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#7

 崩壊した三英町某市。数分前までの近未来都市の面影などもはやなかった。天候装置のバグも悪化し、雨はさらに勢いを増す。

 恐ろしい未確認生物と世界最高のAIとの闘いの幕がついに開けた。


〈アルファ、作戦を開始します〉


 アルファが冷静に告げる。


「おいあれなんだよ……こんなの映画でしか見たことねぇよ」


「なんであんなバケモノとイフ社のAIが戦ってるのよ……」


 避難していた市民たちはあり得ない状況に絶句。思わず見入ってしまい、逃げることを忘れてしまった。


〈今からAI血管によるターゲットの捕縛を試みます〉


 神経を人差し指に集中させたアルファは、巨大なホースのようなものを生成する。

 AI血管、それはルナが大学見学で見た医療器具であった。それを投げ縄のようにぐるぐると回し、勢いよく放つ。


 一直線にホークスに飛んでいく血管。ホークスは攻撃は貫通しないと鷹を括っているのか、微動だにせず受け止める。


 しかし血管はホークスの身体をたちまちに拘束。どんな兵器も通さなかった相手に一矢報いた瞬間だった。


〈う、うううううう……〉


 身体に纏わりついた管を剥がそうと躍起になるホークス。地面をのたうつようにもがいている。このままあっさりと決着が着いてしまうのだろうか。


 ――方や病院の出入り口前は人々でごった返していた。中にいる病人や医療従事者が出られない状況。院内の避難はストップしていた。


「ここには病気の人がいるんです!」


「お願いします! 早く出してください!」


 患者たち、見舞いに来ていたものたちが口々に訴えている。だがその声は虚しくも人々の喧騒にかき消えてしまう。


 雪崩のように押し寄せる群衆。その中にいるルナとモコだけがそんな光景に違和感を抱いていた。


 さっきまでのはしゃぎっぷりから一転、ルナは辺りを心配そうに見渡す。


「なんでみんな逃げないの? 危険すぎるよ」


「みんなきっと現実が受け入れられず、動けなくなっているんだと思います」


「そんな……」


 絶句するルナ。そんな彼女にモコは言った。


「ルナちゃん、今はみんなに避難するよう呼びかけましょう。考えるのはやるだけやってからにしましょう!」


 その提案にルナは顔を見合わせて頷いた。


「みんな早く安全な場所に逃げて!」


「ここは危険です! 立ち止まらないでください!」


 二人は人波をかきわけながら、出せる限りの声を張り上げる。


「お、おい逃げるぞ!」


「ありがとうお嬢ちゃんたち」


 その声で近くにいた人は我に帰って、避難を再開する。しかし、こんなに大勢の群衆をたった二人だけで避難させるには限界があった。


 ルナは青ざめた顔で言った。


「どうしよう二人だけじゃ全員に声が届かない!」


「こんなことで諦めちゃダメです! ルナちゃんはヒーローなんでしょ!」


「……」


 勇気づけるモコに、目を逸らしルナは何も言葉を返せない。さっきモコから励ましてもらっといて、また気持ちが揺らぐのか。そんな弱い自分にルナが嫌になっていた時――


「おいおい嘘だろ!」


 群衆の中の男の叫び声に、その場にいた全員が一気に緊迫する。


「え、なんで……」


 ルナも男が指差した方を見て驚愕。全身から血の気がサッと引いた。

 ホークスが自分の嘴で管を噛みちぎり、自由の身になったのだ。


「嘘、アルファの力が通じないなんて……」


 信じられないと言った顔でルナは呆然とする。

 ルナにとってアルファは完璧で究極のヒーロー。そんな彼女を脅かす存在がいたなんて――。


〈どうやら作戦失敗のようですね〉


 まるで威嚇するかのように翼を大きく広げるホークスに対し、アルファは臨戦態勢をとった。


 次の瞬間、ホークスは無数の羽根を放った。

 羽根はAIの処理速度より早かった。アルファは躱すことが出来ない。羽根はまるで狙っていたかのように、アルファの足に次々と突き刺さった。


〈足のパーツの損傷。今後ターゲットの攻撃を回避出来ません〉


 アルファは羽根を引き抜こうとするが、地面に食い込んでおりどれも抜くことが出来なかった。


 先程とは真逆の立場。さらにホークスは手を緩めずアルファに飛び掛かってきた。電気を纏った爪で何度も引っ掻いた。

 一撃。二撃。三撃。原始的な肉弾が、為す術のないアルファを蹂躙していく。


〈損傷箇所65パーセント。これ以上の戦闘は危険です〉


 アルファの目の光が点滅し、エラー音を鳴らしていた。


「アルファが死んだら俺たちも死ぬのかな……」


「やっ……やめて……考えたくない」


 市民たちも直実に迫るアルファの敗北を前に絶望感を漂わせている。


「どうしよう薄井さん……」


 このままだとアルファが負けてしまう。それだけじゃない、みんなアイツに殺される。

 ルナは血相を変えてモコに縋り付くしかない。


「大丈夫、大丈夫ですから」


 モコはそんなルナの肩に手を添えて落ち着かせようとする。それは自分の中の恐れを打ち消し、目の前で怖がっている少女を守ってあげてるかのようだ。


 モコはアルファとホークスに必死に目を凝らした。もしこれが人類の最後の日なら、一市民としてこの行く末を見届ける義務がある気がしたから。今の自分に出来ることはこれしか思い浮かばなかった。


 その時、それを眺めていたモコの目が、ある一点で止まった。彼女はルナの肩を離し、何かを指差した。


「どうしたの?」


 ルナは訊く。


「ルナちゃんあれを見てください」


 モコが指差した先にあるのは、ホークスだった。


「怪物の左足の下あたり......あそこだけ電気が流れてないんです。どうしてでしょうか?」


「……ほんとだ……」


 ルナは大きな目を見開いて驚いた。

 確かにモコの言う通りだ。冷静になれば見つけられるような違和感にどうして気付かったんだろう。


「思い出した......シャイニングラブにも確か似たような話があった。ものすごい強い敵なんだけど、身体の一箇所だけ他と違っててそこが弱点だったんだよ。もしかしたらあそこを集中して攻撃すればなんとかなるかもしれない」


 ルナがいうと、モコは眼鏡がずれるほどの勢いで振り向いた。


「ルナちゃん、お手柄じゃないですか! 私でもそこまでは分からなかったですよ」


「うぅん。ただボクはヒーローが好きなだけだよ」


 こんな自分でもヒーローのようにすごいモコに褒められるとこがあったなんて。もしかしたらそこを活かしたらいいのかもと、ルナの中で小さな自信に繋がった。


 しかし目の前の問題はなんら解決などしていなかった。


「アルファに早く伝えなきゃ」


「でもどうやって……ここからじゃ声が届かないし、アルファの近くに行くなんて危険すぎます。闘いに巻き込まれて死んじゃうかもしれません……」


「せ、せっかくいい方法が見つかったのに。何も出来ないなんて……」


 モコの言葉に、きゅっと唇を噛みしめるルナ。


 こうしている間にもアルファはボロボロになっていく。右腕が引きちぎられ、ナノマシンの破片が飛び散った。


「最後にママに謝りたかった……」


 ルナはそう嘆き、ふいに病院に目を向ける。

 そこには小さな奇跡が起きていた。

 閉じ込められてパニックになっていた患者たち。それを必死に励ましている看護師たちの姿があった。先程までとは裏腹に彼らは落ち着きを取り戻し、不安な顔は消え去っていた。


 そんな看護師の中にいた一人の女性を見て、


「ママ……」


とルナは声を漏らした。


 遠目からでも分かる。あれは母だ。

 きっと自分の娘が心配で仕方ないはず。それなのにそんな気持ちを押し殺し、目の前の困ってる人に寄り添うその姿。それをヒーローと呼ばずして、なんというのか。


 自分の夢のために彼女の仕事を否定した己をルナは恥じた。

 母も今必死に戦っている。

 もう逃げるのはお終いだ。


『......ヒーロー。シャイニングラブみたいなかっこいいヒーローになるの。パパのことは守れなかったけど、ママのことは守りたいんだ。なれるかな?』


 ルナの心に幼い自分が問いかける。今度こそは闇ではなく、光を照らすような言葉をかけてあげるのだ。


「なれるよ。たった今、ヒーローになるから。見ててね」


 穏やかな声でルナはそう返事した。あの頃、憧れのシャイニングラブが言った「あなたはヒーローになれる」という言葉を今こそ実現させる時だ。


「いかないと」


 ルナは病院に背を向け、ゆっくりと歩みを進めた。その一歩、一歩にひどく勇気を必要としながら。


「ルナちゃん!」


 その背中を見送るモコ。

 ルナに向かって告げた。


「……ヒーローになってきてください」


 それしか言う事が出来ない。

 それほどまでに迷いを振り切り、成長した彼女の背中が眩しかったのだ。

 そのままルナは小さく頷くと闘いの渦中へと消えていった。


 ルナは雨が降りしきる瓦礫の街を一直線に走った。一歩、一歩走るたびにセーラー服や髪が泥に汚れたが、そんなことは気にならない。


 しかし足がもつれて、転倒した。手を突く余裕がなくて、顔から落ちる。右頬を削られたような鋭い痛みに顔を顰める。


『誰かのために何かをしたいという優しい気持ち、それがあるだけであなたはもうすでにヒーローですよ』


 モコが捧げてくれた言葉。それを胸にルナの心はただ純粋に人助けの精神に突き動かされ、身を起こしてまた駆け出す。


「ヒーローは、こんなことじゃ、諦めない」


 もう、こんな形で一度は忘れかけていた夢を捨てるなんて嫌だ。失ってしまうのは、絶対に嫌だ。


 アルファの元まで辿り着く。彼女はかろうじて目の光を宿している。あとちょっと遅ければ、その身体が全壊していてもおかしくなかっただろう。


「……間に合って……良かった……」


 ルナは膝に手をつきぜえぜえと肩で息をする。息を整えている暇はない。


「アルファー!!」


 ルナは自分が今出せる限りの声で叫んだ。


 弱々しくこちらに首を向けるアルファ。まさかの事態に驚いているようだ。

 ホークスもルナに気付き、思わず攻撃の手を止めた。


〈……あなたは……西波ルナ……ここは危険です。速やかに退避して……〉


 事切れそうな声でアルファは言った。しかし、ルナは一歩も引かない。


「嫌……嫌だ……ボクはアルファを助けに来たんだっ!!」


 ルナは言葉を継いだ。


「アイツの左足を攻撃して! そこだけ電気が流れてない、きっと弱点なんだよ!」


 そこまで言い終えるとルナはもう一度息切れする。その顔は明らかに青ざめたようにみえる。


 アルファは消え入りそうな目でホークスの左足を目視する。彼女も起死回生の一手に気付いたようだ。


〈ターゲットの左足に欠陥を検知。勝利確率が上がりました〉


「ボクが時間を稼ぐからその隙に立って!」


 ルナの指示にアルファは頷いた。

 しかしホークスも黙ってはくれない。巨大な雄叫びをあげながら翼をはためかせる。邪魔をされて怒りが溜まっているのだ。


 台風のような突風がおきる。

 ルナは吹き飛ばされそうになるを必死に踏ん張りながら、前へ前へと進む。


 近づける限界まで来ると、目の前の灰を掴み、煙幕のように放った。


 煙幕が晴れ、黒いセーラー服が見えたのをホークスは見逃さない。大きく振りかぶった爪でセーラー服をぶっ刺した。


 しかしそこには人間の感触はなかった。セーラー服の上着が小さな瓦礫に被せられていただけだったのだ。


 背後から勝気な声がする。ホークスが振り返ると、黒タンクトップ姿のルナがいた。


「シャイニングラブ第三話は見たことある? その時に彼女が使った作戦なんだよね」


 シャイニングラブ第三話。ヒーローの力を使えないヒデミが、敵に使った囮作戦だ。


 オーディションで落ち込んでいた時にあのエピソードを観ていなければこの作戦を思い出すことはなかっただろう。

 ヒーローが好きということをモコが褒めてくれた。それがこんなとこでまたもや生きるなんて思っても見なかった。


 予想だにしなかった奇襲にホークスは対応出来ない。ルナはすかさず地面に転がっていた物体を掴む。アルファの崩れたナノマシンの破片だ。


「行っけぇぇー!」


 ルナは叫んだ。一人の女子高生に過ぎない少女が、アルファの破片を投げつけて、化け物に対抗しようと必死だった。


 だが、蚊に刺されたようなダメージしかくらっていないホークス。がむしゃらなルナに次こそは仕留めようと、羽根を飛ばした。


 風圧に負け、尻餅をついたルナ。羽根が彼女目掛けて飛んでくる。

 ギリギリまで頑張ったがここまでかと思った。その瞬間、ルナの前にワープゲートが出現した。羽根はゲートに飲み込まれ消滅していく。


「死ぬかと思ったー......」


 震える声でルナが言った側に、冷静だがどこか頼もしい声がした。


〈ご安心ください。あなたの命は私が守ります〉


 なんとか立ち上がっていたアルファがワープゲートを出現させてくれたのだ。


 アルファの復活にルナの顔がシャイニングラブが好きだった子供の頃のように輝く。そしてヒーローショーのようにこう叫んだ。


「シャイニングアークだよ、アルファ!!」


 ルナの言葉にアルファは瞬時にワードを検索。それはシャイニングラブの光の弓を持ちいた必殺技であった。


〈西波ルナ、私はあなたに感謝します〉


 アルファはルナに一瞥したのち、近場に折られていた鉄塔を掴む。鉄塔はアルファの身体と混ざり合うと、欠損していた腕の箇所が巨大な弓矢へと変形した。


 アルファは左手を突き出し、巨大な弓矢を構えた。周囲の瓦礫が舞い上がり、エネルギーが集束し始めた。


〈シャイニング•アーク!!〉


 黄金の矢は一直線に進みホークスに衝突。

 その巨体に星型の斬痕が刻まれ、終焉の叫びを上げた。

 そして弓矢は役目を終え、アルファの身体へと吸い込まれていった。


 その瞬間、群衆たちの歓声があがる。みな口々にアルファ、アルファとコールをし、彼女の勝利を祝った。


「ルナちゃん……どうか無事にいて……」


 その中にいたモコだけは祈るように両手を重ねていた。

 病院にいたルナの母は患者の肩に手を置き、安否の分からない娘に思いを馳せる。

 ニュースで一部始終を見るしかなかったハル。アルファの勝利に一先ずはホッと胸を撫で下ろした。


 イフ社のラボでもアルファの活躍で盛り上がっていた。

 助手の一人が興奮を抑えられないような顔で、


「やっと終わりましたね! アルファは医療だけでなく、ヒーローとしてもみんなを救うなんて素晴らしいじゃないですか!」


と沖永に言った。


 しかし沖永は心ここに在らずといった顔で、現場の映像を見つめていた。


「沖永博士、どうしたんです?」


「あ、あぁ......アルファはよくやってくれたよ......」


 心配する助手に沖永は急いで取り繕ってみせた。


 今回のアルファの活躍の裏に一人の少女の助けがあったことは誰に知られることもないだろう。

 それでもルナは満足した笑みを浮かべていた。ヒーローへの大きな第一歩を踏み出せたのだから。


 その時だった。急にルナの視界がぼやけた。


「あ……あれ……ボク、どうしちゃったんだろ……」


 そのままルナはふらふらと倒れ込んだ。

 小さな違和感を感じていた背中。そこから大量の血を流しすぎてしまったようだ。


 アルファは人間サイズに縮小し、ルナの側に駆け寄る。


〈西波ルナ、しっかりしてください〉


 必死に呼びかけるが、ルナは虚な目でこちらを弱々しく見つめるだけだった。


(ママ……ハル……薄井さん……シャイニングラブ......ごめん……。ボクってば、結局最後は失敗しちゃうんだよね……。ポンコツだなぁ……)


 ルナは薄れゆく意識の中色んな後悔が渦巻く。愛する母にちゃんと謝りたかった。親友のハルとまた他愛のない話がしたかった。自分を変える最後の背中を押してくれたモコと友達になりたかった。そしていつか子供の頃の憧れだったシャイニングラブの女優さんに会って、ヒーローを目指して成長した自分を報告したかった。

 もうそれが叶わないと知ると、それが悔しくて悔しくて仕方なかった。


〈西波ルナ、今から私が輸血をします。それまではどうか頑張ってください〉


 人工血液を生成しようとする。だが出血量が多く、生成が間に合わないことは明白だった。


 ルナは自分を救おうとするアルファを見つめながら、彼女と出会ってからの日々を走馬灯のように思い返していた。


(アルファ……最後の瞬間にあなたがいてくれて良かった……。ボクはあなたがいたから、強くなれた。前に進めた。優しさを知れた。そして困ってる誰かを助けたいと思えるようになれた……。ありがとうアルファ……本当にありがとう……)


 その時ルナは最後の力を振り絞り、アルファに言った。


「ボクは……」


〈西波ルナ喋らないでください。お身体に触ります〉


 アルファは人工血液のプラグをルナの身体に差し込む。    

 しかしルナは小さく首を振り、こう言葉を紡いだ。





「ボクは......あなたみたいに......なりたかっ......」




 最後まで言い終わらずに途切れた声。それがルナとアルファが交わした最後の会話だった。


 彼女の死を悟ったアルファは呆然とする。

 ルナの亡骸を抱き抱える。肉体からは体温がなくなり、徐々に冷たくなっていく。


〈西波ルナ……〉


 アルファはこの戦いの影の英雄を抱き抱えたまま、何処かへと飛び去った。



つづく

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