ここは三英町。SF映画のような近未来の街のど真ん中に、超高層ビルが立っている。
イフ・タワー。高度なナノテク機器の開発の最先端を走る大企業、イフ・インターナショナルの本社ビルだ。
そのイフ・タワーにあるラボの一室で、とある計画が進められていた。
「これから君は多くの人を救い、人類の希望となる」
緑色の液体が流れる培養ポッドの中で眠る女性型アンドロイドを見つめながら、沖永レイは言った。人型だが白黒ボディに金色のラインは特撮ヒーローを連想させる。沖永にとってこのアンドロイドは、生き甲斐そのものだった。
「起動させます」と助手の一人がタブレットを操作する。
ポッドのハッチが開くと、床に液体が流れ落ちる。全部流れ落ちた後、アンドロイドの目に温かな光が宿った。
「おぉ成功だ」
沖永が小さく声を漏らすと、ラボにいた助手達が一斉に喜びを表す。
アンドロイドはぎこちない足取りで一歩一歩、沖永の元へと歩み寄る。そして沖永の前まで来るとこう告げる。
「あなたが私のマスターですか? 私は――」
世界最高のAI、AlーPHA(アルファ)が誕生した瞬間だった。
●
雨の日。
ある人は悲しみの象徴、またある人は孤独のメタファー。
雨はネガティブなものとして捉えられがちである。
だが、私はそうは思わない。
ーー雨の日は悪くない。
私の友人のそんな優しい歌があるからだ。
本当にそんな日があるのなら、我々が生きていく現実にも微かな希望があるのかもしれない。
ーーそう、あの日も雨だった。
白い大きな壁があり、色とりどりのステンドグラスが綺麗な、荘厳な教会。
黒い喪服に身を包んだ人々が聖歌を聴きながら、喪に服していた。
棺は空っぽで死んだ人物が誰なのかが分からない。明らかに普通の死に方ではないことが分かる。
そんな教会の片隅に、幼い少女がぽつんと座り込んでいた。その手にはしっかりとヒーローのぬいぐるみを抱きしめている。
ーー西波ルナ。それが彼女の名だ。
「パパ......なんで......」
そう呟きながら、今にも泣きだしたい気持ちを必死に抑えるルナ。
亡くなったのは彼女の父親だった。
「こんな小さな子を残して、これからお母さんは大丈夫なのかしら?」
「家計が苦しかったって聞くし、多分保険にも入ってないでしょ」
「せめて父親としての責任を果たしてから死んで欲しかったわね」
不意の前方から親戚たちの声。
難しいことは分からないが、父の悪口を言っているんだと、幼いルナでも分かった。
どうして何も事情も知らない癖に勝手なことを言うのか分からなかった。
助けを求めようと母親の姿を探す。だが母は遠くで参列者に挨拶して回っており、娘の自分に構っている暇などないことは明白だった。
独りぼっちのルナ。持っていたぬいぐるみを強く抱きしめ、不安を和らげようとした。
このヒーローのぬいぐるみが本物のヒーローになってくれたらいいのに。そしたら今の辛い自分のことを助けに来てくれるかな。
いいや、そんなはずはない。ヒーローは今の母のように忙しくて、たった一人の女の子の所になんか来てくれる訳がない。
そう思うとさらに悲しみが増えてしまった。
とうとう抑えられなくなり、ぽろぽろと涙が溢れてしまう。
「あなた大丈夫?」
そんな悲しみに暮れるルナに、背後から声がした。
喪服を着ているが、その人物が誰なのかルナには一瞬で分かった。
綺麗なブロンドの髪にキリッとした顔立ちの女性。
抱きしめていたヒーローのぬいぐるみ、その本人が何故か目の前にいたのだ。
亡くなった父が憧れのヒーローと知り合いだったなんて、今まで知らなかった。
「シャイニングラブ......」
慌てて涙を裾で拭うルナ。憧れのヒーローを前に恥ずかしい姿は見せられない。
そんなルナに対し、ヒーローは優しく彼女を抱きしめた。
「今は泣いてもいいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ルナは我慢するのを辞めた。堰き止めていたダムが溢れるかの如く、わんわんと泣いた。
泣きじゃくるルナの頭を優しく撫でながら、ヒーローは励ます。
「あなたは大丈夫。あなたの未来は希望で満ちている」
「本当......?」
「本当よ。ヒーローは嘘はつかないわ」
「分かった。信じるよ」
他の誰かだったら信じられないような言葉も、ずっと憧れてきた存在からのものなら素直に信じられた。
ルナが笑顔になったことを確認し、安心したヒーローは抱きしめていた手を離す。
そして蒼い瞳でヒーローはルナを見据え、凛々しい声音で問いかけた。
「あなたの夢はなあに? お姉さんに教えて」
少し考えたのち、ルナは不安そうに答えた。
「......ヒーロー。シャイニングラブみたいなかっこいいヒーローになるの。パパのことは守れなかったけど、ママのことは守りたいんだ。なれるかな?」
こんな泣き虫じゃヒーローにはなれない。そう言われるんじゃないか、ルナがそう怯えているとヒーローはそれを打ち消すように即答した。
「あなたはヒーローになれるわ。願い続けていればきっとね」
「......う、うん!」
「よし! いい返事だ」
サムズアップをしてヒーローはルナを褒めた。
「お姉さん、ヒーローだからここで会ったことは内緒だよ」
別れ際にしーっと口元に人差し指を立てるヒーロー。かっこいい見た目とのギャップがあり可愛らしかった。
今までヒーローは不思議な力を使って悪と戦い勝利するからかっこいいと思っていた。
しかし、泣いている小さな女の子に寄り添い心を救ったその姿。それは、今までのどんなかっこいい姿も霞んでしまうほどにルナにとって衝撃的であった。
何だろう。こんな温かい気持ちは。
ルナはこの時誓った。自分もシャイニングラブのような大いなる力を持ちながらも、人々の心を救えるようなヒーローになりたいと。
そんな幸福な気持ちに包まれながら、ルナは目を覚ました。どうやら幼少期の頃の夢を見ていたようだ。
「あれ......なんで泣いてるんだろう」
夢のせいだろうか。ルナの瞳には一筋の綺麗な涙が流れていた。
今の自分の姿はボサボサの髪に高校のセーラー服。どうやら昨日は学校疲れで制服姿のまま寝てしまったからあんな不思議な夢を見てしまったようだ。
「あぁもうこんな時間じゃん」
スマホで時間を確認すると、もう家を出なければいけない時間が刻々と迫っていた。
シャワーを浴びてから行こうと思ったが間に合わない。一日くらい風呂に入らなくても大丈夫だろう。
今日は学校で三者面談がある日。遅刻するわけにはいかないのだ。
机に置かれていたタブレットで進路希望調査を急いで確認する。
そこには第一志望に「イフ看護大学」と記されていた。
ルナはタブレットを鞄にしまおうとした時、先程の夢の出来事がフラッシュバックした。
『あなたはヒーローになれるわ。願い続けていればきっとね』
憧れのヒーローの言葉。それが自分の今の人生に問いかけた。
「ボク、このままでいいのかな......」
つづく