「お父様! …ああッ! そんな…」
「おじいちゃ…ん?」
なんだか耳鳴りがひどく、視界がぼんやりしている…けれど、ついさっき会ったばかりの祖父が、頭から血を流して倒れているのが見えた。
ああ、なんてことだろう。
柱の下敷きになってしまったんだ。
「レディーは大丈夫?」
「う、うん。少し頭打ったけれど…」
「怪我は魔法で治すわ」
「おじいちゃん…は?」
お母さんは首を横に振る。
即死……それを知って、私はショックを受けていたが、お母さんはまるでいつもと変わらないような様子だった。
「さあ、立ちなさい」
なんで平気そうにしていられるの?
おじいちゃん…お母さんのお父さんが死んじゃったんだよね?
「しっかりなさい。レディー」
私の目を見据えて、お母さんが厳しく言う。
「いい。時間がないわ。すぐにこの場を…」
そう言いつつ私の手を引くお母さんが、ピタリと立ち止まった。
「…お母さん?」
その視線の先は、まだ真っ赤に燃え盛っている黄金の球があった。
「まさか…」
黄金の球が動いた。
まるで卵が孵化して割れでもするかのように、中から人型の何かがズルリと姿を現す。
「……久方ぶりよな。エアプレイス家の巫女よ」
反響する低い声で、卵の中身が赤い目を光らせて喋った。
「剣魔帝デモスソード…」
「母さん…知ってる…の?」
「ヌハハハハハッ!」
身に纏いつく炎を振り払い、その人型は身を起こした。
卵の殻だと思ったのは、それは昆虫の外殻のようにも見える、その人型の黄金色の鎧兜だった。
大きく拡げられた手は4本あり、それぞれに人間の背丈くらいはありそうな大剣が握られている。
そして、顔はおぞましい骸骨そのもの……
それか大口を開いてケタケタと笑っているのだ。
すぐにそれがアンデッドという種の魔物だということを私は思い出す。
「下がっていなさい。レディー。あれは魔王ブロゼブブと並ぶ、魔界の支配者にして、死霊たちの王」
「死霊たちの王?」
「ええ。しかし、詳しい話をしている時間はないわ。私が隙を作ります。あなたは何としてでもあの先へ…地下最奥を目指しなさい」
お母さんはそう言うと、私を庇うように前に出て魔法を唱え始める。
「今一度、封印してくれましょう! デモスソード! “封印のエアプレイス”を継ぐ、このナターシャ・リルレド・エアプレイスが!」
「痴れ者が! 何の策もなく、このワシ自ら攻め来ると思うたか!!」
「炎よ、邪悪を打払いたまえ…【ファイヤーボール】!」
お母さんは炎の玉を撃ち出す!
「つまらん魔法だ。だが、試すには丁度よい!」
デモスソードの上右腕が1本の剣を掲げる。
「その剣は…!?」
「消し去れい! “魔剣アンチマジック”!」
その剣が、母さんが放った炎の玉を呑み込む!
「……ううッ。まさか、その魔剣まで!」
「ヌハハハッ! これだけではないぞ! 斬り裂け! “魔剣ストームマジック”!」
デモスソードが下左腕に持つ別の剣を振る!
「レディー! 逃げなさ……」
剣から大きな風が吹き放たれたかと思った瞬間、私が目を一瞬だけつむってしまった。
私の何かが横をゴロゴロと転がっていく──
「お母さん……?」
私が目を開くと、そこには魔法を使おうと手を突き出したままの“身体”だけがあった。
じゃあ、いま転がって行ったのは……
振り返ると、そこにはお母さんの“頭”があった……