カルミナ帝国の国境近くにある小さな町へと、物語の舞台は移り変わる。
町の東には古くから伝わる星紋儀式台があり、今まさに六年に一度の「天恵の祝福」の儀式が執り行われていた。
カルミナ帝国の六歳に満たない子供たちが家族に連れられ参加していた、祭壇に集った子供たちは、捧げた供物を通じて神々の祝福を受けるのだ。
伝承によれば、供物が珍しく高価であるほど、神との契りが固く結ばれ、祝福の加護もまた増すとされる。
今年、この儀式に参加するライアン家は、二人の子供を連れていた。当主ライアン・ホルトの第六子ルーカスと第七子ジュリア――端正な顔立ちを持つ兄と愛らしい妹の二人だった。
祭壇の中央で無邪気に立つジュリアの口には、棒付きキャンディーがあった。それが儀式が終わるまで彼女を静かにさせるための策であることが容易に想像できた。
興味深げにジュリアが周囲を見回している中、父ホルトは堂々とした足取りで祭壇に歩み寄り、一目でその稀有なる価値が伝わる品――「雷の痕」を捧げた。
供物が捧げられしその時、魔法陣が発動し星紋が青白く輝き出し、雷鳴遠方より響き、精霊たち姿を現す。
精霊たちは青白く輝く小さな妖精のようで、微かな電流音が風鈴のように透き通りながらも、稲妻のように力強い音が交じり合い、どこか幻想的な印象を与える。
そして、精霊がジュリアの額に次々と吸い込まれていった。その姿は、まるで神の祝福そのもののように、祭壇の周りに立つ者たちの視線を釘付けにしていた。
1体、2体、3体……6体、7体……。
その様子を見守る人々の間から、驚きの声が次々と上がった。
「なんと、雷神カイオスの祝福を受けたぞ!」
「しかも七 精 霊
「ここ十年で一番の祝福かもしれないわ!」
「ああ、羨ましい!ライアン家の未来は安泰だな!」
群衆からの称賛に、ホルトは満足した表情を浮かべ、ジュリアを連れて祭壇から降り、期待を込めて息子に視線を向けて言った。
「次はお前の番だ、ルーカス」
ルーカスの容貌は母親譲りの端正さで、幼さを残しながらも将来多くの少女たちを虜にする運命を予感させるものだった。ルーカスが自信満々で歩むと、父ホルトも誇りげに微笑んで見守っていた。
ホルトは執事に取り寄せさせた供物――火の力を宿した名刀を慎重に祭壇へ持ち込んだ。
武士刀より立ち昇る熱気は、実体なき炎と化し、揺らめきながら凄烈なる覇気を放っていた。「雷の痕」を凌ぐこの名刀は――ホルトがほとんど全財産に等しい資金を投じて手に入れた逸品だった。それほどまでに、息子ルーカスへの期待は大きかった。
刀が捧げられると、星紋が再び輝き始めた。青白い光とは異なる、より眩い赤熱の輝きが陣を満たし、辺り一帯を包み込んだ。
その場に居合わせた誰もが息を呑み、次に何が起こるのかを見守った。
「先ほど以上の天恵が降り注ぐだろう」――見守る者たちの間に期待が広がっていた。
だが、次の瞬間、誰も予想しなかった異変が訪れた――輝かしい光芒が突如として消え去り、祭壇には不気味な静寂が訪れた。
ルーカスは突如その場に崩れ落ち、意識を失った。血の気を失った顔と閉じられた瞼は、まるで命の灯火が消えかけているかのようだった。
同時に、名刀を包む奇怪な炎が現れ、轟々と燃え上がる焔の中、刀は瞬く間に鉄水へと溶け落ちた。
「これは一体どういうことだ!何が起こったんだ!」
「ライアン家の子供が……火神の呪いを受けたのではないか……」
驚愕と恐怖に包まれる群衆の中、白衣をまとった祭司が冷静に結論を下した。
「これは神の拒絶だ」
「ライアン・ルーカスは魔法の始祖に忌み嫌われた子供なのだ」
それは、期待が絶望へと反転する瞬間だった。意気揚々と祭壇を訪れていたライアン一家は、意識を失ったルーカスを抱え、落胆の表情を浮かべながら帰路についた。
三日後、ベッドに横たわっていたルーカス(秀一)は、ゆっくりと目をわずかに開き、
部屋に誰もいないことを確認した後、ようやく目を大きく開き、その幼い顔に驚愕の色を浮かべた。
「俺は……転生したのか?」
フラフラする意識を立て直し、今の状況を把握する。
「待て待て、神に拒絶された没落貴族の坊ちゃんって、どんなハズレ転生コースだよ……」
……
一方、アルカナス大陸の上空に広がる神々が存在する高位空間――神魔の間にて、火神は憤怒のまま、愛用していた炎帝の玉座を蹴り砕いた。
「何たる不敬か!
我が存在を脅かしたその刃を、供え物として捧げるとは……耐え難き愚行よ!
あの粗野な肉体頼りの暴れ馬に、我が及ばぬとでも嘲るつもりか?
なおも我の加護を得ようと望むか。子供の魂を引き裂くに留めたことこそ、我が示しうる最たる慈悲よ」
同じ頃、最凶と謳われる神魔の空間の一つ、「天源の窟」にて、武道の極致に達し、神格の領域に至ったマルスという神がいた。さらなる高みを求め、今まさに高位の世界へと旅立とうとしていた。
次元の壁を越え、未知の地へと踏み入れようとしたその刹那、マルスの動きが止まった。
何かを察知したマルスの低い声が静寂を破った。
「懐かしい気配だ……昔、俺がアルカナス大陸で振っていた名刀『裂空』ではないか?
刀たるべき器が、火神の狭量ゆえに破壊されるとは……
まぁ、奴の弱きことよ。三割ほどの一振りしただけで、その存在を危うく消し去りかけたわ
武の道こそが我が生き様、その中で信徒を募ることなど些末なことよ
一万年の時の果てに、かつて魔法と肩を並べし武道が、ここまで衰退するとは…
がっはっはっ、武神などという大任、我のような者にはふさわしからぬな」
我が歩みは止まらぬ。今、高位の世界へ進み、我は武の頂を追い求める。一万年の怠惰を償うべく、後世にいくばくかの種を残してゆかねばなるまい。
「ほう、異世界の転生者か。小さき者よ、我を失望させるでないぞ」
マルスの威厳に満ちた声が響き渡り、神と化して一万年の間の沈黙を破り、初めて大地へその加護を降した。
ルーカスの寝室で、奇妙な力が突如として全身を貫いた。その瞬間、彼の脳裏に「神の祝福」特有の啓文が現れた。
「武神…?
アルカナス大陸の上位神に武神なんていたっけ?」
俺が転生したのは魔法の世界だったはずだ。
ルーカスの体に残された記憶は秀一に引き継がれていた。そのため、この祝福にひどく困惑した。
「この世界では、精霊を授かり、魔法を極めることが王道なんだ
武道?はぁ、なんだかあまり強そうには思えないんだけど……!
頼むから、他の祝福に変えてくれよ……」