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第15話 事故

 公園の遊歩道には、柔らかな木漏れ日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえていた。

 ノーマンたちはのんびりと遊歩道を歩き、公園の外に出ようとしていた。


「ちょっと待ってくださいまし!」

 ルリがみんなを制止する。

「古代の都市へ踏み込む前に、やっておきたいことがありますわ!」

 そう言うと、彼女は上を向き、目を閉じた。


 ルリの額のオーブが瑠璃色に輝き、全身が光を帯びる。

 次の瞬間、彼女の外見はルミノイドから人間の姿へと変わった。

 古代の人たちが身につけていた服をまとい、十五、六歳の普通の少女にしか見えない。


「ルミノイドが現代の人間と一緒に街を歩けば、目立ちすぎますから……」


「顔つきまで変わってんじゃん! どうやったの!?」

 加藤が興味津々に尋ねた。


「フィールド内の光の反射を操作して、見た目を変えたのですわ。別に変身したわけではないですの。」


「こういうこともできますわよ。」

 ルリが手を差し伸べると、加藤が瑠璃色の光に包まれた。

 すると、童顔で少女っぽかった顔立ちは、キリッとした印象の、女子校でモテそうな雰囲気へと変化した。

 服装も古代人の女性のものに変わっている。


「うわ! なにこれ!」

 加藤ははしゃぎながら駆け出す。

 だが、ルリから距離が開いた途端、シュワッと光がはじけ、元の姿に戻ってしまった。


「有効範囲は半径十メートルですわ! わたくしから離れないでくださいまし!」

 加藤が頭を掻きながらルリのそばに戻ると、再び古代人の姿になった。


「この顔、いいな!」

 小さな手鏡で顔を覗き込む加藤は、すっかり気に入った様子だ。


 ルリはカーラのほうを振り向いた。

「お姉さまも光学迷彩を使えるはずですわよ。」


「え! 私もですか!」

 カーラは少し驚いたようだったが、ルリと同じように上を向き、目を閉じた。


 額のオーブが赤く光り、カーラの身体が揺らぐように変化する。

 そして次の瞬間、二十歳くらいの普通の女性の姿になった。

 髪の色は黒く変わり、服装も古代人のものに。

端正だった顔立ちは、少し親しみやすい印象へと変わっている。


 カーラがノーマンを指差すと、今度はノーマンが赤い光に包まれ、古代人の姿になった。


「モブ顔じゃん。」

 加藤がノーマンの顔を見てつぶやく。


「隠密行動は目立たない格好がいいんだよ。」

 ノーマンが冷静に返す。


「いや、モブ顔すぎて逆に目立つんじゃね?」


「もうひとつ、フィールドに仕掛けを追加して、古代語の翻訳ができるようにしましたわ。」


「なんでもできるじゃん! ……ていうか、これあれば世界中どこ行っても困んねえじゃん!」


 ノーマンがハッとした。

「カーラがクレードルから出たときに使った、あの翻訳機能の拡張版みたいなものか!」


「ふふ、私のフィールドでもできますよ。」

 カーラが自分のフィールドの機能を更新する。

「これで、街の中で戸惑うことはないはずです。」


 ノーマンたちは公園を出て、商業施設のような場所を歩いていた。

 古代の街とはいえ、まるでSF映画から抜け出したような未来的な街並みが広がっている。


 ショーウィンドウの中では、立体映像のモデルたちが、海辺の砂浜や秋の公園といった背景の変化に合わせ、衣装を滑らかに切り替えながら、まるで本物の人間のようにポーズを取っている。


「やばい! 未来じゃん!」

 加藤はトランペットを欲しがる少年のようにショーウィンドウにへばりついたが、ルリに「行きますわよ!」と引っ張られていった。


 カフェテラスらしき店では、可愛らしいロボットが宙に浮き、テーブルの客にコーヒーを運んでいる。


「ゲームの世界かよ!」

 加藤は見るものすべてが珍しく、キョロキョロしながら歩いている。

 時折立ち止まってはルリから離れそうになり、「加藤さん!」と急かされていた。

 どちらが年下かわからないほどだ。


「なあなあ、あちこちに書いてある“渡星三百年祭”ってなんだ?」

 加藤が指差した先では、ホログラムが「祝! 渡星三百年祭!」と派手に空中を舞っている。


「さあ? わたくしに訊かれましても、わかりませんわよ。」

 ルリは肩をすくめた。


 二十分ほど歩いたところで、ルリはノーマンの隣に並び、問いかける。

「これから、どうしますの?」


「うーん、とりあえず街の構造を見ておこうかなと……」

 あまり考えなさそうな答えに、ルリはため息をついた。


「異世界転生の漫画だと、何か事件が起きたり、襲われた姫君を賊から助けたりするんだけどな!」

 加藤が目を輝かせて言った。


「そんなに都合よく……」

 ルリが言いかけたそのとき――


ドォォォン!!


 近くで激しい爆発音が響いた。


「……マジかよ。」

 加藤が首をすくめる。


 爆発音の方角を見ると、空を飛んでいた車が墜落し、歩道の上で横倒しになっていた。


「行きましょう!」

 カーラが駆け出す。

 ノーマンも続いた。

 ルリと加藤は顔を見合わせ、頷き合ってからカーラたちの後を追った。


 横倒しになっているのは都市のコミュニティバスらしく、大型の無人ワゴンだ。

 中に人の姿はないが、車の周囲には二十人ほどが集まり、「消防を呼べ!」「火がついてる! 危ないぞ!」と口々に叫んでいた。


 さらに、二人の女性がうつ伏せになり、車の下敷きになっている。

 車内では炎がちらちらと燃え広がっていた。


「車に火がついています! 早く助けないと!」

 カーラはそう叫ぶと、ノーマンと共に車の下に手を入れ、持ち上げようとする。


「お姉さま! 私も!」

 ルリと加藤も加わった。

 加藤が周囲に向かって怒鳴る。

「お前らも、見てないで手伝え!」


 ためらっていた人々も、顔を見合わせたあと爆発の危険を顧みず車を起こすのを手伝い始めた。

炎は車内で広がり、焼けつくような熱が頬を刺す。


 ギギギ……と鉄がきしむ音が響き、ついに車が起き上がった。

 その瞬間、誰かが叫ぶ。

「逃げろ!」


 カーラとルリが女性たちを抱きかかえ、車から離れる。

 ノーマンと加藤も続く。


 離れた次の瞬間、大音響とともに車が爆発し、火の玉があがった。


 カーラは安全な場所まで運ぶと、ホッと息を吐きながら女性の顔を見た。

 その瞬間、体の芯が凍りつく。

 倒れている女性の顔が、自分と瓜二つだったのだ。


 ルリもまた、自分が助けた女性の顔を見て息を呑んでいた。

 助けた女性が、自分自身にそっくりだったからだ。


「お、お姉さま……」

 ルリの声が震える。

 自分と同じ顔の女性を見下ろしながら、心の奥底から何かがこみ上げてきた。

 それが悲しみなのか、安堵なのか、恐怖なのか――自分でもわからない。


「この方、わたくしですよね? ……この世界で、何をしていましたの……?」


「これは……どういうことだ……?」

 ノーマンも加藤も、ただ立ち尽くすしかなかった。


 やがて、二台の救急車が文字通り空を飛んで到着した。


 救急隊員が怪我人を収容すると、カーラたちのほうを向き、きっぱりと言い放つ。

「患者の身元が確認できません。付き添いの方もご同行願います」


 口調は丁寧だが、有無を言わせぬ圧力があった。

 ノーマンと加藤は、正体がバレるのを恐れ返事をためらっていたが、ルリが立ち上がる。


「私、行きますわ!」

 そう言って、自ら救急車に乗り込む。

 その瞳には、強い決意の光が宿っていた。


 カーラも頷き、もう一台の救急車に乗り込む。

 ノーマンと加藤は顔を見合わせると、

「やれやれ、ついて行くしかねーな」

と言いながら、それぞれの救急車に乗った。


 救急車は四人を乗せ、サイレンを響かせながら街を疾走していく。 

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