミーをぶっ飛ばすわけない。もし、これが本当だってんなら、俺は逆立ちしてクソ虫でも食っってやるさ」


「まあ、運だけは認めるわ。まぐれとはいえ、テストで満点取っちまうなんざな」


疑いの声がわき上がる中、その雑音に加わろうとしない2人の美少女がいた。


1人はジュリアの後ろに控えるエヴァ。


<真紅の魔眼>に選ばれ、生まれながら瞳術に長ける彼女は、ほかの誰にも捉えられないほど速い動きを鮮明に見切ることができる。


だからこそ、ルーカスの拳が描いた軌跡を読み取れた彼女は、ルビーさながらの瞳を大きく見開いたまま、心の底で驚愕を必死に抑えていた。


(なんて速いパンチなの…この速度、上級風魔法にも匹敵するかもしれないわ…)


(それに、スピードだけじゃない。あの威力が途方もないからこそ、ダミーが眩しい黄金に染まったんだもの。あれはまさに、禁呪級の威力が生み出す輝き!)


(とんでもない奴ね。ところで、武道っていつからこんなに強くなったのかしら?)


(ライアン・ルーカス……覚えておくわ)


そして、もう一人はルーカスに救われランスロット・メイル。彼女にはエヴァほどの瞳術はないが、命を救ってくれた恩人への感謝から、先ほどの光景はルーカス自身の力で成し遂げられたものだと信じていた。


ルーカスは周りの声をまるで気にしていない様子だった。


点数があればそれでいい、0点を避けたかっただけなのだから。


数ある試験の中で、ルーカスが勝負できるのはこの攻撃力テストだけ。ここで点を稼げなければ、もうチャンスはない。



そもそも、ルーカスは天才の妹の陰から抜け出そうとは思っていない。



だからこそ、周りが「あの一撃の秘密」を勝手に勘違いしてくれるのは、願ってもないことだった。



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