食卓を囲むライアン一家。当主のホルトは話しをルーカスに向ける。
「いよいよ魔法学園の入学試験だな、ルーカス」
「魔法を感じ取れなくても、武道を修めることはできる。道は険しいが、強くなる一つの道筋ではある。お前らしく励むがいい」
父の言葉を真剣に受け止めるルーカスの横で、兄ジェレミーの顔には軽蔑が浮かんでいた。彼は隣に座る母親(ホルトの第二婦人)へ小声で囁いた。
「父上はなぜあの無能を諦めないんだ!アルティメア魔法学園にあいつが入ったら、俺の恥になるだけだ!」
気品あふれる美貌のジェシカだったが、息子の不作法を見過ごさず、ジェレミーの腕をきつくつねり、叱りつけた。
「お父様がせっかく家に戻られたのよ。不満があるなら、後にしなさい。ちゃんと話しを聞くのよ」
母子のやり取りに気づかないホルトはルーカスへ向けた励ますような微笑みを崩さなかった。
「アルティメア魔法学園は今年から武道クラスを設置されたらしいぞ。だから、気を落とすことはない。父さんはいつだってお前の後ろ盾だからな」
ルーカスは父の言葉に力強く頷き、胸の奥から込み上げてくる熱い想いを感じていた。ホルトへの敬意と感謝は、この6年間で確固たるものになっていた。
ライン家は貴族の名を冠してはいるものの、辺境の小さな町に暮らす没落貴族だった。そんな家族を支えるため、ホルトは長い年月家を離れ、帝国辺境の騎兵団を率いて魔獣討伐に明け暮れる日々を送っていた。
風雨に晒され、荒野での粗末な食事や野宿を繰り返し、時には負傷することも珍しくなかった。それでも彼は一度たりとも家族に弱音を吐くことはなく、そんなホルトの背中にルーカスは前世に病で亡くなった父の姿を重ねていた。
魔法を習得できない『落ちこぼれ』とされるルーカスに対しても、ホルトは一切の差別をせず、むしろ他の子以上に温かく接した。父親の偉大さをルーカスは6年間で幾度となく実感してきた。
「お父様、私もお兄様みたいにアルティメア魔法学園に入りたい!」
突然の声に一同が振り向くと、妹のジュリアが目を輝かせて立っていた。その可憐な姿に、ホルトは思わず目尻を下げる。
「ジュリア、お前はまだ8歳だろう。入学するには少し早いんじゃないか?」
だが、ジュリアはその言葉を待ってましたと言わんばかりにニッコリ笑い、懐から金色の封筒を取り出した。
「でもでも~お父様!アルティメア魔法学園の入学試験には毎年、幾つでも入れる天才クラスがあるんだって。ほら!」
ホルトが驚きつつ封筒を受け取ると、ジュリアの母である優雅な貴婦人の風貌を持ったキャサリンが微笑みながら補足する。
「昨日、学院から特別招待状が届いたんです。ジュリアを天才クラスの試験に招待したいと」
「なななな...なんと!わが娘の天才ぶりが遥か離れたダクト城の学園にも知られているとは!」
「近いうちに、ライアン家から偉大な魔導士が現れるかもな」
ホルトは豪快な笑い声を響かせた。
「いいぞ、ジュリア。ルーカスと一緒に行っておいで。入学試験の結果を楽しみにしているぞ」
ジュリアの笑顔はその言葉に応えるようにさらに輝きを増し、それを見たルーカスの心にも力強い決意が芽生えた。子供たちの明るい声に触発され、ホルトもまた穏やかな微笑みを浮かべていた。
その後、ホルトは重要な事を思い出したかのように、懐から2枚の古い金貨を取り出した。それらは帝国で流通している金貨よりもずっしりと重く、丸みを帯びた美しい形状をしており、表には荒々しい戦士の肖像が、裏には武士刀、巨大な斧、龍の槍が彫られていた。
「これは千年前、七国三海を統一したアルカナス大陸初の王国が発行した貨幣だ。現在では非常に希少なものとされている
この2枚は魔獣の討伐任務で、魔獣の腹から得たものだ。お前たちにお守り代わりに渡そう、もしかしたら、幸運をもたらしてくれる」
ホルトから受け取った古の金貨を見つめながら、ルーカスの視線はその肖像に釘付けになった。
これってまさか……6年前、転生直後に入ってきた、裸で筋骨隆々の精霊たち……そのものだ……
「父上、この金貨に彫られた人って?」
「武勇国を興した初代の王、マルスだ」
「マルス、ですか……」
その名を小さく呟き、ルーカスは心に刻み込んだ。
「武勇国の王……いや、武神マルス……千年前にアルカナス大陸を統一した英雄か……面白いな」
キャサリンの部屋では、ルーカスが母親が作ったデザートを賞味していた。
「ルーカス、プリンはどう?美味しいかしら?」
「ジュリアの分はもう召使いに持って行かせたから、気にせずゆっくり食べなさい」
キャサリンの優しい声が耳に届き、鏡の前にいるルーカスの心に温かな感情が広がった。
ふと、前世の記憶がよみがえり、キャサリンの穏やかで慈悲深い姿が、母の姿と重なり合った。
「秀一、ママの作った玉子焼き、美味しい?」
「もう、食べちゃったよ!ママ、また料理の腕上げたね!」
甘さ控えめで口の中でとろける味に、思わず目頭が熱くなったルーカスに気づいたキャサリンは、そっと頭を撫で、優しく語りかけた。
「大丈夫よ、ルーカス。もしかして、これからの寮生活が心配なの?」
「ダクト城はそれほど遠くないわよ。馬で行けばたったの2日で着くわ。ジュリアとあなたに会いに行くから、安心して。
あなたの好物も作って持っていくわ。もちろん、新しいお友達にもたっぷり作ってあげるわ」
キャサリンの優しい声と、6年間受けてきた愛情に、ルーカスの心は穏やかに解きほぐされていった。その瞬間、前世の家族と異世界の家族への想いが一つに交じりあった。
ルーカスの胸には、強い決意が芽生えていた。
「ああ、今度こそ、父さんと母さん、そしてジュリアの期待に応えてみせる……!」