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第18話 スーパーで働き始めた新妻は?

 こうしてメロの件も進展を見せてきた俺だったが、ここにきて別の問題が浮上してきた。


 スーパーの面接をして働き出した波留の様子が、何やらおかしいのだが?


 仕事に慣れない内は何かと大変だと言うことも分かるし、その上に心の託児まで始まったのだ。疲れない方がおかしい。


 だが、それだけじゃない……食欲不振に青白い不健康な顔色。次第に荒れていく部屋。溜まっていく洗濯物と洗われずにシンクに放置されている食器の数々。


 流石にこのままでは波留の負担が大きくなると、食器と洗濯物は片付けたのだが、部屋の掃除だけはままならなかった。


 帰ってくるなりベッドに横たわった波留に心が心配そうに声を掛けている。


「波留ー……何か食べたい物、ある? エナジードリンクとか買ってこようか?」


 ヒョイっと心を抱き上げて、うつ伏せに眠っている波留に尋ねた。心と一緒に買い物に行っている間だけでもゆっくりできれば休めるのではと思ったのだが。


「……ごめんね、大智さん。ダメダメな妻で」

「いや、全然ダメじゃないって! 波留はよく頑張ってると思う! そもそも働き出して一週間くらいだろう? 心の託児所を決める時も色々と準備や書類提出なんかで大変だったし!」


 働きたいと決めたのはいいものの、子供がいると何倍も大変なんだと言うことを俺も波留も痛感していた。

 こんなになるまで働く意味があるのか問いたくなるが、波留には辞めたくない理由があるらしい。


「……私、高校を卒業してから働かないでフラフラしていたし。大智さんに助けてもらってばかりだったから。自立した女の人を目指して頑張りたいと思ったんだけど……」

「は、波留……!」


 波留の頭に優しく手を添えて撫で回した。

 男の俺からしてみれば、若くで出産をして主婦業をこなしている彼女は十分立派だと思うのだが、それだけでは満足できないのだろうか?


「波留……。俺、心と二人で弁当を買ってくるから、少しの間眠っておいてよ。なぁ、心。パパと一緒に買い物しような?」

「パン? アーパン?」

「何だ、心はアンパンが食べたいのか? おぉ、今日はパパが何でも買ってやるからお利口さんにしているんだぞ?」


 ただし、チョコ以外に限るけれどな。


 柔らかなオモチほっぺに頬擦りしながら、俺は心と一緒に部屋を後にした。


「あー……本当だったら栄養のあるものを作ってあげられたら良かったんだけどな」


 生憎、独身時代は外食かコンビニ飯、それかカップラーメン三昧だったので、自炊なんて全くできない状態だった。これからは心の為に手料理の一つや二つ覚えなければと考えさせられた。


 地下の駐車場まで降りた俺は、チャイルドシートに心を乗せてエンジンを掛けた。スーパーまで行って買い物をするのは簡単だが、少しでも波留を休ませてあげたい。


「心は何が好きかなー? クマさんとかウサギさんとか好きかな? それともニャンタの絵本とか買ってやろうか?」

「ニャンニャ?」


 最近覚えた童話のワンフレーズの真似をしているのか、招き猫のような仕草でニャーと鳴く我が子が可愛く見えた。


 あぁ、今になって佐久間の言葉が身に沁みる。

 結局、俺に足りなかったのはコミュニケーションだったのかもしれない。


「……心、大好きだよ。俺の大好きな娘ちゃんだもんな」


 装着していたシートベルトを外して、俺は両手一杯で娘を抱き締めた。


 子供との感情って鏡合わせなのだろう。

 俺が嫌悪感を放っていると、それを無自覚に受け取って心も防衛本能から距離を取る。


 俺が愛情を持って笑いかけると、この子も無邪気に笑いかけてくれる。


 そしてその笑った顔は、無条件に世界一可愛いんだ。


「今日は心の好きなお菓子をたーくさん買おうな」

「アーパン? ニャンニャ?」

「うん、アンパンでもクリームパンでも、何でも買ってあげるよ」

「パッパ、パッパー」


 俺は溢れた涙を誤魔化すように、心の頬に顔を寄せた。


 ————……★


「心ちゃん……カワユス」


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