俺と波留の間には後ろ黒い協定関係が結ばれていた。
そう、家出同然で家を出てきた波留は、当時仕事どころか住む場所すらなく、ネカフェ難民として生活をしていたのだ。とある経緯を得て、俺と波留は知り合い、付き合うこととなったのだが、その際に借金があることが判明して俺が立て替えてあげたのが決定打となった。
「奨学金……? それとも借金?」
「さぁ? 理由も正確な金額も分からないな」
蒼白した顔で切羽詰まっていた波留の顔は、今でも鮮明に思い出せる。
この世界で、この子に手を差し伸べることができるのは俺しかいないと悟った瞬間、俺は波留を守り続けると誓ったんだ。
なので借金を肩代わりした過去は俺にとって美談になっているのだが、目の前の二人はそう捉えてはくれなかったようだ。二人は酷い顔色と軽蔑する眼差しで言い切った。
「……昔から頭のネジがぶっ飛んでるとは思っていたけど、そこまで狂っているとは思っていなかったわ」
「え?」
「うん、大智くん。君って奴は……。これ以上借金の保証人とかなったらダメだよ?」
「え、えぇ?」
いや、俺は生涯の伴侶の為に金を使ったの!
メロのように人を傷つけて払った金ではなく、救った金なんだぞ?
改めて言う。
何故、そこまで言われないといけないんだ!
「アンタさ、自分の奥さんのことなんだからちゃんと把握していなさいよ? とんでもない悪女だったらどうするのよ?」
「いや、波留に限って、そんなことは」
「女はね、アンタが思っているよりも強かで腹黒いのよ? 特に見た目が清純に見える子ほどドロドロなんだから」
あー、だから正反対のギャルの方がオタクに優しいのか? いや、あれは二次元に限る話か。
というのは冗談で……。結婚というものは互いにメリットとデメリットが生じるのだ。何もギブだけではない。
確かに俺は波留の借金を肩代わりしてやったが、その代償に波留は俺に頭が上がらなくなって、逃れることが出来なくなったのだ。
もしかしたら俺よりも更に頼り甲斐があって金持ちのイケメンと一緒にある未来があったかもしれないのに、その弱みにつけ込んで波留と生涯を共に生きる権利を得ることが出来たのだ。
だから、一見彼女に利用されているように見えるかもしれないが、実際は俺が得をしているんだ。そもそも人に理解してもらえないから話さないだけで、俺は何一つ悔やんでいない。
「アンタって、変なところで漢気があるのよね。はぁー……私もアンタみたいに割り切れたらいいんだけど」
「好きな男と楽しい時間が過ごせたんだろう? その金だと思えばいいじゃねぇかよ?」
「馬鹿ね、アンタは。恋なんて冷めてしまえばい後悔しかないのよ。恋愛フィルターを通せばイケメンに見えていた顔も、今じゃタダのオッサンにしか見えないし。本当……何してたんだろうって自分が愚かに思えて仕方ないわ」
「ドンマイだな。仕方ねぇから今日は俺が奢ってやるよ」
これに懲りて、不毛な恋なんてやめてくれたらいいのだが、こればかりは第三者が何を言っても無駄だろう。
「誰かを傷つける前に、冴えないオッサンだって気づけたら良かったのになぁ?」
この一言を発した瞬間、メロの堪忍袋の緒がプツンと切れたのか、急に俯いたかと思ったら奥歯をギリギリと軋ませてきた。
「ムカつく! ねぇ店長! ウォッカを持ってきて! コイツに飲ませて酔い潰させる!」
「いいよ、メロちゃん! どんどん飲ませちゃえ!」
「何を、待て! ちょっと、何で!」
逆ギレされた俺は、気付けばグイグイと酒を飲まされた。焼酎のロックに日本酒。とにかく酷い飲まされ方をされた俺は、そのまま意識を失って深い眠りについた。
カウンターで大きなイビキをかきながら、我が物顔で眠り深けていた様だった。
「あらら、すっかり弱くなっちゃったね、大智くんも。昔は何倍飲んでも平気だったのに。仕方ないから今日はお店に寝かせてあげようかな?」
そう言って店長は、奥の部屋から持ってきた毛布を俺に被せて、苦笑を浮かべていた。
だが、その提案を拒んだのは一緒に飲んでいたメロ。彼女は二人分の勘定をカウンターに置くと、タクシーを呼び出してお店を後にしようとしていた。
「店長は店じまいをしていていいよ。私が彼を介抱するから」
慣れた様子で俺の腕を掴んで、メロはドアへと歩き始める。そんな二人の後ろ姿を見て慌てて引き留めようとしたが、店長がカウンターから出た時にはもう俺達の姿はどこにも見当たらなかった。
————……★
「ちょ……っ、おいコラ! この泥棒猫! 大智くんをどうする気⁉︎」