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第7話 何でお前がいるんだ?

 心が生まれてから、プライベートで飲みに来たのは初めてだった。

 やはり赤ん坊を連れてお店に行くのも気を使うし、家の方が楽だと波留が言っていたので、消去法で来れなかったのだが……。


 そのせいで久々の一人飲みに少しテンションが上がっていたのは事実。

 だが、まさか飲み屋でに会うとは思っていなかった。


 飲み屋の大通りから数本筋を入った裏通り。いくらコロナで厳しくなったとはいえ、多くある飲み屋の中からバッタリ遭遇するなんて、誰が想像しただろう?


 店に入った瞬間、よく見る後ろ姿に思わず「ゲッ!」と声に出して怯んでしまった。


「あぁ、大智さん。いらっしゃい。お待ちしてましたよ」


 前髪をオールバックにした細目の店長が歓迎の声を掛けてくれたのだが、その目の前で飲んでいる女性のせいで返事を躊躇してしまった。


 気が強いスタイル抜群のスレンダー(ドS)秘書、野々原メロ。


「うげ、何で貴方が此処に来るんですか、木梨社長……」

「それは俺のセリフだ。メロだって、何で」


 いや、彼女がここで飲んでいても何もおかしくない。そう、このお店は俺とメロが学生の頃から通っている馴染みの店だ。安いのに美味しくて珍しいお酒を出してくれるこの店が、何だかんだで居心地がいいのだ。


 彼女は飲みかけのグラスをグイっと一気に流し込んで、細目店長におかわりをリクエストしていた。


「もっと強いお酒を頂戴! 今日はとことん飲みたい気分なの‼︎」


 随分と荒れた様子だが、もしかして既に出来上がっているのか?


 仕方ないと苦笑を浮かべる店長に誘われるように、俺はメロの隣に座った。鎖骨のところが赤くなっている。彼女が無茶苦茶な飲み方をするところなんて見たことがなかったので、思わず店長に何があったか尋ねてしまった。


「もーっ! 結婚して幸せいっぱいの裏切り者はさっさと家に帰ってくれない? せっかくのお酒が不味くなるじゃない!」

「いやいや、何言ってんだよお前。店長、コイツ何杯目?」

「五杯目かな? しかもビールからウイスキー、焼酎を飲み出したから、ちょっとヤバいかも」


 普段、ビールしか飲まないメロが?


 顔を引き攣らせた俺は、只事じゃないと察してメロのグラスを横取りした。店長も店長だ。コイツを悪酔いさせて、どうする気なんだ?


「なによ、アンタ……! 私からお酒を奪おうっていうの⁉︎」

「当たり前だろう? こんな飲み方、見逃せるわけがねぇだろ? 何があった? お前のことだから只事じゃねぇんだろう?」


 ムゥっと唇を尖らせて拗ねた様子を見せてきたが、一向に話してくれる気配を見せてくれなかった。


 何だ? そんなにダンマリをされると、逆に気になってしまうんだが?


 すると観念した店長が口を開いて、事情を話してくれた。


「メロちゃん、不倫してた男に振られたんだって」

「は、不倫⁉︎」


 想定外の言葉に大きな声を上げてしまった。

 いや、だって不倫って?


「ちょっ! 何で話すの店長!」

「いいじゃない、この際だから全部白状しちゃいなさい? 私一人じゃ聞き受けることができないのよ」


 店長の匙投げと共にメロの不道徳な不貞話が始まった。

 相手の男は歳の離れた45歳くらいの既婚者で、大学生の子供がいる男らしい。


 とあるバーで一人で飲んでいた時に声を掛けられて、ズルズルと関係を持ってしまったとか。


 正直、メロはもっと賢い女だと思っていた。

 不倫や浮気なんてしない、何なら男なんて必要ないほど強い女性だと思っていたのに。


 思い描いていた想像を砕かれ、裏切られた気分だった。


「不倫なんてしなくったって、お前なら選び放題だろう? 何でそんな糞野郎と」

「仕方ないじゃない……! そもそも世間が言ういい男って何? 真面目で臆病勤勉なつまんない男でしょ? そんな男のどこに魅力を感じるっていうの? 私はね、もっと強引でガツガツしている男が好きなの! えぇ、今の木梨社長じゃー、到底理解できないでしょうね! だってアンタ自身がクソみたいにつまんない魅力ゼロ男に成り下がった男だからね!」


 な…………っ!

 何で俺がここまで言われないといけねぇんだ⁉︎


 真面目の何が悪い⁉︎

 何で不倫男と比べられた挙句、俺が貶されないといけないんだ? 理不尽だ、納得いかない!


「……分かってるわよ! どうせアンタも私に説教したいんでしょ? でも仕方ないじゃない……! どうしてもそういう悪い男の方が魅力感じちゃうのよ。女の褒め方も上手いし、口先だけだって分かっていても気持ち良くさせてくれるのよ……」


 いや、別にメロがどれだけその男に惚れていようが、どうでもいいんだけれども。


 けれど、俺の中のメロの評価は凄まじい勢いで急降下していた。

 あぁ、知りたくなかったなーコイツの恋愛事情なんて。


 そんな俺の心境を察してくれたのか、見兼ねた店長がウィスキーをロックで作ってカウンターに置いてくれた。

 切子のグラスで大きめの氷が宝石のように輝いている。この荒削りな表面がお酒に溶けて美味くなるのだ。


「ただ別れただけならいいんだけどねぇ。この子、不倫相手の奥さんにバレて、慰謝料を請求されたらしいよ」

「慰謝料……? 一体おいくら?」


 重苦しい空気が漂う。まさかと思って黙っていると、店長が三本指を立てて教えてくれた。


「三百万だって。本当に大馬鹿野郎よね、メロちゃん」

「三百…………⁉︎」


 救いようもない金額に、開いた口が塞がらなかった。


 ————……★


「だって、だってェ……! 好きだったんだもん! 私達は愛し合ってたのよ⁉︎」


 自業自得です、メロ姐さん(苦笑)

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