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026 狂犬レディー

「え? ウソォ!?」


「さっさと入るにゃ」


 いまアタシの目の前にあるのは豪邸だった。


 言っちゃ悪いけど、こんな田舎町には相応しくない。さっきみた酒場や、冒険者ギルドよりも大きい。


 お城と言われたら信じちゃうほどの立派な門構え。円柱には金ピカなオブジェクトまで乗ってるし、盆踊り大会ができそうなほど広い庭は、隅々まで手入れが行き届いているようでゴミひとつ落ちていない。


「盗みに入るの?」


「馬鹿なこと言うなにゃ! ウィルテの家にゃ!」


 ユーデスも「マジか」って言ってる。本当にそうだ。彼女の家には見えない。


 ウィルテに引かれるまま中に入ると⋯⋯


「お帰りなさいませ。お嬢様」


「怖い! な、なに!?」


 なんか強面のゴツいオジサンが燕尾服を着てる!


 顔と服が合ってない! 顔がヘビー級チャンピオンのボクサーみたいだ!


 アタシが一番苦手なタイプだ!


「⋯⋯デモスソードとは斬り合う勇気があるのにねぇ」


「あの時は必死だったの!」


「んにゃ?」


 あ! マズイ。普通にユーデスと会話してた。


 幸い、ふたりともアタシの独り言だと思ったみたいだけど。


「コレは執事のゴイソンにゃ」


「し、執事⋯⋯ゴイソン⋯」


「はじめまして。ゴイソンと申します」


 やっぱ声低い! それに目が怖い! 入れ墨入ったスキンヘッドと、なによりも三白眼が怖すぎる!!


「⋯⋯ウィルテ。あ、あなた、よい所のお嬢様だったの?」


「見た目と風格で解りそうなものにゃ」


 分かんないよ! 守銭奴っぽかったし!


 でも、口に出して言えない! 


 ゴイソンさんにブン殴られるかもしんないし!


「んー。でも、やっぱゴイソンみたいなのはダメにゃ?」


 アタシはウィルテの背中に隠れている。情けないけど、ゴイソンさんみたいなのは本当に苦手。


「お嬢様。こちらは?」


「レディー・ラマハイムにゃ。ウィルテのパートナーにゃ」


「おお! ついにお嬢様にもお友達が! 亡くなられた旦那様と奥方様もきっとお喜びに⋯」


「ヒィィッ!」


「?」


 泣いてるようなんだけど、顔が怖すぎて、歯軋りして怒りを我慢してるようにしか見えない。


「友達じゃなく、仕事仲間にゃ。そういうの止めるにゃ⋯⋯で、腹減ったにゃ。まずは食事にゃ」


「はい。かしこまりました」




──




 フカフカの白パン。揚げた鶏肉に甘だれをかけたもの。アボカドっぽいものが入ったサラダの盛り合わせに、玉子と豆の入ったちょいピリ辛風のスープ。それにデザートにはイチゴのジェラート。


 今まで乾燥パンや干し肉を茹で戻したものばかり食べてきたけど、数日ぶりにまともな食事にありつける。


 綺麗な皿に盛り付けられてるだけでも、ホカホカの湯気が立ってるだけでも幸せだ。


 ああ、ちゃんとした食事なんだと思わせる。


 けれど⋯⋯


 なんで、この家の使用人は皆、怖い顔してんの!?


「レディー様。まだパンはございますよ。よろしければ、お取り分けいたしましょうか?」


「ヒッ!」


 顔面傷だらけのオジサンが話しかけてくる!


 燕尾服似合わないよ! 肩にトゲトゲがついた世紀末風の服が似合うよ!


「レディー様。食後のお飲み物はいかがいたしましょう?」


「ッウ!」


 モヒカン!


 やっぱり世紀末からいらっしゃったに違いない! 盗んだバイクでハッチャけてらっしゃいそう!


「レディー。いちいち、ビックリしすぎにゃ」


「だ、だ、だって⋯⋯」


「人相が悪いのは元山賊だからにゃ」


「山賊!?」


「ウィルテの親父がそこそこ強かったんで、山賊だったコイツらをボコボコにしたんにゃ。それから改心してこの家の使用人になったにゃ」


 ど、道理で恐ろしい風貌をしているわけだ。


「こういうのは初めが肝心にゃ! 舐められたら終わりにゃ!」


 何を思ったか、ウィルテはいきなり自分のスープの皿を投げつける!


「ゴラァ! スープが薄いにゃぁ! 誰にゃ、こんな水みたいなモン作ったのはぁ!」


「「「申し訳ございません!」」」


 使用人が揃って頭を下げる。怖いけど態度は紳士だ。


「さあ、レディーもやるにゃ」


「で、できるかぁ! ⋯⋯あ、スミマセン。大きな声出してスミマセン! デヴのくせにスミマセン!!」


「デヴ?」


 使用人さんたちが一斉にアタシを見た!


 怖い! 怖すぎる!


 沈められる!


 間違いなくどこかに沈められる!!


「⋯⋯はー。仕方ないにゃ。こりゃ荒療治が必要にゃ」




──




 アタシは食事後、ウィルテの家の地下室に連れて来られる。


「⋯⋯な、なんで椅子に手足を縛られてるの?」


 そうだ。アタシは地下でいきなりウィルテに羽交い締めにされ、椅子に括りつけられていた。


 ユーデスが「拘束プレイ最高♪」とか言ってるけど、アンタの趣味なんてどーでもいい! この前からセクハラ発言しかしてないから!


「こんなことはやりたくにゃいにゃ。でも、レディーの為にゃ⋯⋯」


「お嬢様。本当に?」


「やれ、にゃ!」


「え? なに? なにをしようと⋯」


 ゴイソンさんたち使用人がアタシを囲む。


「い、イヤ⋯⋯」


「レディー様。申し訳ございません」


 え? なんで謝ったの?


 な、なにを⋯⋯


 ゴイソンさんが大きく息を吸って、そして額に血管を浮き立たせる。


 イヤイヤイヤ!


 怖い怖い怖い!


 怖すぎる!!!


「あー!? やんのかゴラァ!」


「ヒィィッー!」


 アタシは泣いた!


「なにガンつけとんのじゃ、このガキャァッ!」


「キィイヤァー!」


 アタシは漏らしそうになった!


「やんのか! 潰すぞ! グォオラァ!」


「ゴメンナサイッー!!」


 土下座したいけどできない!


「こっち見ろや! オイオイオイッ!」


「見れませーーんッ!!」


 どっち見ても怖い顔!!


 まぶた閉じたのを無理やりこじあけないでー!! 


 もうイヤァーー!


 怖い! 強すぎるぅ!!


 あ⋯⋯


「さあ、言い返すにゃ! レディー! 気合にゃ!」


「⋯⋯お嬢様。レディー様が失神しておられます」


「は? ⋯⋯えー。仕方ないにゃ。これから朝昼晩これを繰り返すにゃ。これもパートナーのためにゃ」


「それはそうとお嬢様。先程から気になっていたのですが⋯」


「ん? なんにゃ?」


「⋯その、なぜお嬢様とレディー様はビキニアーマーをお召しに?」


「レディーの趣味にゃ」


「⋯⋯左様でございましたか」


「なんか文句あるにゃ?」


「⋯⋯滅相もありません」




── 




 それから3日後。


 再び、酒場に赴くレディーとウィルテ。


 勢い良く扉を開き、強面たちが一斉に見やる。


 大事な部分しか隠してない、半裸の若い女子だ。


 下卑た笑みを浮かべ、遠慮なしに男たちはジロジロと見やった。


「おい。姉ちゃん。色っぽいねぇ〜。こっちきて酌しろよ」


 この中でも“猛り熊のベイズ”と呼ばれ、荒くれの誰からも一目置かれる男がそう言った。


 ウィルテはフンと鼻を鳴らす。


 そして、レディーはその男にツカツカと近づく。


「ヘヘ。素直な良い娘は好きだぜ。まだまだ小ぶりだが、可愛がってやるぜ⋯ンゴオッ!」


 ベイズの顔面にパンチが叩き込まれる!


「何見てんじゃ! 拝観料とんぞ!! やんのかァッ! ゴラァッ!!!」


 血走った眼で、ベイズの顔面をタコ殴りにするレディー。


 殺られる前に殺る⋯⋯彼女が3日間で学んだことはそういうことだった。


 そして、港町イークルに、“狂犬レディー”の名が知られ渡ることの始まりとなる出来事であった。

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