アルティメア魔法学園の一年一度の新入生試験日がやってきた。先輩たちは新人たちを手厚く迎え、それぞれの顔には笑顔を浮かんでいる。この日だけは学院ポイントを稼ぐ絶好の機会だからだ。
昨晩、学院外の宿泊施設に一泊したルーカスは妹を連れて、入学試験の受付場所にやってきた。
小柄で可憐なジュリアは、受付に並ぶ他の人々よりも明らかに背が低く、12歳未満に見えるため、多くの視線を引きつけた。
「なんて可愛い女の子だ。彼女も入学試験に参加するのかよ?マジか!」
「お兄さんの方もイケメンだな。間違いなく兄妹だってわかるよ」
「こんな可愛い妹が欲しいな。羨ましい!」
そんな中、黒縁眼鏡をかけ、紫色の見習いローブを身にまとった少女が笑顔でジュリアの前にやってきた。そして、膝をついて微笑みながら尋ねた。
「お兄ちゃんの付き添いで来たのかな?」
ジュリアは大きな瞳をぱちぱちさせると、怯むことなく誇らしげに小さな頭を上げ、自分を指さして言った。
「一緒に入学試験を受けるに来たの!」
生徒会副会長のミーナは一瞬驚いたように目を見開いたが、何かを思い出したようにさらに笑顔を広げた。
「あなた、ライアン家のジュリアさんね」
副会長であるミーナは、今年の入試参加者リストを事前に受け取っていた。その中でも特に天才クラスの特別推薦リストは彼女が念入りに確認していた項目だ。学園の5つの分院の将来を左右する人材の募集に関わるからである。
ルーカスとジュリアは驚いた。まさか目の前の紫ローブの眼鏡少女がジュリアの素性を言い当てるとは思わなかったのだ。
「どうして私のこと知ってるの?」
ジュリアは目を丸くして不思議そうに尋ねた。
ミーナはそれには答えず、微笑みながら遠くの受付を指さした。
「行きましょう。書類手続きを手伝ってあげる」
「でも、お兄ちゃんも一緒だよ」
ジュリアはついて行かずに、ルーカスに視線を向けて意見を求めた。
その時、ミーナは初めてルーカスに目を向け、哀れむような眼光を瞳に浮かべた。
「ライアン家のルーカスさん、今年の武道クラスの試験に参加するんですね」
ミーナの声は大きくなかったが、「武道クラス」という言葉が受付で忙しく働いていた周囲の人々の耳にしっかり届き、瞬く間にざわめきが広がった。
「武道?珍しいね」
「可哀想なやつだ。アルティメア魔法学園で武道を学ぶなんて、今まで聞いた中で一番ジョークだ」
「そもそも、なんで学園に武道クラスなんてものがあるんだ?」
「武道なんて、もう廃れたものだよ。魔法こそがすべてだ」
「まあ、武道を学ぶ間抜けな大男なら、魔法使いの従僕としては適任だね。訓練された魔獣より役に立つかも」
「イケメンだし、将来は私の従僕にしてあげてもいいわ」
ルーカスの聴覚は鋭い。どんな小声でも聞き逃すことはないが、彼は全く気にしていなかった。
異世界に転生してから6年、武道がどれほど廃れて侮蔑されているかは十分に理解していた。
ましてここはアルティメア魔法学園。帝国の崇高な魔法使いの卵である生徒の中に、将来の希望もなにもない武の道を進む学生が紛れているのだから、皮肉めいた言葉が飛び交うのも無理はない。
本当のところ、両親の期待を裏切らないために、ルーカスはこの入験に参加している。
フォーデンの話によると、入試資格を得るために、母は十年以上も縁を切っていた厳格な父――つまりルーカスの祖父にあたり、ダクト城の三大貴族の一つ、ミランダ家の当主ミランダ・ソールにまで頭を下げたという。
家族とともに平穏で快適な生活を送りたいルーカスの人生設計には、魔法学園などという場所に来ることは含まれていなかった。
しかし、母の期待を裏切ることはできない。
それに、魔導士は本当に武人よりも強いのだろうか?
おかしいと感じるのは、ちょっかいを出してくるジェレミーも、昨晩倒した盗賊団の頭領も、魔法を使う連中だった。
ルーカスからすれば、彼らは無力で取るに足らない存在だ。
返答がないのを見て、ミーナは再び声をかけた。
「一緒に来なさい。私が書類手続きの手伝いをして、試験会場まで案内してあげるわ」
「はい、お願いします」
ルーカスが礼儀正しく微笑むと、それだけでミーナに激震が走った。
容姿が非常に整っている子で、笑顔がとっても素敵。
なのに残念なことに……
彼は魔法とは無縁の武人の道を歩む。
どれほど頑張っても、並みの魔法使いにすら遠く及ばないだろう。
受付にて、ルーカスとジュリアはそれぞれの入試招待状を提出した。
ジュリアの金色の招待状を見た受付を担当する先輩は、これ以上ないほど明るくニッコリとした表情を浮かべた。
だが、ルーカスの招待状を受け取った際、受付係の目が「武道」の文字に留まるや否や、その表情は瞬く間に曇った。
副会長であるミーナがいたおかげで、手続きは無事に進んだ。
しばらくすると、ミーナの案内によりルーカスとジュリアはサッカー場ほどの大きさの会場に入った。
会場に入り、書類を提出すると、二人は学園の創設者大魔導士アルティメアの肖像が印された魔法バッジをそれぞれ受け取った。これが入学試験中の証明となる。
その後、ミーナはジュリアにこっそり何かを耳打ちし、笑顔で会場を後にした。
「ジュリアちゃん、頑張ってね。特設科の分院で待っているわ!」