お元気ですか。こちらはまだ閉口中。
そちらで、思う存分喋って来て、帰省の時にはお話しましょう(筆談で)。
最近、時間感覚が変わりまして、ゆっくり考え事をするようになりました。
閉口のせいです。これのおかげ、とはしたくないのですけど……。
昨日はこんなこと考えました。
もしも人間にテレパシー能力があったら……こういう想像は簡単なのですけど、
声で思念伝達ができるのも、今思えばすごかったと思います。
合図の範疇を超えたことができる〝すぐれもの〟なのです。
だからこそ、転用、悪用、利用の勝手がきくのです。(自分でも偉そうだと思う)
主義主張に声を使い、机上の空論に声を使い、 形のないものに形があるようにしました。とかです。
あと、ドラマのシーンも「あ、思いが届いた」っていう演出が増えましたし。
それの方が、ドラマチックになるからでしょうね。他の人もいろいろと考えています。
でも手をたたいて振り向かせるのは、どーも野暮ったいと思いませんか?
いまなんて口パクと同時の字幕の放送実験中ですよ。(テレビ業界あたりがです)
聞こえてるって体裁の。
もう閉口前の再放送がいい、と近所の友人も言います。(モチロン筆談)
わたしは過去の自分を振り返って、考えています。
物語の演出みたいな、思いの強さに気がついて振り向くなら、声は要りません。
ただ現実なので、当時は声が大きいから振り向いただけです。
わたしは思いについては、あとで確かめてた、と気付きます。
態度の大きさに気圧されるなら、言葉はありませんが、態度だけでは、思いは誤解されてしまいます。
まんべんなくがいいのかな、と考えています。あの当時は、声だけじゃなかった。
文章も、身振りも、なにもかも使えたはずでした。
後悔が、いまさら感じます。
長々と失礼しました。
早く帰ってきてくださいね
そちらの出来事を、わたしが行って聞ければいいのですが……
とにかくお持ちしてます。
※すべて原文のまま(誤字もそのまま)※