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011 怒りの剣

 人が目の前で死んだ……


 それも事故じゃない…


 首と胴体を斬り離されるだなんて……


 十数年も一緒に過ごしてきた母だ…


 愛情が生まれないわけがないじゃない……


 最期のお別れも言えず……


 こんな残酷なこと……


 私、望んでない……


 お母さんの長い髪に包まれたモノが階段の下にある。


 怖い…怖くて…見れない……


 お母さん…お母さん……お母さん…………


 ウソだ…こんなのウソだ……悪い夢よ……


「ほう。小娘、お前も封印の血筋か……ならばここで断っておかねばならんな」


 デモスソードが近づいてくる。


 次は私だ。


 お母さんと同じように、私も殺す気なんだ……


 逃げなきゃ…それは解っていても、身体が動かない…


「あ、う…」


「ぬう? もしや魔法も使えぬのか? ククク、抵抗もできぬか! これは愉快! 手足をもぎ取り、最大の苦痛と痴情を与え殺してくれよう! 憎きエアプレイスの末裔よ!」


 デモスソードがお母さんの胴体を踏む。


 コイツにとっては、お母さんも小さな障害物に過ぎないんだ… 


 そう思った瞬間、恐怖の言葉に埋め尽くされた私の頭は、冷水でも掛けられたかのようにピタッと静かになった。


 柱の下敷きになったおじいちゃんが、その腰に佩いた剣が私の視界に入る。


 剣の才能はない…


 けれど、何もしないままなら殺されてお終いだ…


 なら…!


 私は走る!


 いまはもう考えない!


 剣を取ってアイツを叩き斬ることだけ! 


「遅い。遅すぎるぞ。まさに鈍亀よな」


 やめて!


 私、デヴだった時にもう言われまくったことを言わないで!


 あの頃よりは少しは速く…


「頭を下げろ!」


「ム?」


 ギィン! と、剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る!


「お、お父さん!?」


 それは父グランバだった。


 傷だらけの身体だったけれども、両手に剣を握って、いまデモスソードと戦ってる! 


「お父さん! お母さんがッ!」


 私が言うまでもなかった。


 デモスソードが入り込んできた大穴からやってきたお父さんは、この現場を見てすぐに理解したんだ。


 頭の無くなったお母さん……


 柱に潰されたおじいちゃん……


 口の端から血が滲み出るほど、お父さんは奥歯を噛み締めていた。


 ここまで怒っているお父さんの顔は初めて見た……


「許さん! 貴様だけはッ!」


 お父さんの剣に金色の魔力が宿り、その強烈な一撃を受けて、デモスソードはわずかに退がる。


「これは…フゥム。強い。強い剣士は良い。良いぞ」


「なにが良いものかッ!」


「強さこそ、最も明確に己を表わす手段ではないかッ!」


 デモスソードの振る剣を受け、避け、まるで雷光のようなスピードでお父さんは何度も斬りつける。


 お父さんは強い。


 けれど、デモスソードは4本腕に加えて魔剣を持っている。


 最初、お父さんが優勢に戦っているかのように見えていたけれども、徐々に押され始める……


「ヌハハハッ! 魔力を剣技に乗せ、素の攻撃力を強化しているわけか! 人間にしてはよくやる! だが、そんなことであればワシも同じことができるぞ!」


 デモスソードの剣が、お父さんみたいに魔力を帯びる。しかも濃い紫の邪悪な色をしていた。


「なに!」


 今までダメージを与えられていたはずのお父さんの剣が、デモスソードにより軽く受け止められる。


 そうだ。デモスソードは全然本気なんか出していないんだ。


 ただ弄んでいるだけなんだ…人間を……


 私も…私も戦わなきゃ……


「さらに! ワシは魔剣の能力により魔法が使える!」


 デモスソードが下左腕の剣を掲げる!


 ダメ。お母さんを殺したあの魔法剣だ!


「お父さん、逃げて!」


「斬り裂け! “魔剣ストームマジック”!」


「グアッ!」


「お父さーん!」


 見えないほどの速度の疾風の剣閃。なんとか避けたお父さんだったけれど、額を大きく斬りつけられて、ついにヨロヨロと後退る。


「なかなかに愉しめた。今まで戦った人間の中で3本の指には入る強さだったぞ。このワシを前によく戦ったと褒めてやろう」


 哄笑しつつ、デモスソードは母さんの胴体を邪魔だとばかりに蹴り飛ばす。


「ひどいッ!」


 カッとなった私は走りだしたのに、デモスソードがニヤリと笑った気がした。


「出るな! レディー!」


 血塗れの父さんが私の肩を掴んでその場に押さえつける。


「挑発して飛び込ませる気だ…」


 血走った眼で、お父さんはデモスソードを睨む。


「しかし、奴は強い…。強すぎる。俺でも勝てん」


「そ、そんな……」


 血を流しすぎたのだろう。お父さんが数歩よろめく。


「お父さん! しっかりして!」


「俺の事は構うな。お、お前は逃げなさい」


「イヤだ! 私も、私もお父さんと一緒に最後まで戦う!」


 どんなに弱くたって関係ない。このまま私だけ逃げるなんて…そんなこと…


「聞きなさい。この城の地下に魔剣がある。お前はそれを持って逃げるのだ。その間は俺がデモスソードを食い止める!」


「魔剣?」


 そうだ。そういえば昔に父さんたちが話していた…。


 それはあのデモスソードが持っている物と同じ剣?


 もしかしたら、それさえあれば…


 お父さんがその剣を持てさえすれば…


「なに? そうはさせぬ! その剣はワシが手に入れてこそ意味があるもの!」


 お父さんは私を前に押し出すと、迫り来るデモスソードの剣を受け止め、そのわずかにできた隙間から私をさらに押しやる。


「行け! レディー! この世界の未来を頼むぞ!!」


「お父さん!」


 デモスソードが振り返ろうとした瞬間、お父さんが剣を振り、残っていた支柱を叩き斬る!


「なんだと!?」 


 柱が一気に崩れ落ち、デモスソードが私に放とうとしていた風圧攻撃が合わさって、瓦礫の山で道が塞がれた。


「おのれぃ! つまらん時間稼ぎを!!」


 瓦礫の先から剣戟が聞こえる。


 だけれど今の私にできることなんてない…


 涙を拭いて、私はさらに地下の奥底へと進んだ──

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