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第22話 絶望しかない…… 【ざまぁ有】

 日当side……


 スーパーの控室。倉庫も兼用しているパイプ椅子と折り畳みの机しかない部屋に座っていたのは、三十路くらいの若い男性が二人。


 シワひとつないオーダーメイドのスーツ。一人の胸元には金色に光るバッチが付けられていた。そんな二人から冷ややかな目つきを向けられ、自然と身体が萎縮してしまう。コイツらが木梨が雇った弁護士なのか?


「本日はお時間を頂き、申し訳ございませんでした。私、渡邊わたなべ法律事務所の佐久間さくまと申します。今日は被害を訴えてきた木梨きなしさんの旦那さんから相談を受けて事情聴取に参ったのですが」


 頭の中が真っ白になる。

 嘘だろう? 普通は書面とかで知らせてくるものじゃないのか? 職場に直接乗り込んで来れれても困る……!

 そうだ、これは名誉毀損に該当するのではないだろうか? 業務妨害だ! この若造、弁護士のくせに無知だな。逆に言いくるめて論破してやろう。


 鴨がネギを背負ってきたと内心笑っていたのだが、それならもう一人の男は誰だ?


 さっきから俺のことを親の仇のように睨んでいるが、なんて態度の悪い男なのだろう。教養のなさが滲み出ている。


 すると佐久間と名乗った弁護士が、もう一人の男に視線を配って軽く会釈をした。


「ご紹介が遅れました。この方は木梨波留はるさんの伴侶である大智だいちさんです。今日は彼がどうしても日当さんにお聞きしたいとこがあるとおっしゃっていたので、異例の措置を取らせて頂きました」

「なっ⁉︎」


 紹介された名前を聞いて、心臓が跳ね上がる

 ほどの恐怖を覚えた。


 嘘だろう? あのオドオドしていた女が旦那に相談しただと? 職場の社員ともまともに会話をしない女だったから、一人でウジウジと悩むと思っていたのに。この展開は想定外だ。


「ちなみに今回の会話は録音させて頂いております。虚偽などがあった場合、罪に問われる可能性もありますのでご注意下さい」


 こ、コイツら……ズルいぞ?

 こんなのあり得ないだろう? それなら俺だって弁護士を立てさせてもらう! 黙秘権だ、黙秘権を要求する!


「初めまして、日当さん。私、木梨波留の旦那である木梨大智と申します。早速ですが、日頃から妻の身体に接触したり、精神的苦痛を与えるような発言をされていたようで。おかげで妻は寝込んでしまって、食事も喉を通らない状況になってしまったんですよね。どう責任を取っていただけるのでしょうか?」


 そ、そんなことを言われても、俺の責任じゃない!


「証拠はあるんですか? そんな出まかせを言われても困るんですけれど? こんな大事にされて、私の社会的立場が危ぶまれたら、あなたたちはどう責任を取ってくれるんですか⁉︎」


 俺の発言に言い返すことが出来ないのか、男は黙ったまま深いため息を吐いた。はは、やはりこれだから社会的経験が浅い男は頼りないのだ。


「……録音した記録が数日分あるんですが、再生しても良いんでしょうか? あ、ちなみに同席している主任にはご確認済みで、店内を録画していた防犯カメラと一致していることが済んでいるので、誤魔化しは効きませんよ?」


 嘘だろう? 主任め……っ、俺に実害が起きたら、この職場だって無傷ではいられないのに?

 なんでフォローしなかったんだ? ちゃんと隠蔽しろよ、この能無が!


「そんなに主任を睨んでも意味がないですよ? そもそも勘違いしていませんか? 私達は日当さんと波留さんの職場、両方を訴える為に出向いたんです。ここで示談に応じないならば、出るところに出て全てを洗いざらいにしてもいいんですよ?」


 ちょっと、それは困る。俺がおろおろと目を泳がせていると、隣に立っていた主任が立ち上がって深々と頭を下げてきた。


「申し訳ございません! 木梨さんには誠心誠意お詫びを申します! なので何卒、大事にならないようにご配慮を!」


 蒼白した顔付きで必死に詫びる主任を見て、ようやく自分の立場を理解した。


(俺が——加害者側なのか? 嘘だろう? やっと手に入れた社会的立場が……ずっと苦渋ばかり飲まされてきて、ようやく好きなように遊べると思っていたのに)


「主任、頭をお上げてください。私達は起きたことを明らかにしたいだけなので。ねぇ、日当さん」


 ニンマリと笑った顔が歪に見える。

 この悪魔……っ、なぜ俺がこんな若造に頭を下げなければならないのだ? 悪いのは俺を誑かしたあの女だろう? そう、アイツが、波留が悪いんだ。俺だってアイツが誘ってくるような行動をしなければ、あんな発言をしたりは——……!


「木梨波留が悪いんだ……。アイツが俺を誘惑したから」


 つい、ポロッと溢れてしまった本音。慌てて口を塞いだ時には既に手遅れで、目の前で聞いていた旦那は一際殺意を込めた目付きで睨みつけてきた。


「波留が悪い……? はっ、そんなことを言うのか、あなたは。女性が夜道、男に襲われて暴漢されても『不用心だった女が悪い』? 満員電車で痴漢に遭った女性に対しても『女性車両を利用しない女が悪い』? 一方的に好意を寄せていた女性が好意に応えてくれなかったから逆上して殺害しても『誑かした女が悪い』——あなたはそう答えるのか?」


 違う、そんな極論を俺は言っていない! だが、今回のはお前の妻である木梨波留が俺を誑かしたのであって!


「…………分かったよ。それがあなたの言い分なら、もう何も言わない。コチラの言い分は後日、然りべき対処を取ってから書面にて報告致します。はぁ……、こんなことで波留が苦しめられていたなんて、考えただけで可哀想になってくる」


 その後の憐れみを帯びた視線に悪意を感じた俺は、頭の中がカッとなり、気付けば木梨の旦那の胸倉を掴んで殴りかかっていた。


「日当さん! 一体何を!」

「ウルセェ! ウルセェ、ウルセェ! どいつもコイツも俺を見下したような面をしやがって!」


 そう、この前捨ててやったメロもそうだ。頭がいいのか知らないが、いつも俺のことを小馬鹿にしたような顔で蔑んで。ムカついたから金をいびって別れたんだ。


 この男もそうだ……皆して俺を馬鹿にしやがって!


「日当さん! 今回のことも併せて、全部訴えますからね!」

「勝手にしろよ! お前らのせいで全部ダメになってんだからよォ! 今更失うものも何もねぇよ!」


 クソクソクソ、ムカつく! こんな男を殴ったところで全く気が晴れやしない。舌打ちをして部屋を出ようとしたところ、木梨の旦那が俺を引き留めて言い残してきた。


「……アンタ、波留のことだけで済むと思うなよ? テメェの家族も全員、タダじゃおかないからな?」

「はぁ? 何言ってんだよ、お前は……」

「嘘吐きには然るべき制裁を、だよ。この不倫野郎」


 数日後、俺は木梨の旦那が言っていた意味を痛いほど思い知ることとなる。そう、メロを始めとする関係を持った女性達から訴えられることとなったのだ。


 こうして会社もクビになり、財産も全て失った俺は、世間に後ろ指を刺されながら生きる羽目になってしまった。


 ————……★


「これにて一件落着……?」


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