ファミレスに入ると、奥の席にスカイブルーの巨乳が座っているのが分かった。店員が人数を聞いてくるのを断って、ズカズカと店内を歩き進めた。
「おい、お前! 流石にそれはさー!」
「あー木梨社長ォ。お勤めお疲れ様でーす♡」
うぐっ、こっちは怒り狂っていると言うのに、出鼻を挫かれるような言い草に言葉を飲み込んでしまった。
彼女と向かい合う形でソファーに座り、不機嫌に睨みつけたが、当の本人は応えていない様子でヘラヘラと笑っていた。
「もう社長、もしかしてマリンが財布を盗んだと思ってますぅ? それは違うからね? 社長が落としたのを拾ったんですよ? 萩生さんが証人です♡」
「そんなのアイツと口裏合わせしてたら、いくらでも偽装できるじゃねーか?」
「えぇー、そんな言っちゃいますぅ? でも社長のお金って何十万って入ってますよね? 本気で盗む気があったら、連絡しないでネコババしちゃいますって」
確かに彼女の言い分も一理ある。
もし犯人だったら、疑われるのを前提に連絡なんて起こさないだろう。渡された財布の中身を確認してみたが、金額も変わりないように思えた。
本当に善意で拾ってくれたのか?
「でも、お前……昨日、意味深な言葉を最後に残したじゃねぇか」
「え、どれかなー? あぁ、アレ? あれは元々こう相談しようと思っていたから。
『私、萩生さんに脅迫されているんです。助けてもらえませんか?』
——ってね」
能天気な表情から一変。悪どい令嬢のような顔つきを向けられ、俺は息を呑んだ。
コイツ、どこからどこまでが本当だ?
他の男に暴力や脅迫をされていると言われると、放っておけないのが男の性。特にこんな可愛くて性的な女性から相談をされたら、守ってあげたいと思ってしまうものなのだ。
当然だが、全ての男がそうとは限らない。
だが、俺のようなタイプには有効的な交渉手段だった。
「……それは本当か? アレでも萩生は俺の友人だから、嘘だったら承知しないぞ?」
「脅迫って、人によって嫌悪感抱く匙加減が違いますよね? だから嘘とか本当とかは関係ないと思いますよ♡」
コイツ……面白い奴じゃねぇか。
頭の中お花畑だと思っていたが、嫌いじゃない受け応えに俺はそのまま座り続けることを選んだ。
「——そこまでしてパパ活の相手が欲しいのか? だったら俺のような乗り気じゃない男よりも、アンタにベタ惚れしている男を相手にした方がいいと思うけど?」
「嫌ですよー、面白くないしィ。確かにマリンのことが好きで、貢いでくれる人は多いけど、結局はそれ止まりっていうかァ。…………何て言うか、いつまでもこのままじゃダメだなーって思い始めちゃってるんですよねェ」
あれ、コイツ……キャラが壊れ始めてねぇ?
「木梨さんは私のこと、何歳だと思います? あ、お世辞とか無しで、ガチで答えてくださいね?」
「え、んじゃ……十八とか?」
マリンは首を横に振ってグッと唇を噛み締めた。
「二十四です。ぶっちゃけ地下アイドルも厳しいくらい……いつまでも夢を見ていられる年じゃないって感じですねー」
マジか、コイツは波留よりも年上なのか。
見た目が幼いって言うのもあるが、やはり頭髪の色とか、言葉遣いとかが精神年齢の低さを助長していると思われる。
そもそもパパ活って、何歳まで有効なんだ?
「演じることは嫌いじゃないし、こういうキャラも好きなんで苦じゃないけど、先のことを考えると不安というか。でも、これ一本で頑張ってきたから何もないし、いきなり辞めると生活が出来なくなるし……。だから木梨社長のような人と知り合いたかったというかー」
少しだけ、コイツが言いたいことが分かってきた気がする。おそらくマリンは、社長である俺に就職先を斡旋してもらいたいのだろう。
何て回りくどい……!
頭がいいのか、悪いのか分からない。
それに萩生は、地下アイドルとして活動しているマリンを応援しているんじゃないのか?
少なからずファンがいるのなら、頑張れるところまで頑張った方がいいのでは?
「あぁー、萩生さんはいいんですよ。あの人はファンを出し抜いて私と会えていることに優越を感じているだけなんで。ファンは……申し訳ない気持ちもあるけど、私にも生活はあるし」
非常に難しい問題に、俺は答えることが出来かねた。
「……一先ず、今話したところで直ぐに解決できる話でもないし、また後日話すか。パパにはなれないけど、相談相手にはなってやるよ」
俺の言葉にマリンは、目を輝かせて頷いていた。
「うんうん、それでいいの! あぁー、良かったぁ。思い切って連絡して!」
萩生の前では演じていたのか、すっかり素で話すマリンを見て、俺も気を許し始めていた。
悪い子ではないのだろう。そう思ったら、目の前に座っている女の子のことが気になって仕方なくなった。
(ヤベェな、ここまで全部、コイツの作戦だとしたら、俺はマリンに敵わないぞ?)
そう、俺は情に弱い人間だった。頼られると弱い、どうしようもない男なのだ。
————……★
「んじゃー、これから木梨社長はマリンの相談フレンド、ソーフレってことで♡」
「おいおい、まだそのキャラ続けるのか?」