「え? ウソォ!?」
「さっさと入るにゃ」
いまアタシの目の前にあるのは豪邸だった。
言っちゃ悪いけど、こんな田舎町には相応しくない。さっきみた酒場や、冒険者ギルドよりも大きい。
お城と言われたら信じちゃうほどの立派な門構え。円柱には金ピカなオブジェクトまで乗ってるし、盆踊り大会ができそうなほど広い庭は、隅々まで手入れが行き届いているようでゴミひとつ落ちていない。
「盗みに入るの?」
「馬鹿なこと言うなにゃ! ウィルテの家にゃ!」
ユーデスも「マジか」って言ってる。本当にそうだ。彼女の家には見えない。
ウィルテに引かれるまま中に入ると⋯⋯
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「怖い! な、なに!?」
なんか強面のゴツいオジサンが燕尾服を着てる!
顔と服が合ってない! 顔がヘビー級チャンピオンのボクサーみたいだ!
アタシが一番苦手なタイプだ!
「⋯⋯デモスソードとは斬り合う勇気があるのにねぇ」
「あの時は必死だったの!」
「んにゃ?」
あ! マズイ。普通にユーデスと会話してた。
幸い、ふたりともアタシの独り言だと思ったみたいだけど。
「コレは執事のゴイソンにゃ」
「し、執事⋯⋯ゴイソン⋯」
「はじめまして。ゴイソンと申します」
やっぱ声低い! それに目が怖い! 入れ墨入ったスキンヘッドと、なによりも三白眼が怖すぎる!!
「⋯⋯ウィルテ。あ、あなた、よい所のお嬢様だったの?」
「見た目と風格で解りそうなものにゃ」
分かんないよ! 守銭奴っぽかったし!
でも、口に出して言えない!
ゴイソンさんにブン殴られるかもしんないし!
「んー。でも、やっぱゴイソンみたいなのはダメにゃ?」
アタシはウィルテの背中に隠れている。情けないけど、ゴイソンさんみたいなのは本当に苦手。
「お嬢様。こちらは?」
「レディー・ラマハイムにゃ。ウィルテのパートナーにゃ」
「おお! ついにお嬢様にもお友達が! 亡くなられた旦那様と奥方様もきっとお喜びに⋯」
「ヒィィッ!」
「?」
泣いてるようなんだけど、顔が怖すぎて、歯軋りして怒りを我慢してるようにしか見えない。
「友達じゃなく、仕事仲間にゃ。そういうの止めるにゃ⋯⋯で、腹減ったにゃ。まずは食事にゃ」
「はい。かしこまりました」
──
フカフカの白パン。揚げた鶏肉に甘だれをかけたもの。アボカドっぽいものが入ったサラダの盛り合わせに、玉子と豆の入ったちょいピリ辛風のスープ。それにデザートにはイチゴのジェラート。
今まで乾燥パンや干し肉を茹で戻したものばかり食べてきたけど、数日ぶりにまともな食事にありつける。
綺麗な皿に盛り付けられてるだけでも、ホカホカの湯気が立ってるだけでも幸せだ。
ああ、ちゃんとした食事なんだと思わせる。
けれど⋯⋯
なんで、この家の使用人は皆、怖い顔してんの!?
「レディー様。まだパンはございますよ。よろしければ、お取り分けいたしましょうか?」
「ヒッ!」
顔面傷だらけのオジサンが話しかけてくる!
燕尾服似合わないよ! 肩にトゲトゲがついた世紀末風の服が似合うよ!
「レディー様。食後のお飲み物はいかがいたしましょう?」
「ッウ!」
モヒカン!
やっぱり世紀末からいらっしゃったに違いない! 盗んだバイクでハッチャけてらっしゃいそう!
「レディー。いちいち、ビックリしすぎにゃ」
「だ、だ、だって⋯⋯」
「人相が悪いのは元山賊だからにゃ」
「山賊!?」
「ウィルテの親父がそこそこ強かったんで、山賊だったコイツらをボコボコにしたんにゃ。それから改心してこの家の使用人になったにゃ」
ど、道理で恐ろしい風貌をしているわけだ。
「こういうのは初めが肝心にゃ! 舐められたら終わりにゃ!」
何を思ったか、ウィルテはいきなり自分のスープの皿を投げつける!
「ゴラァ! スープが薄いにゃぁ! 誰にゃ、こんな水みたいなモン作ったのはぁ!」
「「「申し訳ございません!」」」
使用人が揃って頭を下げる。怖いけど態度は紳士だ。
「さあ、レディーもやるにゃ」
「で、できるかぁ! ⋯⋯あ、スミマセン。大きな声出してスミマセン! デヴのくせにスミマセン!!」
「デヴ?」
使用人さんたちが一斉にアタシを見た!
怖い! 怖すぎる!
沈められる!
間違いなくどこかに沈められる!!
「⋯⋯はー。仕方ないにゃ。こりゃ荒療治が必要にゃ」
──
アタシは食事後、ウィルテの家の地下室に連れて来られる。
「⋯⋯な、なんで椅子に手足を縛られてるの?」
そうだ。アタシは地下でいきなりウィルテに羽交い締めにされ、椅子に括りつけられていた。
ユーデスが「拘束プレイ最高♪」とか言ってるけど、アンタの趣味なんてどーでもいい! この前からセクハラ発言しかしてないから!
「こんなことはやりたくにゃいにゃ。でも、レディーの為にゃ⋯⋯」
「お嬢様。本当に?」
「やれ、にゃ!」
「え? なに? なにをしようと⋯」
ゴイソンさんたち使用人がアタシを囲む。
「い、イヤ⋯⋯」
「レディー様。申し訳ございません」
え? なんで謝ったの?
な、なにを⋯⋯
ゴイソンさんが大きく息を吸って、そして額に血管を浮き立たせる。
イヤイヤイヤ!
怖い怖い怖い!
怖すぎる!!!
「あー!? やんのかゴラァ!」
「ヒィィッー!」
アタシは泣いた!
「なにガンつけとんのじゃ、このガキャァッ!」
「キィイヤァー!」
アタシは漏らしそうになった!
「やんのか! 潰すぞ! グォオラァ!」
「ゴメンナサイッー!!」
土下座したいけどできない!
「こっち見ろや! オイオイオイッ!」
「見れませーーんッ!!」
どっち見ても怖い顔!!
まぶた閉じたのを無理やりこじあけないでー!!
もうイヤァーー!
怖い! 強すぎるぅ!!
あ⋯⋯
「さあ、言い返すにゃ! レディー! 気合にゃ!」
「⋯⋯お嬢様。レディー様が失神しておられます」
「は? ⋯⋯えー。仕方ないにゃ。これから朝昼晩これを繰り返すにゃ。これもパートナーのためにゃ」
「それはそうとお嬢様。先程から気になっていたのですが⋯」
「ん? なんにゃ?」
「⋯その、なぜお嬢様とレディー様はビキニアーマーをお召しに?」
「レディーの趣味にゃ」
「⋯⋯左様でございましたか」
「なんか文句あるにゃ?」
「⋯⋯滅相もありません」
──
それから3日後。
再び、酒場に赴くレディーとウィルテ。
勢い良く扉を開き、強面たちが一斉に見やる。
大事な部分しか隠してない、半裸の若い女子だ。
下卑た笑みを浮かべ、遠慮なしに男たちはジロジロと見やった。
「おい。姉ちゃん。色っぽいねぇ〜。こっちきて酌しろよ」
この中でも“猛り熊のベイズ”と呼ばれ、荒くれの誰からも一目置かれる男がそう言った。
ウィルテはフンと鼻を鳴らす。
そして、レディーはその男にツカツカと近づく。
「ヘヘ。素直な良い娘は好きだぜ。まだまだ小ぶりだが、可愛がってやるぜ⋯ンゴオッ!」
ベイズの顔面にパンチが叩き込まれる!
「何見てんじゃ! 拝観料とんぞ!! やんのかァッ! ゴラァッ!!!」
血走った眼で、ベイズの顔面をタコ殴りにするレディー。
殺られる前に殺る⋯⋯彼女が3日間で学んだことはそういうことだった。
そして、港町イークルに、“狂犬レディー”の名が知られ渡ることの始まりとなる出来事であった。