とりあえず要件を済ませた俺は、マリンと別れて会社へと出社することにした。本来なら朝イチでミーティングがあったのに、全てメロに任せる形になってしまった。
(そういや昨日のメロのこと、すっかり忘れていた)
俺のことなんて眼中にないと思っていたメロが、密かに俺の匂いをクンカクンカしていたなんて。忘れようにも強烈な出来事過ぎてスルーできない。
だが、あの時俺は寝ていた
ったく、面倒な話だ。
伝票を手に取ってレジに向かうと、申し訳なさそうにマリンが声を掛けてきた。
「あのー、ここのお金は……」
「ん? あぁ、俺が出すよ。一応、財布を拾ってくれたお礼もしないといけないしな」
「え、いいのォ? ありがとう、社長♡」
クネクネと身体をくねらせてお礼を述べる彼女は、すっかりパパ活モードのマリンに戻っていた。長年染みついた癖なのか、それともコッチが彼女の本性なのか、やっぱり見抜けない。
「相談に乗るのは構わないけど、アンタ自身もどんなビジョンを描いているのかハッキリさせてくれよ? 大体、マリンの髪色のままじゃー仕事を紹介しようにもできやしないからな」
「はーい、そうっすねェ、社長♡」
へらって笑う顔が、何かムカつく。
コイツ、本当に危機感があるのだろうか?
「えへへーん♡ とりあえずまた連絡しますねェ。今度は静かなところで……二人きりになれるところで相談に乗ってもらえたら嬉しいなぁ♡」
Gカップの巨大マシュマロを腕に押し付けてアピールをしているが、あいにくソッチは波留で間に合っている。ブンブンと腕を振って分かりやすく否定をした。
「あぁー、もう! 社長ってツレないんだからー。まぁ、そんなところが落とし甲斐があるんだけどねぇ♡」
「お前なー……! んな態度のままだと、相談乗らないからな?」
「あァん! むぅー……! これでも一応、私と二人きりになりたいファンやパパは多いんだよォー? もっと有難い態度で応じて欲しいんだけどォ?」
——生憎、俺はあからさまに
似たようなもんじゃないかって思うかもしれないが、実態は全然違う。最初から依存ありきじゃ、萎えるんだよ。心のチ◯ポが。
「でもさぁー、マリンは社長に何のお礼をしたらいいのかな? デート一回でいいなら喜んでするんだけどなぁ?」
お前とデートじゃ、俺が全部金を出さないといけないだろうが、この野郎。お礼がお礼じゃなくなるんだよ。
「んじゃさ、俺と嫁と娘で、アンタのライブを見に行くから、娘が喜びそうなパフォーマンスをしてよ? お礼はそれでいいや」
「娘……? えー、社長の娘ちゃんって何歳なの?」
「一歳と半年くらいかな? せっかくなら童謡とか歌ってくれないか?」
「やーだよ、そんなの。無理だって分かって言ってるでしょー?」
「アハハ、やっぱそうだよなー。んじゃ、ボリボチお礼は考えておくよ」
笑いながら手をヒラヒラしていると、ムゥっと唇を尖らせたマリンが、俺の腕を引っ張って頬に唇を押し当てた。
柔らかい唇の感触が…………って、おい!
こんな職場の近くで、お前⁉︎
「ベェーだ! マリンはねぇ、偉そうに自分だけのペースで行動する人が嫌いなんだよォーだ!」
両目の下を引っ張って舌をベェーと出して、憎ったらしい態度で悪口を言ってきた。
こんの、デカパイ野郎が!
「ふふんだ! そのくらい怒ってた方が良いよ、社長♡」
ニンマリと笑みを浮かべて、まるで満開に咲く大輪の花のような華やかさを纏っていた。
うっ、胸が痛い。もしかしてこれは不整脈か?
波留と心を残して死ぬわけにはいかないのに……。
(違う、違う。これは浮かれたモノなんかじゃない。不動脈、きっと病気だよコレは)
そう自分に言い聞かせながら、俺は踵を返して職場へと歩き始めた。
————……★
「ドキドキドキドキドキドキ……?」