人が目の前で死んだ……
それも事故じゃない…
首と胴体を斬り離されるだなんて……
十数年も一緒に過ごしてきた母だ…
愛情が生まれないわけがないじゃない……
最期のお別れも言えず……
こんな残酷なこと……
私、望んでない……
お母さんの長い髪に包まれたモノが階段の下にある。
怖い…怖くて…見れない……
お母さん…お母さん……お母さん…………
ウソだ…こんなのウソだ……悪い夢よ……
「ほう。小娘、お前も封印の血筋か……ならばここで断っておかねばならんな」
デモスソードが近づいてくる。
次は私だ。
お母さんと同じように、私も殺す気なんだ……
逃げなきゃ…それは解っていても、身体が動かない…
「あ、う…」
「ぬう? もしや魔法も使えぬのか? ククク、抵抗もできぬか! これは愉快! 手足をもぎ取り、最大の苦痛と痴情を与え殺してくれよう! 憎きエアプレイスの末裔よ!」
デモスソードがお母さんの胴体を踏む。
コイツにとっては、お母さんも小さな障害物に過ぎないんだ…
そう思った瞬間、恐怖の言葉に埋め尽くされた私の頭は、冷水でも掛けられたかのようにピタッと静かになった。
柱の下敷きになったおじいちゃんが、その腰に佩いた剣が私の視界に入る。
剣の才能はない…
けれど、何もしないままなら殺されてお終いだ…
なら…!
私は走る!
いまはもう考えない!
剣を取ってアイツを叩き斬ることだけ!
「遅い。遅すぎるぞ。まさに鈍亀よな」
やめて!
私、デヴだった時にもう言われまくったことを言わないで!
あの頃よりは少しは速く…
「頭を下げろ!」
「ム?」
ギィン! と、剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る!
「お、お父さん!?」
それは父グランバだった。
傷だらけの身体だったけれども、両手に剣を握って、いまデモスソードと戦ってる!
「お父さん! お母さんがッ!」
私が言うまでもなかった。
デモスソードが入り込んできた大穴からやってきたお父さんは、この現場を見てすぐに理解したんだ。
頭の無くなったお母さん……
柱に潰されたおじいちゃん……
口の端から血が滲み出るほど、お父さんは奥歯を噛み締めていた。
ここまで怒っているお父さんの顔は初めて見た……
「許さん! 貴様だけはッ!」
お父さんの剣に金色の魔力が宿り、その強烈な一撃を受けて、デモスソードはわずかに退がる。
「これは…フゥム。強い。強い剣士は良い。良いぞ」
「なにが良いものかッ!」
「強さこそ、最も明確に己を表わす手段ではないかッ!」
デモスソードの振る剣を受け、避け、まるで雷光のようなスピードでお父さんは何度も斬りつける。
お父さんは強い。
けれど、デモスソードは4本腕に加えて魔剣を持っている。
最初、お父さんが優勢に戦っているかのように見えていたけれども、徐々に押され始める……
「ヌハハハッ! 魔力を剣技に乗せ、素の攻撃力を強化しているわけか! 人間にしてはよくやる! だが、そんなことであればワシも同じことができるぞ!」
デモスソードの剣が、お父さんみたいに魔力を帯びる。しかも濃い紫の邪悪な色をしていた。
「なに!」
今までダメージを与えられていたはずのお父さんの剣が、デモスソードにより軽く受け止められる。
そうだ。デモスソードは全然本気なんか出していないんだ。
ただ弄んでいるだけなんだ…人間を……
私も…私も戦わなきゃ……
「さらに! ワシは魔剣の能力により魔法が使える!」
デモスソードが下左腕の剣を掲げる!
ダメ。お母さんを殺したあの魔法剣だ!
「お父さん、逃げて!」
「斬り裂け! “魔剣ストームマジック”!」
「グアッ!」
「お父さーん!」
見えないほどの速度の疾風の剣閃。なんとか避けたお父さんだったけれど、額を大きく斬りつけられて、ついにヨロヨロと後退る。
「なかなかに愉しめた。今まで戦った人間の中で3本の指には入る強さだったぞ。このワシを前によく戦ったと褒めてやろう」
哄笑しつつ、デモスソードは母さんの胴体を邪魔だとばかりに蹴り飛ばす。
「ひどいッ!」
カッとなった私は走りだしたのに、デモスソードがニヤリと笑った気がした。
「出るな! レディー!」
血塗れの父さんが私の肩を掴んでその場に押さえつける。
「挑発して飛び込ませる気だ…」
血走った眼で、お父さんはデモスソードを睨む。
「しかし、奴は強い…。強すぎる。俺でも勝てん」
「そ、そんな……」
血を流しすぎたのだろう。お父さんが数歩よろめく。
「お父さん! しっかりして!」
「俺の事は構うな。お、お前は逃げなさい」
「イヤだ! 私も、私もお父さんと一緒に最後まで戦う!」
どんなに弱くたって関係ない。このまま私だけ逃げるなんて…そんなこと…
「聞きなさい。この城の地下に魔剣がある。お前はそれを持って逃げるのだ。その間は俺がデモスソードを食い止める!」
「魔剣?」
そうだ。そういえば昔に父さんたちが話していた…。
それはあのデモスソードが持っている物と同じ剣?
もしかしたら、それさえあれば…
お父さんがその剣を持てさえすれば…
「なに? そうはさせぬ! その剣はワシが手に入れてこそ意味があるもの!」
お父さんは私を前に押し出すと、迫り来るデモスソードの剣を受け止め、そのわずかにできた隙間から私をさらに押しやる。
「行け! レディー! この世界の未来を頼むぞ!!」
「お父さん!」
デモスソードが振り返ろうとした瞬間、お父さんが剣を振り、残っていた支柱を叩き斬る!
「なんだと!?」
柱が一気に崩れ落ち、デモスソードが私に放とうとしていた風圧攻撃が合わさって、瓦礫の山で道が塞がれた。
「おのれぃ! つまらん時間稼ぎを!!」
瓦礫の先から剣戟が聞こえる。
だけれど今の私にできることなんてない…
涙を拭いて、私はさらに地下の奥底へと進んだ──