知り合いの弁護士に相談したところ、やはり離婚していないのにも拘らず、三百万という慰謝料は高すぎると返答が返ってきた。
「基本的に慰謝料は相手が提示した金額だから、不倫した側は罪悪感から言われるがままに払っちゃうことが多いんだ。自分なら少しでも違和感を覚えたら、きちんと弁護士に相談することを提案するね」
そう答えてくれたのは中学時代からの友人、
「知り合いが言うには、向こうの奥さんが自殺未遂をして身体に麻痺が残ったらしいんだ。それでも高いのか?」
「因果関係は? 直接的な証拠は残っているのか? 申し訳ないけど俺なら『お宅の奥さんの自殺は自己責任ですよね?』って言い切るかな。それよりも元々夫婦仲はどうだったのか、交際期間はどれくらいだったのか、証拠はどれだけ揃っていたかが重要だと思うよ」
弁護士事務所の閉鎖的な空間で、淡々と語る佐久間に見入って言葉を失っていた。
「けど、もう支払った後なんだろう? 言っておくけど、支払い済みの慰謝料は取り戻すのは厳しいよ?」
「いや、ぶっちゃけそれはいいんだ。たださ、強気な彼女が弱っている姿を見ると、何かおかしいなーって思っちゃってさ。どうにかしてやりたいと思っちゃうんだよ」
佐久間は首を傾げて数秒間考え込んでいた。
「一度、依頼者と話をさせてもらえないかな? 場合によっては求償権を行使できるかもしれない」
「求償権?」
——って、何だ?
「払いすぎた慰謝料を取り返す場合に使われる方法なんだけど、今回の場合は依頼者が一人で慰謝料を払った形になるだろう? だから男側にも慰謝料を請求して相殺させる方法だよ。俺も少し調べてみるから、木梨も興信所とかに相談して証拠を集めてみてくれないかな?」
流石は頼りになる友人だ。女の子大好きな萩生パパとはレベルが違うな。
「悪いね、忙しい時に相談に乗ってもらって。また今度飲みに行こうぜ? 佐久間は結婚してたっけ?」
「いや、俺は結婚とか興味ないから。今は仕事で手一杯だしな。木梨は……あぁ、結婚して一児の親だったかな? 奥さんや子供の写真とかないの?」
他愛もない社交辞令に近い会話なのだが、俺は友人に写真を見せることを躊躇った。だが、十年来の友人に不信感を持たせたくなくて、三人で写った写真を見せた。
「あぁ、綺麗な奥さんだね。面食いの木梨が選んだだけある美人だ。子供さんも可愛い。笑った顔が木梨に似てるね」
目を細めていれば、幾分か似ていると思う箇所がある。それでも心は騒めいてしまうのが歯痒くて、自分が嫌になる。
そんな苦虫を噛んだような顔をした俺の心境を察したのか、佐久間は眉を顰めながら弱々しくなった肩を励ますように叩いてくれた。
「そんな顔をするな。俺からしてみれば、木梨は人並み以上の幸せ者だよ。そんな不安な顔をしていたら、奥さんも子供さんも悲しくなるだろう?」
「……佐久間」
「お前は二人の家族なんだから、多少無理してでも笑って、幸せな家族を築いてやれって。話は俺がいくらでも聞いてあげるから。美味しいビールに二杯でいいよ」
コイツって奴は……!
見た目はどこにでもいそうな優男なのに、中身がイケメンすぎる。
込み上がる感情のせいで目頭が熱くなったが、俺は誤魔化すように笑って佐久間の胸をど突いた。
「二杯って、そこは普通一杯だろう?」
「遠慮すると木梨が気を使うかなって思ってね。せっかくの幸せを自分から壊すようなことをするなよ? 俺にとって木梨は憧れなんだから」
俺は友人の期待に応えるように笑い、事務所を後にした。
そうだよな。俺は波留と心を幸せにすると誓ったんだ。こんなことでクヨクヨ悩んでいる暇はない。
両手をパーにして思いっきり頬を叩いて、大きく息を吐き出した。
空は爽快、歩くのみだ。
————……★
「しっかし、あんなにいい男なのに、何で佐久間は結婚しないんだ?」
………何ででしょうね(笑)