私はお母さんと一緒に城の中へと避難するよう言われた。
理由は魔物の襲撃と聞いたけれど、こんなことは初めてことだ。
お父さんは理由もろくに話さず、真っ先に兵舎の方へと走って行ってしまった。
「なにが起きたの?」と聞いても、お母さんは何も答えてはくれない。
「レディー。ついてきて」
「え? でも勝手に動いちゃ…」
今は城の共有スペースと呼べるロビーにいる。
ここには私たち以外の街の人たちも逃げてきていた。
私たちは軍のトップの家族だけれども、そうだとしても城の中を自由に行き来できるわけがない。
「ねぇ、母さんたらマズいって!」
「いいから」
母さんは私の言葉にも耳を貸してはくれず、城のさらに奥へと向かおうとする。
でも、無理だよ。だって廊下には見張りの兵士だっているし……
「え?」
お母さんが扉を開けても、兵士は何も言うことがない。
まるで見えていないかのように、微動だにもしない。
「お母さん?」
「…大丈夫だから」
私とお母さんは廊下を進んで行く。
大窓を見やると、飛竜兵たちが何かと戦っているのが見えた。
私はお母さんに呼びかけたけど、まるで興味がなさげで、黙々と先へ進んで行く。
そして、ある角部屋に辿り着く。
特に何か目立った変なところはないけれど、たぶん使用人とかが使うような裏方の場所なんだろう。
「えっと…ここってシーツとかを保管しとく部屋じゃないの? こんなところで何を…」
「……このリネン室の先に、隠し階段があるのよ。それが地下まで続いているの」
「お母さん? なんでお母さんがそんなことを…」
「……」
お母さんは何も言わず、リネン室に入ると、奥の棚を外し始める。
「なんで何も教えてくれないんだよ!?」
私はたまらなくなって、思わず母の腕を掴んで止めてしまった。
「…レディー。行けば分かるわ」
「行けば…って」
「これを外すのを手伝ってちょうだい」
まるで日常の軽い頼み事でもするように言い、お母さんは優しく微笑む。
真っ白なシーツを下ろし、はまっていた棚板を全部外してしまう。
お母さんは底板の四隅を確認すると、手慣れた手つきで木枠の部品で軽く叩いて浮かせ、それも取り外してしまった。
底板が外れると、母さんの言った通り、下に降りるための狭い階段が現れた。
「さあ、急ぎましょう」
狭い階段を抜けると、延々と下へと続く螺旋階段が現れる。
これは誰にも気づかれないよう、部屋と部屋の間に巧妙に造られたスペースなのだろう。
聞きたいことは山ほどあった。
ただひたすら階段を降りていく間、私とお母さんの間には沈黙しかなかった。
(転生しても、私は何も変わらなかった…)
親との関係は以前とまったく同じじゃないか。
父の期待に応えられない私。
私を慰めるだけしかできない父。
そして、すべてに無関心な母。
父にも、子供にも興味を抱かない人。
だから、私は卒業と同時に家を出たんだ。
彼らに行き先も伝えずに……
新しい家族とならちゃんとしてコミュニケーションが取れるハズだと信じていた。
私が醜い根暗デヴでさえなければ、きっと愛してもらえるものと……
「……私は、必要な…存在…じゃないの」
お母さんの背中に呼びかけようとしたちょうどその時、視界が開けて……
「よく来た。レディー・ラマハイムよ」