ジリジリと距離と縮めてくるメロに対して、硬直して動かなくなった俺の身体はどうしようもなかった。
「待て、メロ! ここはオフィスだぞ? 今は勤務中で……!」
「そんなの関係ない。ここまでバレちゃったなら、どうでもいい! 私、ずっと大智の——……!」
彼女の手が俺の後頭部を掴んで、グイッと胸元に押し付けてきた。突然のことでバランスを崩してしまった俺は、そのままメロを押し倒す形でデスクに倒れ込んでしまった。
盛大な音が響いたが大丈夫か?
「いてて……っ、大丈夫か、メロ?」
「痛いー……。うっ、うぅ……もうヤダ。私、もうダメだァ」
張りつめていた糸と切れたかのように、ブワッと泣き出した彼女を見て、俺は狼狽えることしかできなかった。
まさか、ここまで追い詰めていたとは——……。
確かに愛していた人に別れを告げられ、自分の愚行のせいで人が生死を彷徨っていたと告げられたら、俺も彼女のように狂ってしまうかもしれない。
しかも三百万……慰謝料としては最高金額だ。
気持ちに踏ん切りつけようにも、あまりにも痛手が大きすぎる。
「なぁ、メロ。今のお前に必要なのは、一時的な慰めじゃなくて最終的な清算なんじゃないか?」
「…………え?」
昨日メロは、もう未練はないと言っていたが、俺はそう思えなかった。
どうしても納得がいかない。
そもそもメロが終わらせようにも、俺がスッキリしないのだ。
「ここまでお前を惨めにして、容赦なく捨てた屑野郎のことを教えてくれないか? 俺が責任を持って調べ尽くしてやる」
「は? え、何を言ってるの? アンタ、バカ?」
「バカはお前だろうが、メロ。まずはお前に慰謝料を請求した弁護士を教えろ。なんか納得いかねぇんだよな……」
何度も言うが、確かに不倫をしたメロが一番悪い。だが、同じくらい糞な行為を犯した屑野郎の不幸な姿を拝まないと気が済まない。
トラウマの深さがどれだけなのかは当の本人にしか分からないって、マリンが言っていたことは間違いではない。
ただ、金額を請求する以上は過剰な嘘は適用されないと俺は思っている。
「全部スッキリした上で欲求不満が解消しないっていうのなら、俺が責任を持って適任者を紹介してやるから。一旦この件は俺に任せてくれないか?」
「責任を持つって、それってどう言う意味?」
多少、強引な気もしなくもないが、俺はメロの代わりに不倫野郎に制裁を与えることを決意した。
————……★
「……あのさ、言っておくけど私は、あの男に何も未練はないし、金輪際会うなって言われているんだけど」
「分かってるって。これは俺の単なる好奇心。通常なら向こうの家庭も破滅してるんだろ? それくらい奥さんは精神的ダメージを受けたんだから」
その姿を見届けることができれば満足なんだよ。
一向に引く様子を見せない俺に呆れたメロは、渋々と情報を提供してくれた。
「
食品関係に疎い俺でも耳にしたことがある大手の食品ブランドだ。肩書きもそこそこなのに、不倫なんてして情けない。
写真を見せてもらったが、昔はモテただろうなと予想できる、所謂イケオジと呼ばれるタイプの男だった。
(コイツがメロの身体を貪り尽くした挙句、簡単に捨てた屑か)
俺は早速知り合いの弁護士に相談して、コントの話を進めようとした。
「一先ず調査が終わったらメロにも報告するから。それまでは待っててくれ」
「待ってよ、何で……? 何で大智がそこまでするの?」
何でって言われたら、俺もうまく説明ができないんだけれども。
単純に、俺の中のメロは完璧で、強くて凛々しいデキる女なのだ。恋や愛憎に振り回されるような女々しい様子は彼女に相応しくない。
だが、素直に言うのは照れ臭い。俺は誤魔化すように茶化した言葉を告げた。
「こんな屑野郎の代理なんかで迫られたくねぇからなァ。早く俺の秘書に正常な状態に戻って欲しいだけだよ」
両手を掲げてベェっと下を出してふざけた。
なのにメロは顔を紅潮させて、下唇を噛み締めるように感情を押し殺していた。
「ムカつく……大智のくせに、ズルいソレ」
おいおいおい。メロのくせに、そんな顔をするな。本気で俺に恋をしてるって勘違いしちゃうだろう?
彼女の気持ちに気づかないフリをして、俺は踵を返して背を向けた。
————……★
「まるで大学時代の、中途半端だった頃に見た顔に似ていたから。つい、勘違いしてしまいそうになる……」