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第15話 恋とか愛とか面倒でさ……

「木梨社長……っ! アンタって人は、何時間遅刻したと思っているんですか⁉︎」

「す、スミマセン! 財布を落としてしまって、拾ってくれた人に会っていたら遅くなりました!」


 到着して間もなく、激しく貧乏ゆすりをしたメロに雷を落とされた俺は、肩身狭く謝罪を繰り返していた。


 ——というより、コイツ……タクシーでのクンカクンカは、なかったことにしてるのか?


 昨晩のメロを思い出して、俺は疑い深く彼女を凝視していたが、やっぱりメロはメロのままだった。テキパキと仕事をこなして指示を出す、敏腕秘書メロである。


「そういやさ、昨日のタクシー代と飲み代。結局メロが立て替えてくれたんだろ? いくらだった?」


 彼女のこめかみがピクっと動いたように見えたが、すぐにフイっとそっぽを向かれて無視されてしまった。おいおいおいおい、何だよその態度は。


「おい、メロー。昨日の飲み代は」

「仕事中はメロって呼ばないでって言ってるでしょ? ったく、いつまでも学生気分が抜けない社長で困るわ」


 なら無視するなって。


 元々二人きりの部屋で話をしていたのだが、更に警戒するかのようにドアに施錠をしてから、仕切り直すかのように話し始めた。


「昨日のことは、全部忘れてくれない……? 私も酔っ払ってたのよ」


 いつのも勝気な態度ではなく、後ろめたさを帯びた浮かない表情で俺を見つめてきた。

 全部とは、どこからどこまでのことを言っているのだろうか?


「店長と話していた不倫相手に振られたこととか?」

「そ、そうよ! いくら終わったこととはいえ、私の汚点をアンタに知られたなんて屈辱だわ!」


 あのな、メロ……。申し訳ないけれど、お前が終わったことだと思っても、相手にとっては一生忘れられない心の傷になっている可能性だってあるんだぞ?


(コイツは本気で悪いことをしたと思っているのだろうか?)


 いや、反省しているのなら俺の家に顔を出したりしないだろう。メロのせいで波留がどれだけ不安になったのか、きっとコイツは分かっていないだろう。


 ——いや、もし確信犯だとしたらマジで悪女だ。

 金輪際、コイツに絡みたくなくなるだろう。


「……忘れて欲しいって言うなら、俺以外の奴を巻き込まないで欲しかったな」


 ウグっと怯んだメロの前に立って、わざとらしく睨みつけた。

 そう、わざわざ波留を呼び出して挨拶なんてしなければ、俺もメロにとって不都合な情報をかざして脅したりしないのに。


 人の家庭に爆弾を落としておいて、自分の言い分だけはまかり通そうだなんて、世の中そんなに甘くない。


「ごめんなさい、その、昨日は虫のいどころが悪くて、つい……」

「つい、だぁ? それで俺と波留が修復不可能なところまで仲違いをしていたら、どう責任を取るつもりだったんだ?」

「え、仲違いしたの?」

「してねぇよ、このスットコドッコイ!」


 嬉しそうに人の家庭の危機を笑うんじゃねぇ!


 ったく、コイツは……。そんなに納得できないのなら不倫相手に一言言ってやればいいのに。実質、慰謝料を払ったメロだけが責任を負っているようなモノではないか。払うものを払わせているのなら、きちんと状況を説明するのが筋じゃないのか? いや、今後一切関わらないでほしいとか念書を書かされているのだろうか? 


 あぁ、なんと面倒臭い。

 俺は絶対に不倫をしない。したくない。


「つーかさ、人の臭いを嗅いだりとかさ。人によっては嫌がる奴もいるから気をつけた方がいいぞ?」

「え…………っ! もしかして、タクシーでの出来事、覚えているの?」


 ハッとした俺は、思わず口元を塞いだが、手遅れだった。

 そうだ、寝ているフリを貫くんだった。アホ、俺のアホ……!


 だが、開き直ったメロは覚悟を決めたように一歩を踏み出し、そのまま俺のネクタイを掴んで頼んできた。


「……あのさ、昔からの顔馴染みと言うか、同志として頼みたいことがあるんだけど……! 私に彼氏ができるまでの間でいいから、その、アレに……なってくれないかな?」

「あ、アレって何だよ⁉︎」

「アレって言ったら、アレよ! その、エッチだけをするお友達……!」


 コイツ、正気か?

 まさかの提案に、俺は口角を引き攣らせて、どうしたらいいのか混乱に陥っていた。


 いや、俺には波留という将来を誓い合った女性がいるのだ。

 神に誓って裏切ることは出来ない!


「だって、彼氏と別れて……すごく身体が疼くの! 寂しいのよ、一人で寝るのとか……。ムラムラして、落ち着かなくて……。でも誰でも良いわけじゃなくて、困ってるのよ。お願い、大智の家庭を壊したいとか、結婚して欲しいとか、そんなワガママは言わないから!」


 胸元を掴む指に力が籠っていく。


 何だ、こんなに自分勝手な言い分なのに、何故こんなに焦燥しているのだ?

 ゴクリと息を呑んで、俺は現実逃避をするように強く目を瞑った。



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