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第13話 誤解

 アクパーラ号は一部に不自由はあるものの通常と変わらない航行を続けていた。

 あれだけの爆発と火災で、死亡者や重傷者を出さずに済んだのは、不幸中の幸いとしか言いようがなかった。応急修理でなんとか自力航行が出来たのも幸運だった。


 ブリッジでは小峰が眉間に皺をよせて、ぶすっとした顔で立っていた。

 船の修理、各方面への報告、乗組員の再割り振りなどなど……爆発騒ぎの後、小峰は二日間、ろくに寝る暇もなかった。破滅の天使事件の一番の被害者は小峰船長だったかもしれない。

 そこに田宮が来た。


「なんとか、通常運転が出来るようにはなったな。」田宮も疲れた顔をしている。

「なあ、……正直、お前があの音声を出さなかった方が、後の処理は楽だったんじゃないか?」

「そう言うな。少なくとも、保全庁の牽制にはなったし、ノーマンとカーラを営倉から出すことにも成功してる」田宮はトーンを下げた。

「まさか珠森村の生き残りが船に乗っているとは思わなかったがな」


 田宮が甲板で流したひのしげの暴露音声は、車に撥ねられそうになった村瀬が深夜ボロボロになりながら科学技術省にやって来て、帰宅寸前の三国に音声データを渡せたからこそ間に合ったのだ。

 カーラとノーマンは村瀬の音声とカーラの功績があったので営倉から出られたのだが、その実、カーラの力が手に余るからという理由は否めない。

「まったく、割に合わんよ……こっちは船を失いかけたってのに、結局、カーラの力に振り回されるばかりだ。」と小峰はぼやいた。


 星野も国家技術保全庁との対応に追われていた、保全庁にとって、特にひのしげの関与を認める発言は大きな痛手だった。保全庁は破滅の天使事件での関与を追究された結果、調査団への発言力を弱めてしまった。

 加藤は爆破事件の容疑者として、船内の個室に収容されていた。監視役として木村と根岸が交代で付き添い、必要最低限の会話しか許されていない。

 入港後、正式な取り調べを受けることになるだろう。


 ノーマンは船のデッキチェアに深く腰掛け、擦り切れた神話の絵本をめくっていた。

「また星振りの神話?本当に好きなんだね。」

 ふと声をかけた木村の視線を感じて、ノーマンは顔を上げた。

「ああ、子供の頃から大好きでね。しかも、神話を裏付けそうな『証人』もいるしな!」ノーマンが嬉しそうにカーラを見た。

 ノーマンの横で椅子に腰掛けているカーラが笑いながら「私の事ですか?」と話に入ってきた。


「私も星降りの神話を読ませてもらいました、絵がとても綺麗でノーマンが夢中になるのがわかります。できる事ならこの時代に行って確かめたいです。」

「証人本人が確かめに行きたいって、それじゃ本末転倒だわ。」木村が笑う。

「確かにそうですね」とカーラもクスッと笑った。


 破滅の天使事件の後、カーラは明るくなってよく笑う様になった。ノーマンはカーラの笑顔を見るたび、このまま平穏に行けたらいいなと願わずにはいられなかった。


 カーラが、ふと上を見上げて「何か来る?」とつぶやいた。

「何だい。」

何が来るのかまではわかりません、ただ遠くからこちらに向かって来ている気配を感じます。」

 ノーマンはカーラの手を引いて、「ブリッジに行こう」と歩きだした。


「何かがこっちに向かって来ているのか?」田宮がカーラの話を真剣に聞いていた。


「はい、何か怒りの感情の様なものがこちらに向かって来る気配を感じるのです」


 カーラが話終わらないうちにレーダー手が叫んだ「何か高速で接近してくるものがあります!」

 小峰が「警報を出せ!」と指示を出した。

「何だ」

「速度は……マッハ1!?ミサイル?」

「ふざけるな、迎撃手段なんてないぞ!」


 前方の黒点がみるみるうちに大きくなる。一直線に突っ込んでくるその影は、まるで空を切り裂くように進んでいた。


「この角度……ブリッジに直撃するぞ!」

「伏せろ!」誰かが叫んだ。


 ドーン!衝撃がブリッジを襲い、小刻みに揺れる。全員が命中したと思ったが、短い衝撃だけで静かになった。


そっと顔を上げた小峰は、思わず目を見開いた。


 ブリッジの窓のすぐ外、そこに佇んでいたのは――少女だった。


 音速からホバリングまで1秒足らずでこなしたありえない機動性。今の衝撃は音速の衝撃波だったのか……田宮は舌を巻いた。

 しかし、姿があまりに異様だった。背中には青い光の粒子が翼のように広がり、風に揺れることもなく完全な静止状態で宙に浮かんでいる。

 カーラに似ているが、年恰好は15、6歳くらいの少女で、黒髪のボブカットの内側には瑠璃色のグラデーションが織り成され、薄い水色のボディースーツの胸元と腰には黒と金を基調としたアーマーが施されている。額の宝玉と瞳の瑠璃色がカーラとの違いを主張していた。


 ブリッジにいる誰もが驚きで声が出なかった。


 少女はゆっくりとカーラを指差すとブリッジの窓ガラスを通すほどの大きな声で「お姉さま!ここにいらしたのね!」とカーラに話しかけた。


「えええ!私妹がいたんですか!?」とカーラが驚いて隣の田宮を見る。

「いや、俺に聞かれてもしらん……」田宮が返答に困る。『厄介なのがまた増えた』と小峰は密かに頭を抱えた。


「お姉さま!まさか……人間どもの手によって、このような場所に囚われておいででしたのね!」


「……囚われて? いえ、私は――」


「お救いしますわ!」


 少女は高度を上げて離れると、全身を瑠璃色に光らせアクパーラ号目掛けて急降下してきた。

「あいつ体当たりする気だぞ!」

「全速前進!避けろ!他の者は何かに掴まれ!」

「ダメだぶつかる!」

 カーラは一瞬躊躇ったが、額のオーブから強烈な光を放ち、少女の進行方向に向かって赤い光のバリアを展開した。


 少女の瑠璃色の光と赤い光が激しく衝突し、空気を震わせた。

「やめてください!」カーラは必死に叫んだ。額のオーブが激しく脈打つように点滅し、表情には苦痛が浮かんでいた。

 バリアーに跳ね返された少女は一瞬止まり、不思議そうにカーラを見つめた。


「お姉さま…どうして?」


 少女は再び上昇し、怒りに満ちた声で叫んだ。

「お姉さま、なぜ私を拒むのですか? 私たちの使命は決まっているはずです!」


「私の使命は…あなたと同じではないです!私はこの人たちを守ります!」


「目を覚ましてください!お姉さま!」少女が再び光を蓄えさっきよりも速度を上げて急降下を始めた。

 カーラの額のオーブが再び輝きを増し、赤い光のバリアが船の周囲に広がった。少女の瑠璃色の光がバリアにぶつかる瞬間、衝撃波が船の表面を波紋のように伝わった。カーラの表情は苦痛に歪んだ。


「お願い、止めて!」カーラは悲痛な声で叫んだ。彼女の声は震え、目に涙が浮かんでいた。

 少女は一瞬動きを止めた。怒りの表情が和らいだが、すぐに再び険しくなった。


「お姉さま…どうして分かってくれないの!」


「もうやめろ!」ノーマンが叫んだ。「カーラは君を傷つけたくないんだ!」


 少女の目には戸惑いと怒りが入り混じっていた。


「あなたが……お姉さまを……」


 瑠璃色の光がさらに強さを増し、周囲の空気を震わせる。


「目を覚ましてください!お姉さま!」今度こそ決定的な一撃を放とうとした。だが――


「だめ!」


 カーラの悲痛な叫びとともに、赤い光のバリアが一気に膨れ上がった。ルリの青い光と、カーラの赤い光が交錯し、まるで空に裂け目が生じたかのように見えた。

 閃光がブリッジを包みこむ。

 その瞬間、少女とカーラ、ノーマンを赤と瑠璃色の光が包み込んだ。

 まるで雷が弾けたかのようなスパークが走り、空間が歪む。

 目を背けざるを得ないほどの強烈な光。

 そして――次の瞬間、三人の姿は消えていた。


 皆が唖然としているところにブリッジのインターホンが鳴った。

 田宮が出ると木村からの連絡だった。

「なに?……どういうことだ?」

 受話器を握りしめながら低く呟いた。

「加藤まで、消えた……?」


 5分ほど前のことだ。

 木村はタブレットで加藤の監視記録を確認しながら、ため息をついた。


「……にしても、カトーも大人しくなったもんだね。」


「しかたねーじゃん、やる事ねーし。」


 ベッドの上でふて寝していた加藤は、ぼんやりと天井を見つめたままだった。

 突然、ドーンという音と共に船が揺れた。木村は小さな悲鳴をあげてそばのテーブルに掴まった。

「あんた!まさかまた!?」

「違うあたしじゃねー!」


「……ん?」


 加藤は違和感を感じて胸元にかけているペンダントを出した。無意識に鎖に繋がれているオレンジ色の石を触ると、ほんのわずかにそれは温かかった。いや――脈打っている?

「……え?」

 次の瞬間、石は鈍く輝き出し、周囲の空気が揺らぎ始めた。


 部屋の空気が一瞬、歪んだ。微かな低音が響き、加藤の体が薄く発光し始める。

 光はどんどん強くなり、木村は思わず目を細めた。


「カトー!? あんたなにを……っ?」


 返事はなかった。

 次の瞬間、光が弾けるように爆ぜ、加藤の姿はかき消された。


「……カトー?」


 光の余韻がまだ残る部屋の中、わずかに焦げたような空気が漂っていた。

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