公園での散歩を終えた俺達は、休憩がてらに近くの喫茶店に入ってコーヒーを飲むことにした。
ベビーカーに乗せた心には一歳用のおせんべいを渡して、波留は大好物のモンブランを注文していた。和栗が細かく掛けられたお店特製のケーキだった。フルーティーなフレーバーの紅茶と一緒に飲むのが最近の楽しみだと嬉しそうに話してくれたのを俺は覚えていた。
「やっぱりここのモンブランは最高だよ。大智さんはコーヒーだけで良かったの?」
「んー、俺はいいよ。それとも俺が頼んだケーキまで食べたかった?」
甘いものに目がない波留にわざと意地悪を言うと、彼女はぷくーっと頬を膨らませて怒り出した。
「もう、どうせ大智さんも私のことを太ったって言うんでしょ? 皆して私のことをデブデブ言うんだから」
「そんなこと言わないってー」
大体、波留の魅力は豊満なオッパイなんだから、たくさん甘いものを食べて柔らかさをキープしてもらいたいくらいだ。
——と、言うか……
(誰だよ、波留にデブって言った糞野郎は……)
ママ友? いや、人見知りがある波留に、そんなズケズケと言うママ友がいるとは思えない。
ご近所のおばさん? あぁ、大いにあり得るな。可愛い波留に嫉妬して嫌味を言った可能性は、この上なく高い。
「波留は少しくらいワガママを言ってもいいんだって。心を妊娠した時だって、誰にも頼らないで一人で頑張ってきたんだから。大好きな甘いものを食べたくらいで誰も文句は言いやしないって」
「でも、私には大智さんがいてくれたから……一人じゃなかったよ」
ううん、波留はとても頑張ったことを俺が一番知っている。
何故なら波留には、帰る実家がないから。
死別ではないけれど、家出同然で田舎から出てきたことだけは聞いている。どんな親で、どんな生い立ちを過ごしてきたのかも詳しく聞いていない。
だが、これぞ惚れた方の弱みだろう。
そんな波留を放っておけなくて、気付けば俺は波留を守るように世話をして、付き合って、そして現在に至った。
そりゃー、回りからは散々反対されたものだ。
『木梨の財産を狙っているんじゃないか⁉︎ 一応、お前って社長だし』
『結婚詐欺……いや、保険詐欺じゃないか? 高額な生命保険に入らされていないか?』
社長だって言っても、マイナー業種のベンチャー社長だ。言うほど高級取りではない。薄給の分、福利厚生を充実しているだけの働きやすいことがウリの会社だ。
それに守る家族が増えたのだ。自分にもしものことが起きた時は、家族の為にと生命保険を見直すのが当たり前だろう?
そもそも俺は、波留と出逢って、本気の恋を知ったのだ。
波留になら騙されてもいい。
コイツになら、セックスの最中に包丁で刺されたって恨みもしない。むしろ大好きなオッパイに包まれながら死ねるなら本望だ。
「……やっぱりケーキ、食べようかなぁ。波留、一緒にショートケーキ食べない?」
「珍しいね。それじゃおかわりと一緒に注文してくるから、心のことを見ててね」
「ほーい、ありがとさん」
流れてくるクラシックが子守唄になったのか、静かに寝息を立てている心を見て、俺は目を細めた。
寝ている顔は……可愛い。
心なしか唇の形とか俺にも似ている気がする。
でもやっぱり目がなぁー。
せっかく女の子に生まれたのに、なんで俺にも波留にも似ていないのだろう?
思わずスマホで【赤ちゃん 二重にする方法】を検索してしまう。
何々、寝ている時に目蓋を優しく撫でる。
綿棒でラインを癖付ける……。
波留が席を外している隙に、少しだけ心の目元を撫でた。
(二重になれ……二重になれ……!)
気付けば夢中になって願っていた。心、お前も頑張れぇー! 成長と共に可愛くなっていくんだぁー!
「大智さん、コーヒーのおかわりとケーキを買ってきたよ!」
波留の声にビクっと肩をひそめた。ネットで検索して出てきていることなんだから、悪いことではないのだけれども、悪いことじゃーないんだけど!
波留に悪いことをしている気がして、隠すように手を引っ込めてしまった。
「あれ、心ちゃん起きちゃった?」
「いや……お利口さんに寝てたよ」
気付いていないのか、何事もなかったように座る波留に申し訳ない気持ちを抱えながら、俺達はコーヒーカップを啜り、ケーキを味わい始めた。
———……★
「……やっぱ、世の中の親は、子供に二重になって欲しいと思ってんのかな」