破滅の天使事件の後、アクパーラ号は応急修理を施し自力で母港のドックに向けて航行していた。
テロの容疑者である加藤沙耶香は、簡易的に仕切られた個室に隔離されていた。逃亡の恐れはないとはいえ、看守役として木村裕子が一緒の部屋にいる。
「……」
「……」
二人は向かい合って座っていたが、会話らしい会話はなかった。木村はタブレットをさわりながら、時折ちらりと加藤の方を見る。加藤はベッドで仰向けになって天井をぼんやりと見つめていた。
「暇……」加藤がぼそりと呟いた。
「そりゃそうでしょ。まあ、黙ってれば反省してるっぽく見えるんじゃない?」木村は軽く肩をすくめた。
「……してるよ、別に」
加藤の声は力がなかった。だが、すぐに「でもさ」と続けた。
「なんか、こう……もっと、爆発的にぶちまけられたら、スッキリしたのかなって思う」
「はあ?」木村は呆れた顔をした。「あんた、まだそんなこと言ってるの?」
「そういう意味じゃなくてさ。こう……ドカーン!って、何かを思いっきりぶつけて、感情をぶちまけるっていうか」
「いや、だから、それが爆破だったら大問題でしょ。つか、この前思いっきり感情爆発させてたじゃん」
「な!ちっちげーよ!」加藤は顔を赤くしてベッドから起き上がると、今度はぶすっとして木村を見た。「そういうんじゃなくて、音楽とかさ……」
「音楽?」
「メタル」
木村は目を瞬かせた。「……は?」
「メタル!ヘヴィメタル!」加藤は声を張った。「あのさ、メタルってのはな、もうとにかく熱いんだよ!ギターがギャイーン!ドラムがドコドコドコ!ベースがゴリゴリ!ヴォーカルがガナリまくる!それで、魂が燃え上がるんだよ!」
「ちょ、ちょっと待って」木村はタブレットを置き、眉を寄せた。「あんた、メタル好きなの?」
「当たり前じゃん!」加藤は腕を組んでどや顔をした。「ていうか、知らないの?人生損してるよ?」
「いや、別に興味ないし……ていうか、あんたみたいな人がメタル好きって、意外かも」
「なんで?」
「だって、ほら……」木村はツナギ姿の加藤を上から下まで見た。
「一見、普通の機関士じゃん。なんかもっと、こう、革ジャン着てるとか、髪が長いとか、そういうイメージがあるんだけど」
「お前、偏見ひでえな!」加藤は肩をすくめた。「メタルは見た目じゃないんだよ。心で聴くの。魂で感じるの!」
「へえ……」木村は半信半疑だったが、加藤があまりに熱く語るので、少し興味が湧いてきた。「じゃあさ、メタルのどこがそんなにいいの?」
「どこがって……全部だけど、特に歌詞が熱いんだよ!」加藤は勢いよく身を乗り出した。「例えば、戦いの歌とか、絶望からの反撃とか、世界を救う英雄の話とか!そんで、ギターソロがバーンって入ると、もうテンションぶち上がり!」
「そんなに?」木村は苦笑した。「じゃあ、あんたの好きなメタルの曲ってどんなの?」
「色々あるけど……今の気分なら、“Survive the Fire” かな」
「……なに、それ?」
「歌詞がヤバいの!」加藤は拳を握りしめた。「“We rise from the ashes, unbroken, unchained!” ってさ、火の中から蘇るんだよ!まるでフェニックスみたいに!」
「……いや、あんた、水の中から蘇らせてもらった方じゃん」木村は呆れ顔で突っ込んだ。
「あー、まあ、そうだけど!」加藤は苦笑しつつも、「でも、そういうこと!絶望の中から立ち上がるってのがメタルの魅力なんだよ!」
「ふーん……」木村は腕を組み、少し考え込んだ。「でもさ、それって結局、あんたが今までやってきたこととは逆なんじゃない?」
「逆?」
「あんたはずっと『奪われたものは戻らない』って言ってた。でも、そのメタルの曲は『それでも立ち上がる』って言ってるんでしょ?」
「……」
「そっちの方が、いいと思うけどね」木村はぼそりと呟いた。「私なら、そっちを選ぶかな」
加藤は黙って木村を見つめた。少しの間、沈黙が流れる。
そして――
「……お前、意外といいこと言うじゃん」
「ふふん、知的だからね」
「うぜぇ……」
「それにしてもあんた、始めてあった時は『お友達になってください』って可愛かったのに、素は全然違うんね」
「お前だって今、あたしのことあんた呼びじゃん……」
「あー、騙されてたわぁ……」
「うるせえよ……」
「そうだ、『カトちゃん』って呼ぼうか?」
「その呼び方はなんか嫌……」
二人はしばらく黙った後、加藤がぽつりと呟いた。
「……メタル、聴いてみる?」
「え?」
「暇だろ?一曲ぐらいなら、付き合ってやるよ」
木村は一瞬迷ったが、ふっと小さく笑った。
「じゃあ、試しに聴いてみるか」
加藤はニヤリと笑い、ラジカセをベッドの下から出して来た。
「あんた!そんなの隠してたの?」
「覚悟しろよ。お前の退屈な世界が、一瞬でぶち壊されるからな!」
「……はいはい、楽しみにしとくよ」
こうして、隔離された小さな部屋に、メタルの轟音が流れ始めた。
――夜になり、食堂に行こうとして通路を歩いていた有田が驚いた。部屋のドアの前で木村と加藤が並んで立っていたのだ。
「え、なんでそんな所で立ってるんすか?」
「怒られた」
「え?」
「部屋でメタルの爆音をたてたら田宮隊長に怒られて立たされてんの!」
「なに、ヤンキーの中学生みたいな事やってんすか?」
「うるせえよ……」加藤がイタズラがバレた子供の様な顔をしてつぶやいた。
「まあ、確かに退屈な世界はぶち壊されたわね……」
そう言うと、木村は満更でもない顔をして笑った。
※〝Survive the Fire〟は架空の曲です。