「よく来た。レディー・ラマハイムよ」
螺旋階段の先にあった通路、そこにいきなり現れた細面のおじいちゃんに声をかけられる。
おじいちゃんはニンマリ笑う。それはまるで蛇が笑ったみたいで……
どこかで見た覚えが…
「あ。お医者さん…」
そうだ。私が生まれる時にいた老人だ。
「医者じゃと?」
あ。でも、白衣じゃないわ。
あの時は確か真っ白な服を着てて…だから産婦人科の先生か何かとばかり…
今はなんか王冠をかぶってるし、貴族が着るような高そうなローブ着てるし、剣まで腰に帯びている……
「はて、赤子の時の記憶があるのか?」
おじいちゃんが母さんに尋ねる。
「さあ。お父様の話はしたことが…」
「お父様? …ってのとは、私のおじいちゃんってこと!?」
「そうだ。ナターシャは我が娘。エィギル・リルデド・エアプレイス。ワシがお前の祖父だ」
エィギル? それって…
「まさか王様? …このエアプレイスの? てことはお母さんは…」
お母さんは悲しそうな顔で私を見る。
「なら、もしかしてお母さんは王族ってことなの!?」
私は単なる中流家庭の娘じゃないの?
確かに父さんは戦士長だったけど…それは仕事上の立場であって、別に貴族というわけじゃない。
確か転生先には、贅沢できる身分にしないでって書いたハズだから……食っちゃ寝の百貫デヴになったら困るって……
ダメだ。なんだか頭ん中がグルグルしてきた……
「なんで今まで黙って…」
「混乱するのは分かる。きちんと説明せねばならないが、今はそれどころではないのは気づいておろう。巨大な敵が目の前にまで迫って来ておる」
「敵って…?」
「進みながら説明しよう。さあ、奥へ…」
薄暗い通路。不気味でヒンヤリとしていて、とてもそこは城の中とは思えなかった。
「本来、王族エアプレイスというのは権利ではない。“義務”なのだ」
「…義務?」
「そうだ。想像を遥かに越える責任が生じる。それを聞けば、誰も王などになりたいなど思わぬだろう。表向きにはその座を巡って権力闘争しておるが、あれは台本に書かれた茶番じゃ」
そうだ。エィギル王は年齢が年齢だから、その跡目を継ぐ王子たちがもうすでに水面下で争いを……そんな話を聞いたことがある。
「王となった者は、例外なく後悔するはずだ。得た権力には見合わぬ、その責任の重さにな。そして秘密を知ったことで死ぬまで命まで握られる。まったくもって割に合わんじゃろ」
「まったく意味が…」
「どどのつまり、ワシは単なるお飾りということじゃ。跡を継ぐ王子も同じ未来を歩むじゃろう。真のエアプレイスを継げる者は女しかおらぬ」
王様……帝王が飾りってどういうことなの?
「女が継ぐって…」
「そう決まっておるのだ。この空中城塞を制御できるのは、真の後継者たるエアプレイスの巫女しかおらぬ」
おじいちゃんは、お母さんをチラリと見やる。
「もしかして、お母さんが……」
お母さんは悲しそうに頷く。
「お父さんは…?」
「知っているわ。でも、周りには知られていない。隠す必要があったのよ」
「隠す? 何から?」
「それは……」
ドガンッ! という物凄い音と共に通路が吹き飛び、私たちは瓦礫に押し倒される!
肌を焼く強い熱風に煽られ、私は手足の感覚がなくなり、全身がバラバラになってしまったのではないかと思った。
「ううッ…。火の、球?」
倒れた私の目の前にあったのは、激しく燃え盛る巨大な黄金の球だった……